第587話 天職に臨む者達
そうして話がまとまってすぐに、アレクシアは一休みも挟まずに家を後にしようとした。
「では、私はこの辺で失礼しますね。さっそく仕込み武器のアイディアについて纏めたいので」
「忙しないなぁ。ここのところずっと仕事ばかりだったんだから、少しくらいゆっくりしたらどうだ?」
「いえいえ、武器開発は趣味みたいなものですから。どんな武器を作るのかはこちらに一任されていますので、ひとまず好き勝手させてもらえそうなんですよ。というかですね……」
アレクシアが口元に喜色を浮かべながら、俺の顔を下から覗き込んでくる。
「追加のお仕事を持ち込んだ私に言えたことじゃないですが、忙しすぎるのはルーク君の方じゃないですか? ちゃんと休めてます?」
「それを言われると弱いんだよな……ちゃんと休んではいるつもりなんだけどさ」
俺はアレクシアのことを言えないくらいに、多くの役目を抱え込んでしまっている。
まずは武器屋のホワイトウルフ商店の店主としての仕事。
ここ最近は店を皆に任せてダンジョンにかかりきりだったが、そちらの仕事をする必要がなくなったわけではなく、時間が許すなら店に関わる仕事もこなしていかなければならない。
そして白狼騎士団の団長としての仕事も山積みだ。
今は大きな仕事を終えて小康状態にあるものの、魔王軍との協力を前提とした探索と対アガート・ラムの各種行動が始まれば、必然的に白狼騎士団も忙しくなってくる。
更に、名目上とはいえグリーンホロウ・タウンと周囲一帯の領主の肩書も背負っている。
実務は従来どおり各町村のリーダーに任せてあるが、どうしても領主の名義で行わなければならない過程もあり、全て丸投げというわけにはいかないのが実情だ。
「ルーク君が『元素の方舟』の底でやらなきゃいけなかったことは、ひとまず全部片付いたんですよね。だったら次の仕事が飛び込んでくるまでは、ゆっくり体を休めた方がいいと思いますよ。まぁ、だったら仕込み武器のテストなんて頼むなって言われたら、ちょっと言い訳できないんですけど」
わざとらしく肩を竦めるアレクシアに、思わず苦笑を返す。
「分かってる。もうすぐ正念場が待ってるっていうのに、過労で倒れるわけにはいかないからな。細かい仕事は後回しにして、なるべく自愛するように気をつけるよ」
今のところホワイトウルフ商店は普段通りの営業が続いていて、この前みたいに新製品の開発や実験で忙しくなる様子もない。
義肢に仕込む武器の開発は、あくまでグリーンホロウの機巧技師組合が受けたもので、試作品のテストの依頼を除けばホワイトウルフ商店とは関係がない依頼である。
アレクシアは今からアイディアを纏めるようなので、試作品はまだ設計すら始まっていない段階だろう。
また白狼騎士団も、現時点ではまだ現場待機に近い状態だ。
新体制でのダンジョンアタックが始まれば、冒険者と他騎士団のみならず、魔王軍すらも加えた連携の中心にならざるを得ないが、王都からの正式な指示はもう少し先になる予定だ。
つまり――休息を取るなら今がちょうどいいタイミングなのである。
「それを聞いて安心しました。お互いに無理をしない程度に頑張りましょう!」
アレクシアは口の端を上げて強気な笑みを浮かべ、俺の胸の前に拳を突き出してきた。
ああ、本当にこいつは機巧技師としての仕事を楽しんでいるんだな――そう確信できる笑顔だった。
こいつは俺も負けていられないな。
武器屋の仕事も騎士団の仕事も、義務や苦行のつもりで背負った役割ではない。
自分が成すべきこと、成さなければならないことだと確信したからこそ、どちらも背負うと心に決めたのだ。
もちろん、前者は天職に近い生業だと思ったからこそ続けていて、後者は人生のパートナーとでも呼ぶべき相手を手放さないために始めたという違いはある。
だがどちらも、そういった本来の目的を忘れて、ただ義務としてこなすようになってはいけないものである。
「ああ……お互いに頑張ろうな」
俺はアレクシアとのやり取りを通じ、ややもすれば忘れそうになってしまう初心を思い返し、拳に拳を当て返したのだった。
――アレクシアを送り出してすぐに、俺はガーネットが休んでいるリビングへと引き返した。
ガーネットはまだテーブルの椅子に座っていたが、顔色自体は前よりもよく、二日酔いの苦痛も薄らいでいるようだった。
どうやらエリカの薬が効いてきたようだ。
「えっとだな……さっきアレクシアと話をしたんだが……」
「聞こえてたぞ。騎士団とかから義肢の発注があって、武器を仕込めないかって言われたんだろ。んで、お前はそのテストを引き受けたと。よく働くもんだぜ、まったく」
「……悪い。やっぱりお前の意見も聞くべきだったな」
俺がそう言うと、ガーネットは心底意外だと言わんばかりに眉を潜め、テーブルに頬杖を突いたまま俺を見上げてきた。
「は? 何でオレ謝られてんだ? まさかオレも何かやらされんのか?」
「アレクシアの仕事を手伝うってことは、その分だけ休みが減るってことだろ。そうしたら……あれだ。お前と一緒にいられる時間もだな……」
「はははっ! ひょっとしてお前、そんなことでオレが拗ねると思ったのかよ!」
ガーネットは破顔して声を上げて笑い始めた。
椅子に座っていなければ文字通り笑い転げていたくらいのリアクションだ。
「そりゃあ、ちっとは纏まった休みも取れよとは思うけどさ! 構って貰えねぇから拗ねるだなんて、オレにそんな可愛げがあると思うか? 第一なぁ……!」
笑いすぎるあまり息継ぎを忘れそうになったらしく、ガーネットは一旦そこで言葉を切って深く息を吸い、今度は柔らかい笑みを浮かべて俺を見やった。
「……ここだけの話、何だかんだと奔走してるお前の隣って、オレとしては特等席なんだぜ。ああいうときのお前の横顔、結構いい感じだからな」
「…………」
ちょっと待て、その不意討ちは反則だろう。
可愛げがあると思うかだなんてのたまったその口で、こんな可愛げしかない台詞を唐突に吐くんじゃない。
受け止める側にも心の準備というものがあるんだから。
「まっ……! お前がどうしてもっていうんなら、オレも息抜きに付き合ってやるぜ。あんまり遠出とかはできそうにないけどな」
「……そうだな。それじゃ、次の休みにでも付き合ってくれないか? 家の中でだらだら休むのも悪くないけど、たまにはどこかに……な」
トラブルで少々投稿が遅れましたが、6/2分の更新となります。
6/3分の更新はいつもどおり今夜の日付変更前あたりに。




