第589話 とある日の騎士団員達 中編
それから俺とガーネットは騎士団本部に入り、予定通りに食堂で昼食を取ることにした。
ここの料理は春の若葉亭に外注して料理人を派遣してもらっているので、味の良さは折り紙付きだ。
メニューが自由に選べない点を除けば、わざわざ町に出かけて食堂に入るのと変わらない食事を楽しむことができる。
少なくとも騎士団本部が開設されて以降、団員達から食事について改善を要求されたことは一度もなかった。
「とりあえず、これが終わったら一通り皆の様子を見て回ろうか」
特にトラブルもなく食事を済ませ、ひとまず食堂を後にしようとしたところで、団員ではない少女とばったり鉢合わせた。
「あっ、ルークさん! こんにちは!」
「今日の当番はシルヴィアだったのか。いつもありがとうな」
春の若葉亭から派遣されてくる料理人の顔触れは、常に固定されているわけではなく、あちらの都合によって頻繁に変更される。
本業はあくまで宿屋の方なので、その時々に手が空きそうな従業員が優先して派遣されることになっているのだ。
このため、看板娘であり料理も手掛けるシルヴィアがやって来ることもあり、こうして本部内で顔を合わせることも珍しくなかった。
シルヴィアはしばらく俺達と世間話をしてから、ふと思い出したような流れで予想外の質問を口にした。
「そういえば、先日からアンブローズさんがいらっしゃらないようなんですけど、どうかなさったんですか?」
「アンブローズ?」
「はい。ここ最近、お部屋に食事を持っていくように頼まれることがないみたいで。今日もお姿を見かけませんでしたし」
なるほど、そういうことか。
騎士団員達は大陸各地から集められていて、元所属も生活スタイルも人それぞれなので、必ずしも行動パターンが一致するわけではない。
特にアンブローズは、魔獣因子による人体改造の影響で素顔を晒すのを避けているため、他の団員と食事を共にすることはなく、本部の食堂ではなく自分の部屋で食事をしている。
なので食事を担当するシルヴィアの立場からすると、他の団員より印象に残りやすくて気にかけてしまうのだろう。
「アンブローズには王都まで出張してもらっているんだ。この前の大仕事で色んなことが分かったから、その辺りについて王都の学者と話し合ってもらう必要があってね」
具体的に何が判明したのかは言えないけれど――なんてことはいちいち口にしない。
シルヴィアは賢い子だ。
俺達が向き合っている状況に、おいそれと言いふらせない出来事が多すぎることくらい、わざわざ説明するまでもなく理解してくれている。
ちなみにだが、アンブローズが王都に赴いた理由の一つには、俺の右腕の件も含まれている。
魔王軍との会合を安全に終わらせることを保証する質草として、魔将ノルズリの身柄と交換であちら側に預けられた、文字通りの俺の右腕そのもの。
会合が実現したことで無事にこちらへ引き渡され、少なくとも妙な細工はされていないと確認はしたものの、念の為にもっと本格的な検査をしておくに越したことはなかった。
それに――切断された右腕が、ほんの僅かな腐敗も起こさず、切断された直後と何ら変わりなかったという事実は、決して無視できるものではない。
本来なら腐り果てるはずの右腕を、一体どうやって保管し続けたのか。
この秘密を解き明かすことができれば、社会の様々な場面で役立つ新技術が生み出せるかもしれない。
ということで、俺の右腕は体に繋ぎ直されることなく王都へ送られ、代わりにアレクシア謹製の義肢が右肩に繋がっているというわけである。
「なるほど、大事なお仕事をなさっていたんですね! ヒルドさんもお部屋で忙しそうにしていましたし、学者の人達には本当に頭が下がります!」
「……ひょっとして、ヒルドは今日も部屋に詰めてるのか?」
「ええ、アンブローズさんの姿が見当たらなくなったのと入れ替わりで、今度はヒルドさんが食事を部屋に運んでほしいと。根を詰めて研究をなさっているようでしたので、声を掛けたりはしていませんけど……」
俺は閉口して頭を軽く掻いた。
事前にある程度予想はしていたものの、どうやらヒルドは度を越したオーバーワークに突入しているらしい。
「それじゃあ、私は若葉亭の方に戻りますね。夕飯時には別の料理人が来ると思います」
「ああ、帰り道に気をつけてな」
シルヴィアを見送ってから、呆れ混じりに長々と息を吐く。
「で、どうするよ。まずはヒルドの様子でも見に行くか?」
「いや……邪魔をしたら後が怖いな。まずはソフィア辺りにでも会いに行こうか」
ヒルドは北方のダンジョン『白亜の妖精郷』出身の亡命魔族だ。
このダンジョンでは古代魔法文明の情報を知ることがある種の禁忌とされており、あの時代を生きたハイエルフだけが知識を独占し、後から生まれたエルフには一切の情報を教えないという体制が取られていた。
しかしヒルドは古代魔法文明に強い興味を抱き、ルールを犯してでも研究に着手しようとしたものの、ダンジョンを支配するハイエルフに妨害されて果たせずにいた。
ところがヒルドはそれで諦めるほど弱くはなく、何と当時敵国であったウェストランドに亡命し、正体を国王陛下などのごく一部だけに打ち明けた上で、古代魔法文明の研究ができる騎士団に所属したのだ。
そんな経歴の持ち主というだけあり、今回の一件で魔王ガンダルフとハイエルフのエイル・セスルームニルの口から語られた古代魔法文明滅亡の真相は、彼女の研究意欲を激烈に掻き立ててしまった。
情報を纏め、照らし合わせ、不足部分を考察する――あらゆる工程がヒルドにとって興奮の連続であり、地上に帰ってからずっと研究に没頭し続けているのである。
「ほどほどに休みは取れよと言ったんだけどな……」
「ここで聞く耳持つような奴なら、ずっと昔に折れちまってるだろ」
「……違いない」
俺は妙な納得感と共感を覚えながら、ひとまずヒルドの様子を見るのを後回しにして、まずはソフィアに会いに行くことにしたのだった。




