第594話 変わりゆくものを振り返って 前編
訓練で負傷した面々の【修復】を終えた後、俺とガーネットは騎士団本部を離れて山道をゆったりと歩くことにした。
騎士団本部を訪れた理由は、他の皆の仕事がどれくらい進んでいるのかを確かめたかっただけなので、無意味に長居をするのは逆に迷惑を掛けかねない。
とはいえ、騎士団本部の次にどこへ行くか具体的な予定があったわけでもなく。
しばらくはただ漫然と山道を歩き続けるだけになっていた。
「……そういえば、この道を仕事とは無関係に通るのって、意外と珍しいな」
「分かる分かる。大抵はうちの支店かギルド支部か、ダンジョンの方に用事があるときしか通らねぇからな。気楽に歩けるのが逆に違和感ありまくりだぜ」
緩やかな坂道を登りながらガーネットと雑談を交わす。
グリーンホロウの市街地と最寄りダンジョンの『日時計の森』……ひいては『元素の方舟』を結ぶ唯一の経路である山道は、昼下がりという時間帯でありながら、何人もの冒険者が絶え間なく行き来を繰り返している。
昔は『日時計の森』も周囲と植生が違うだけの大きな窪地だと思われていて、薬草や山菜を求める住人がたまに通る程度の道なき道だったらしい。
その後、実は『日時計の森』が難易度Eランク相当のダンジョンだったと判明し、駆け出し冒険者が小銭稼ぎによく訪れるようになったが、それでもまだろくな整備もされていない山道に過ぎなかった。
状況が激変したのは、俺がグリーンホロウに移住して武器屋を開いてからしばらく経ってからだった。
当時、独立したAランクダンジョンだと思われていた『奈落の千年回廊』の奥に広がる『魔王城領域』――あの広大な地下空間に直結する隠し通路が『日時計の森』に存在していたことが判明したためだ。
これによってグリーンホロウと『日時計の森』の重要性が急上昇し、黄金牙騎士団の要塞が建築されて魔王戦争の前線基地となり、戦後には冒険者ギルド支部が設けられて探索の最前線となり、町も森も絶え間なく開発が繰り返されていった。
当然ながら町とダンジョンを繋ぐ山道も開発の対象であった。
細く曲がりくねって足場も悪かった頃の面影は、もはやどこにもない。
道幅は大型の貨物馬車が余裕を持ってすれ違えるほどに広く、地面は固く均された土で舗装され、町の端から『日時計の森』の手前まで遮られることなくまっすぐに道が続いている。
「オレさ、ここを通るたびに思うんだよな。何かが変わっちまうのって、良くも悪くもあっという間なんだなって」
右隣を歩くガーネットがしみじみと呟いた。
「グリーンホロウ・タウンはオレが来たときよりもずっと賑やかになったし、この道も『日時計の森』も随分と歩きやすくなっちまった。良いか悪いかで言えば、もちろん良いことなんだろうけど……ん、どうした?」
俺は思わずガーネットの顔に右手を――人形のそれを元にした義肢の指先を伸ばし、左目の上あたりの前髪を軽くかき分けた。
さっきの負傷は跡形もなく治っている。
これまでに【修復】で肉体の損壊を塞ぐのを失敗したことはなかったので、わざわざ確認する必要はないのだが、どうしてもガーネットの顔が綺麗になっていることを確かめておきたくなってしまったのだ。
余談ではあるが、確実に治っていると確信できるこの感情は、自信というよりも信頼に近い。
あくまでこれは個人的な感覚なのだが、アルファズルの影響を受けて進化し発展した能力のことを、自分自身の才覚であると考えるのが不自然に思えるようになっていた。
自力で磨き上げた実力に対する自信というよりも、与えられた能力に対する信頼の比重が大きくなっている、とでも言うべきだろうか。
この傾向は、アルファズルを取り巻く様々な真相が明らかになるに連れて、少しずつ強くなってきていた。
「いや、何でもない」
訝しげなガーネットに微笑みかけて本当の考えを誤魔化す。
「変わると言えば、人間が変わるのもあっという間だよな。俺だってこの一年間でとんでもなく変わりまくったわけだし……」
「お前が変わったのは社会的地位だけだろ。中身は多分ぜんぜん変わってねぇよ。根っこのところがそういう奴だから、立場や肩書もこれくらい派手に変われたんだと思うぜ」
ガーネットにくすぐったくなるようなことを言われ、思わず口籠ってしまう。
まるで俺という人間が最初から――武器屋を始める前からちゃんとしていたかのような評価だった。
自覚は微塵もないのだが、ガーネットの視点からだとそんな風に見えるのだろうか。
そうこうしているうちに、俺達は広く綺麗に整備された山道の終着点、つまりは『日時計の森』の入口前に到着していた。
ここから『日時計の森』を降りれば、冒険者ギルド支部やホロウボトム要塞、そして『元素の方舟』へと至ることになる。
「どうする? せっかくだから支店や支部にも顔を出しておくか?」
俺が何気なくそう尋ねると、ガーネットはしばし考え込む仕草をしてから、首を小さく横に振った。
「……いや、今日はもうちょい『奥』に行ってみようぜ」
「奥? ここよりも山道の奥っていうと……」
この山道はグリーンホロウの市街から『日時計の森』に通じる唯一の道ではあるが、しかし『日時計の森』だけに繋がる道というわけではない。
俺達がいるこの場所よりも更に山の奥、緑の深い場所へと道は続いていて、そこまではまだ整備の手も及んではいないのだ。
ガーネットは俺が乗り気になっていないのを表情で察したらしく、おもむろに左腕を掴むとぐいぐい引っ張り始めた。
「いいじゃねぇか。たまにはデートにでも付き合えよ」
「お……おい! 引っ張るなって!」




