第596話 腕に秘めしは熱意の結晶
久しぶりの休みを終えた翌日、俺は普段と変わりなく武器屋の仕事をこなしながら、平穏かつ充実した時間を過ごした。
武器屋の仕事はいつも忙しいが、魔物の襲撃やら岩壁の崩落やらに注意を払う必要もなければ、魔族との交渉事に神経をすり減らす必要もないので、騎士団の公務と比べるとかなり気が楽だ。
そんなこんなで今日の店仕舞いをしていると、先に帰るように言っていたアレクシアがひょっこりと顔を出した。
「ルーク君、この後ちょっとお時間いいですか? あんまりお手間は取らせませんので」
「一体どうし……ああ、例の件か」
「例の件です。さっき組合員が試作品を一つ持ってきたので、軽く試していただきたいなと思いまして」
アレクシアの用件は手に提げた荷物を見ればすぐに分かった。
楽器か何かが入っていそうな大きさのそのケースは、前に俺の義手を持ってきたときに使ったものと同じ容れ物であった。
となると、アレクシアが持ち込んできた用件も、自ずと想像が付く。
グリーンホロウ機巧技師組合が複数の騎士団から受注したという、武器を内蔵した義肢の開発――その試作品のテストを要請するためにわざわざ引き返してきたのだ。
「それにしても早いじゃないか。昨日の今日だろ?」
「ルーク君にお話を持っていったのは昨日ですけど、お話自体はルーク君が第四階層に潜ってる間に頂いていましたし、皆それ以前から構想だけは練っていたようでして」
なるほど道理で試作品の完成が早いわけだ。
俺に持ちかけてきた話は、あくまで試作品のテスト担当者としての協力要請であって、作業自体はもっと前から始まっていたわけである。
もしも俺が協力を断ったとしても、他の協力者を見繕う手間が増えるだけなので、俺の返答を待ってから試作品を作り始める意味はないのだ。
「悪いな、ガーネット。ちょっと裏に行ってくる」
「おう。残りは戸締まりくらいだから、適当に終わらせとくぞ」
店仕舞いの作業をガーネットに任せ、アレクシアを連れて裏庭に移動する。
裏庭とはいっても建物と裏山の間の狭い土地なのだが、人通りのある道には面していないので、店頭に並べる予定の武器を試すにはちょうどいいスペースになっている。
「さっそくですが、義手の方をこれに取り替えていただけますか」
「とりあえず【解析】か『右眼』で仕組みを確かめておいた方がいいか?」
「うーん……せっかくですからネタバラシは後回しにしましょう。実際に使ってみて驚いてください」
アレクシアが地面に置いたケースから義肢を一本取り出して、俺に手渡してきた。
ケースの中にはまだもう二本入っているようだったので、今日のテストは試作品三つ分となるようだ。
さっそく一本目の義肢を体に取り付けて、アレクシアから仕込み武器の使い方の説明を受ける。
「ん、結構重いな。特に肘から先に重さが偏ってるような……」
「まずはアガート・ラムの人形から着想を得た白兵戦装備です。手首の内側にスイッチがありますので、右手首を内側に曲げながら左手の方で操作してください。あっ、危険なので右腕の外側は体に向けないように」
「【修復】があるから事故っても治せるけど、痛いのは御免だからな……よっと!」
指示通りにスイッチを操作した直後、肘から手首にかけての内部で撥条仕掛けの機巧が動作する音がして、手首の外側から両刃の剣身が飛び出した。
まるで右腕全体が柄になっているかのような構図で、手首の外側から手の甲の上を通過しており、剣先が拳の向かう先へとまっすぐに伸びている。
「おお……本格的な剣じゃないか。てっきりナイフ程度の刃物で済ませるかと思ってたんだが」
「その義肢はアガート・ラムの人形を参考にしていますからね。さすがにオリジナルみたいな高度すぎる武器は難しいですけど、体積が許すなら大抵のものは仕込めますよ」
ひとまず思うままに右腕を振るい、腕に仕込まれていた剣の使い心地を確かめる。
「……普通の剣と角度が違うから妙な感じだな」
「こればっかりは仕方ないと言いますか。新機軸の武器と思って、使い慣れてもらうしかないでしょうね。ベテランの騎士の方々が使う前提ですし、多分それでいいでしょう」
「もうちょっと軽く短くして、拳で殴る感覚で刺突すること前提の造りにしたりもできるんじゃないか?」
「面白そうですね、それ。選択式のオプションに加えておきましょうか」
アレクシアは俺が思いつくままに発したコメントを、一つたりとも聞き逃さまいと素早く手帳に書き込んでいる。
こうも真剣に取り組んでいる様子を見せられてしまったら、俺も出来る限り協力したいと思ってしまう。
もちろん、他の仕事に支障が出ない範囲での手伝いではあるが。
「気になるのは、剣を出すと重さが手より先に偏ることだな……振るときに勢いが付くのはメリットかもしれないけどさ。あと、収納時も普通の腕より重いというか」
「ですよねー……こればっかりは構造上の都合と申しますか。ちなみに残り二本のうちの一本は、剣の飛び出し方が違う別バージョンですね。そちらはまっすぐ飛び出しましたが、こちらは半円を描いて飛び出す仕組みです」
「……しっかし、まさか夜の切り裂き魔と同じような武器を試す日が来るとはなぁ。世の中何が起こるか分からないもんだ」
刃物の突き出た義肢を見下ろしながら、しみじみと呟く。
「次はこちらの試作品をお願いします」
「よしきた。これをこうして……うおっ、仕込みクロスボウか!」
二つ目の試作品は、義肢の上面が扉のように左右に開き、折りたたみ式の弓が展開する内蔵式のクロスボウだった。
「こいつも凄い。装填はどうしたらいいんだ?」
「コッキングレバーも内蔵されてますので、それを使ってください」
「レバーは……これか? こいつを起こしてからこっちに倒して……って、固っ! 一発分引っ掛けるだけでもかなりキツいな!」
「さすがに補助装填装置までは収まりきらなかったようでして。その辺りは要改良としますので、今日のところは力尽くでお願いします」
「無茶言うな! 左腕は利き腕じゃないんだっての!」
――そんなこんなで、俺とアレクシアは日が完全に暮れるまで、試作品のテストに精を出した。
在庫として加工する予定の鎧を標的に使い、様々な角度から武器を振るって威力と強度を確かめる作業の繰り返しだ。
もちろん各部位への負荷や部品強度のデータ取りは最優先。
破損しても【修復】で復元してテストを続行できるので、心置きなく壊しながらデータをかき集めることができる。
途中で合流したガーネットにも相手をしてもらい、試作品の問題点を片っ端から洗い出していく。
現状、試作品の性能はまだまだ実戦に投じられる水準ではない。
荒っぽい使い方をすると力学的な負荷が義手の方まで破損させてしまったり、剣身が歪んだ状態で収納すると内部構造に干渉して指の動きを阻害してしまったりと、問題点は山積みだ。
仕込み武器の重さのせいで腕としての使い勝手が落ちていることも、複雑な構造のために強度が落ちていることも、決して無視できない要素だろう。
けれど試作品はこれでいい。
現時点での問題点を見つけ出して、今後の開発を加速させていくためのプロセスなのだから、遠慮なく使い倒して有意義な報告を返してやるべきなのだから。
「さてと、日も暮れてきたことだし、これくらいにしておこうか?」
正直に言うと、これはこれで楽しい時間ではあった。
まるで冒険者の先輩後輩として騒がしく日々を過ごしていた頃のようで、何となく懐かしさを覚えてしまったのだ。
「今日はありがとうございました。白兵戦用と遠距離戦用を試していただいたわけですが、全体的な感想とかは何かありますか?」
「そうだな……」
別れ際に受けた質問の解答を真剣に考える。
ひょっとしたら機巧技師達にとっても既知の問題点かもしれないが、それを第三者の口からも指摘されるということは、決して無意味ではないはずだ。
内輪の人間だけしか問題と感じない事柄ではなく、客観的に見ても優先的に改善すべき点であるということなのだから。
「……やっぱり、腕の中に仕込むとなると、普通の武器よりも性能は低下せざるを得ないんだな。剣は短くて軽くないといけないし、クロスボウは弓が小さくなって威力が落ちて複雑な機能も搭載しにくい……」
「そうなんですよねぇ。技術開発で改善していくにしても、同じ技術で普通の武器を作れば結局のところ差が縮まらないですし」
純粋な性能だけ比べれば、仕込み武器は通常の武器に敵わない。
こればかりはどうしようもない根本的な欠点である。
「ですがそれを踏まえても、携行性と隠蔽性の高さは無視できない長所です。普通の武器を押しのけて主力になることばかりが成功ではありませんからね。私は機巧技師として、この方向性に大きな可能性を感じますよ」
そう語るアレクシアの表情は、心の底から溢れ出る熱意と意欲に満ち溢れていた。
元々こいつが冒険者になった理由自体、希少素材を自らの手で入手するというのみならず、試作武器を実戦で試したいという欲求があったからだ。
きっとアレクシアにとって、今のグリーンホロウと『元素の方舟』は、とてつもなく理想的な環境なのだろう――そう思うとこちらまで不思議と嬉しくなってくるのだった。




