第584話 二人きりの夜更け 後編
「……なぁ、ルーク。ちょっとばかり、独り言に付き合ってくれねぇか?」
「どうしたんだ、いきなり」
「まぁ……ちょっとな」
ガーネットは俺の右腕の断面に手を添えたまま、心の内を誤魔化すように笑った。
「お前がノルズリに右腕をやられてさ。しかも借金の形みてぇにくれてやっただろ? あのときさ、お前が決めたことならと黙ってたけど、やっぱりふざけんじゃねぇって思っちまったし……守れなかった自分が情けなくてしょうがなかったんだ」
第四階層の灼熱環境に抗い得る耐熱装備を生産し、ようやく本格的な探索拠点の設営に乗り出し始めたばかりのことだ。
魔王軍は俺達がアガート・ラムに挑めるだけの準備と覚悟を整えているか確かめるため、氷のノルズリと火のスズリを偵察のために派遣した。
スズリの方は忠実に任務を果たしていたが、ノルズリは魔物との戦いの最中に俺が単独行動になったのを見て取って、俺を生け捕りにして連れ帰る方が魔王軍の利益になると判断し、襲撃を仕掛けてきたのだ。
あのときはガーネットもサクラも、遠距離攻撃を仕掛けてくるラヴァゴーレムの対応に回っていて、すぐに応戦することができなかった。
「ふざけた話だよな。自分が間に合わなかったのが悪ぃってのに、そんなの棚に上げた感情がまっさきに浮かんできやがったんだぜ? ……ったく、情けねぇったらありゃしねぇ」
どうやら俺が想像していた以上に、ガーネットはあのことを思い悩んでしまっていたらしい。
「……ガーネット。お前が責任を感じることじゃないだろ。ラヴァゴーレムを優先させたのは俺の責任だし、あのタイミングでノルズリが現れるなんて、それこそ未来予知でもできなきゃ無理だったんだ」
「分かってる。客観的に考えりゃ、あれは事前に防ぎようがない事態だったし、右腕とノルズリを預け合ってお互いの質にするっていうのも妥当だった」
ガーネットは一人前の騎士だ。
戦略的に妥当かどうかを冷静に判断できるだけの能力は備えている。
「だけど、頭で理解すんのと気持ちがついていくのとは別の問題だ。銀翼の騎士……いいや、白狼の騎士として相応しい考え方って奴と、自然に浮かんでくる気持ちが食い違ってるとさ、何だか自分が情けなくなってきちまうんだ」
白狼の騎士。
ただ単に従来からある俗称のテンプレートを当てはめただけの表現なのだろうけど、ガーネットの口からその一言を紡ぎ出したのを聞くと、不覚にも感情を揺り動かされずにはいられなかった。
それこそ『自然に浮かんでくる気持ち』という奴だ。
理屈で説明できるような反応ではなく、何となくいいなと思ってしまっただけに過ぎない。
けれどガーネットが真摯に話をしているのに、こんな感情を抱いたと気付かれるのはさすがに失礼だろう。
そう思って、わざとらしいくらいに真剣な表情を作ったところで――頬を赤く染めたガーネットが、にやけ笑いを浮かべながら肩越しに顔を覗き込んできた。
「いい響きだよな、白狼の騎士。一応まだ銀翼所属で白狼に出向って扱いだけど、次からはそう名乗るか」
「お前なぁ……」
深刻に考え込んでしまった時間は完全に無意味だった。
同じ気持ちだったなら最初にそう言ってもらいたいものである。
……なんて、身勝手なことを頭の中で思い浮かべながら、左手でガーネットの頭をくしゃりと撫でる。
こういう筋の通らない屁理屈を考えてしまうのは、きっと俺も酔いが回っているせいだ。
ガーネットは頭を撫でられて表情を蕩けさせてから――これも素面なら考えられないような反応だ――再び話題を本筋に戻した。
「まぁ、だから独り言なんだ。理屈なんざ通りもしねぇ、オレの身勝手な考えだ」
右腕をああいう風に使うのは、戦略的には十分に価値のある選択だったはずで、ガーネットも騎士としてはそれを理解していた。
けれどガーネットの内心はそれをすぐに受け止めることができず、本人も理屈が通らないと分かるような反発を感じてしまった。
ノルズリの襲撃に対応できなかったことについても、客観的には誰を責めるべきでもない対処不能の奇襲だったが、同じくガーネットは理屈を越えた責任感を感じてしまった。
こればかりは、きっと俺達が人間である限り、どうしようもない心理の働きなのだろう。
「独り言にする必要なんかなかっただろ」
……だけど、ガーネットは一つだけ間違えている。
「名目上とはいえ、騎士団長と騎士の関係で言葉にするのはまずいかもしれないけど、ただの俺とお前でいる間なら、いくらでもぶつけてくれて良かったんだぞ」
「いやまぁ……それはそうかもしれねぇけどさ……」
ガーネットは座ったままの俺の背中に体を寄せ、両腕を首の前に回して軽く抱きつくように力を込めてきた。
「素面でこんなことぶちまけるなんて、こっ恥ずかしいだろ。こんなときでもなきゃぶちまけられねぇよ」
「……同感だな」




