第586話 新たな発明の依頼
「おはようございます。ルーク君、起きてますか?」
声の主が誰なのかは今更確かめる必要もない。
聞いての通りアレクシアだ。
店舗の方の出入口ではなく自宅側の玄関口に向かい、案の定そこにいたアレクシアを迎え入れる。
「どうしたんだ、こんな朝っぱらから」
「いやぁ、ごめんなさい。できるだけ早く相談したいことがありまして。ちゃんと手土産も持ってきましたんで、後でガーネット君と食べてください」
軽い足取りでリビングまで入ってきたアレクシアを、ガーネットがテーブルに突っ伏したままじろっと睨み上げる。
「……うっせーぞ。頭に響く」
「おっと! これまた酷い顔。あんなにハメを外したら当然かもですね。若葉亭のお菓子を持ってきましたので、楽になったらどうぞ」
アレクシアはリビングのテーブルに紙袋を置いてから、少し離れたところにある事務作業用の机に――店の事務を済ますためのスペースだ――移動した。
正直、アレクシアが手土産持参で尋ねてくるのは割と珍しい。
普通なら、休日の朝っぱらから押しかけたからというのもあるだろうが、アレクシアがそれだけの理由で殊勝な真似をするかというと、ちょっと首を傾げざるを得ない。
となるとやはり、問題は用件の内容なのだろう。
「で、今日はどんな厄介事を持ち込んできたんだ?」
「あはは……厄介事っていうほどじゃないんですけどね。多分きっと恐らく」
「不安しかなくて逆にびっくりするな」
「単刀直入に申し上げますと、私達グリーンホロウ機巧技師組合に、少しばかり大きめの発注がありまして」
発展著しいグリーンホロウ・タウンには、アレクシアの伝手でそれなりの人数の機巧技師が集まっている。
町のインフラ整備はもちろんのこと、冒険者ギルド支部や黄金牙騎士団の要塞に関わる仕事も多く、彼らの存在は今のグリーンホロウに欠かすことのできない存在となっていた。
頭数そのものは王都などの都会に及ばないが、町の人口や面積と比較した場合の割合では、本場の複層都市を除けば大陸でも指折りの規模である。
そしてアレクシアは、ホワイトウルフ商店に勤める店員であると同時に、グリーンホロウの機巧技師を取り纏める立場になっているのだ。
「発注元は複数の騎士団。注文内容は義肢の製造です」
「やっぱり来たか。いつ注文が来てもおかしくないとは思ってたんだ」
俺は義手になっている右腕で頭を掻いた。
国王アルフレッド陛下の即位は、今からほんの二十年と少し前のことでしかない。
即位以前から大陸は群雄割拠の戦乱の最中にあり、陛下の即位から急速に統一が進み、未だウェストランド王国に属していない北方諸国とも休戦が成立したことで、ひとまず人間同士の戦いは一段落した。
しかしこれはつまり、つい最近まで大陸中が戦いの舞台であったことをも意味する。
戦乱の時代と陛下の手による統一戦争を戦い抜いた者達は、今もその多くが存命している。
当然ながら、それらの中には戦闘で四肢のいずれかを失って、引退を余儀なくされた者も少なくはないに違いない。
「腕や脚を失くした元兵士や元騎士なんて、どこの町でもありふれてるもんだ。魔法使いみたいに魔獣の因子で体を補うなんて、そんなことができる伝手自体がないだろうし、あったとしても嫌悪感が強そうだからな」
なので義手を受け取ったときから、この技術は大きな需要があるものだと分かっていた。
町に駐留している騎士達も肯定的な関心を示していたし、いつ正式に声が掛かるのかという時間の問題でしかなかったのだ。
ただ単にそのタイミングが今だったというだけで、特別な意図を感じる余地そのものが存在しない。
「技術が認められるのは喜ばしいことじゃないか。でも、どうして俺に話を持ってきたんだ? こいつはホワイトウルフ商店の特許商品ってわけでもないんだから、いちいち伺いを立てる理由なんてないんじゃないか?」
やはり気になるのはここだ。
機巧技師組合に義肢の注文が入るのは最初から織り込み済みだし、義肢の製造について俺が何かしらの権利を持っているわけでもない。
アレクシアがわざわざ俺を訪ねた理由がこの辺りにあるのは明白だったが、具体的にどういう理由なのかはさっぱり分からなかった。
「もしかして、そっちの作業に注力するから商店の仕事に時間が割けなくなるとか、そういうのか。もしくは店長じゃなくて、騎士団長かお飾り領主としての俺に用事があって……」
ハーブティーのカップを傾けながら、思いつく限りの仮定を並べ立ててみたが、アレクシアはふるふると首を横に振るだけだった。
「実はですね、ルーク君にも開発に協力していただきたくて」
「協力? 【修復】スキルか『右眼』でも必要になりそうなのか」
「いえいえ、違うんです。注文の中には義肢に武器を仕込めないかというのが、結構ありまして」
「……武器? 武器って……武器か?」
「はい、武器です。思い浮かべて頂いた通りの色んな武器を」
思わず間の抜けた表現で聞き返してしまい、アレクシアもそれに合わせた言い回しで返してくる。
「腕や脚を失われた騎士の方々が強く要望なさっているそうでして。義肢といえど現状では完全に元通りとはいきませんから、その分を仕込み武器で補えないか試したいようなんです」
「驚いたというか、呆れたというか……日常生活を楽にするためじゃなくて、完全な現役復帰を前提に考えてるのか」
「冒険者でも同じこと考える人は多いと思いますよ。ルーク君も多分そういうタイプじゃないですか?」
アレクシアに言われて想像力を働かせてみる。
仮に、俺が真っ当に冒険者をやっていたとして、何らかの理由で四肢のどれかを失って引退した後で、この高性能な義肢が発表されたとしよう。
その場合、俺は義肢で身体機能を補い、日常生活の不便が解消されるだけで満足するだろうか。
答えは否だ。
どう考えても冒険者としての現役復帰を望むだろうし、四肢を補うだけで足りそうにないならプラスアルファを求めるに決まっている。
「……確かにな。それで、俺に求めたい協力っていうのは、試作品のテスト運用か」
「お察しの通りです。現状、ルーク君が町で一番それを長く使っていますし、もしもの場合も【修復】でリカバリーが利きますから。それで、お返事の方は……」
「まぁ、他の仕事に支障が出ない範囲なら、協力してもよさそうだ」
「ありがとうございますっ!」
俺の返事を受け、アレクシアは満面の笑みを浮かべたのだった。




