第593話 戦う者達の余暇
アルマ――つまりガーネットとこんな関係になった経緯は、何度振り返っても摩訶不思議で、とてもじゃないが赤の他人には説明できそうにない。
仮に性別を隠す必要がなくなって、心置きなく真相を明らかにできるようになったとしてもだ。
では『アルマという令嬢』との出会いを違和感なくでっち上げられるかというと……正直なところ、真相をそのままぶち撒けた方がよっぽど現実的だろう、としか思えないような嘘しか思いつかなかった。
当事者である俺ですらそうなのだから、結果だけを聞かされた身内の連中はもっとわけが分からなかったに違いない。
「どんな手段だなんて言われてもな……別に変なことをした覚えはないぞ」
「本当か? 騎士団長やら領主やらって話より前からの付き合いだって聞いたぞ」
「情報源はどこだよ……」
銀翼騎士団を率いるアージェンティア家の深窓の令嬢と、新たに設立された十三番目の騎士団の騎士団長――衆目を集めやすいネタだけあって、あれこれと尾鰭がついた噂が知らないところで広まっている予感がしてならない。
有名になると様々な根も葉もない噂が飛び交ってしまうのは、もはやどうしようもないことなのだろう。
これまで俺には無縁な現象ではあったが、高ランク冒険者の知人達には付き物だったと言ってもよかったし、本人の口から直接真相を聞いたことも一度や二度では収まらなかった。
「……何だかんだと考えないようにはしてたけど、俺達についてどんな噂が出回ってるのか、一度聞き出した方がいいかもな、お前から」
「何で俺から。そんなこと面と向かって説明させるとか、一体どんな新機軸の処刑方法だよ」
俺が建物の縁に腰掛けたままじわりと距離を詰めると、マークがそれ以上に場所をずらして距離を離す。
そんなことを何度か繰り返した辺りで、屋外訓練場の方からガーネット達が戻ってくる気配がした。
「いやぁ、悪いな! 待たせて! うっかり盛り上がりすぎちまったぜ!」
「満足できたみたいだな。それじゃあ……」
ガーネットの声の弾みようから察するに、心置きなく体を動かしてすっきりできたようだ――なんてことを思いながら三人に顔を向け、そして即座に硬直してしまう。
訓練場からこちらに向かってくる三人、ガーネットとライオネル、そしてチャンドラーは、三人が三人とも揃って血塗れになっていた。
先頭にいるガーネットは白い歯を見せて見惚れるくらいの笑顔を浮かべているが、左目の上から側頭部にかけてざっくりと刃の跡が残っていて、文字通り頭が割れている状態の一歩手前になっていた。
せっかくの綺麗な金髪もすっかり血に染まっていて、左半分は金色と赤色のどちらが地毛なのか分からないくらいだ。
そして俺達に挨拶をするように上げた右手はともかく、左腕の方は強力な打撃を受け止めたようにへし折れていて、明らかに関節が二つほど増えている。
また、あえて一つずつ言葉にしようと思わないが、チャンドラーとライオネルも同程度の傷を負っているようだった。
「おっ? 白狼のとマークって、唖然とした顔もよく似てるんだな」
「さすがは兄弟っすね。こういう反応もそっくりだ」
「……お前らなぁー!」
ダメージの深さを微塵も気にしていないガーネットとチャンドラーに、思わず大声を上げてしまう。
二人とも常人なら間違いなく悶え苦しんでいるはずの状態だが、まるで雨上がりの道端で遊び倒した犬のように――毛並みのいい小型犬と外国産の大型犬のように、自分達の有様をまるで気にすることなく笑っていた。
その後ろでは、ライオネルだけが気まずそうな表情で目を伏せている。
「申し訳ありません。どうにも止められませんでして……二人揃って火が点いてしまうと尚更……」
「ああ、うん。それは分かる。状況も簡単に想像できるな」
「ちなみに自分の負傷はほぼ巻き添えです。なので一番軽傷ではありますね」
ライオネルの話を聞きながら二人に横目を向けると、ガーネットは目を合わせたまま誤魔化すように笑い、チャンドラーは大袈裟に視線をそらしにかかった。
「いやぁ、ほら。白狼のがいれば大抵の傷は【修復】してもらえるだろ? そう思ったらつい張り切り過ぎちまって」
「もちろん洒落にならない傷は負わないように気をつけたっすよ。出血多量はどうしようもないって聞いてるんで、太い血管がある場所は意識して避けるとか」
「……そういう気遣いをする余裕があったなら、まずは大怪我しないように気を使ってもらいたいところなんだが……まぁいい、とにかく傷を【修復】するからこっちに来い」
やれやれと首を横に振りながら、三人の負傷の【修復】に取り掛かる。
確かに俺の【修復】なら、過剰な出血や即死でもない限り、だいたいの負傷は後遺症もなく復元することができる。
今後の戦いを思えばこれくらいに激しい訓練も必要になるのかもしれないけれど、それなら最初からそういう予定で準備をしてするべきだ。
なのにどうしても強く怒ることができなかったのは――きっとガーネットが心の底から楽しそうに笑っていたからなのだろう。




