第574話 知られざるべき真実 後編
「人間達は自己暗示によって、特定の能力だけに容量を偏らせる技術を生み出した。それこそが神々。それこそが信仰。全ては順番が逆だったのよ」
「えっ……それってつまり、神様は人間に作られたってこと!?」
驚きに目を丸くする勇者エゼル。
俺は首を横に振り、エイルが何か言おうとする前に別の解釈を差し挟んだ。
「違うな。こいつは『人間が神々という存在を物理的に生み出した』なんていう程度の話じゃない。もっと根本的な……」
「ええ、彼の言う通り」
エイルは弾んだ声で、歌うように語り続ける。
「貴方達の体には、この世に生まれ落ちたその時点で、既に無数の疑似魔法……貴方達が言うところの『スキル』の才能が宿っている。それらは限られた容量を均等に分け合っているせいで、逆にどれ一つとして効果を発揮しなくなっていた……」
それは古代魔法文明の生き残りが、魔法の代わりとして生み出した力を失ったのと同じ理屈。
彼らが俺達の祖先であるのなら、当然に受け継がれているはずの性質。
「裏を返せば、均等な分配に偏りを生じさせることができたなら、突出して容量を偏らせ確保した能力だけは行使できるようになる。最初に誰が気付いたのか知らないけど、本当に大発見だったと思うわ」
エイルはその場でくるりと一回転半して、肩越しに俺を見やった。
「そのために必要だったプロセスが自己暗示……強烈な意志の指向性。自分はこの力を引き出すことができるのだという強い確信」
「……けれど何の助けもなしに、そんな意志の強さを発揮できる人間は……決して多くはない」
「そもそも疑似魔法の概念自体が失われていたのだから、確信を抱けるとかどうとかいう以前の問題ね」
「だから、信じるに足る『補助』が必要だった。そういうことだな?」
きっと『神々』と『信仰』のシステムを最初に考案した何者かは、微細魔法紋による擬似魔法の原理を理解した上で、意志の指向性によって力を引き出せることを突き止めたのだ。
しかし当時の人間は、古代文明が積み上げてきた知識も技術も根こそぎ失っており、これらの理屈を理解することなどできなかったはずだ。
現代人ですら、果たして全体の何パーセントが原理を理解し、検出することもできない魔法紋を信じることができるのだろうか。
故に、理解もできず証拠も出せない理屈の代わりに、素朴な感情で『信じる』ことができるものが必要だった。
「『この神様を篤く信仰すれば、これらの力のいずれかを授けて頂ける』
――とっても分かりやすい指導目標。さすがの私も感心せざるを得なかったわ」
エイルがスカートの裾を翻してくるりと向き直る。
――大陸各地に無数の神々と異なる信仰が存在し、それらが互いに矛盾し合っていることなど珍しくもない。
にもかかわらず、何故か『信仰の見返りとしてスキルを得られる』という一点だけは全ての信仰で共通し、そして現実に、全ての信仰が何かしらのスキルを授けている――
世界中の誰もが当たり前として受け入れていながら、どうしてこんな当たり前が存在するのかということは、虹霓鱗騎士団を始めとする一部の例外を除いて、誰も疑問に思ってこなかった。
その答えがこれなのだとすれば、何とも残酷で的確な解答じゃないか。
「陛下。これは確かに、考えなしで広めていい知識ではありませんね。神などいないと告げるだけでも大混乱間違いなしなのに、スキルを身に着けられなくなる人間が続出するかもしれない……」
「最悪の場合、強烈に反発して信じまいとしながら、心の底で疑いを抱いてしまうことになりかねん。王国が再び割れるだけならまだしも、文明滅亡の再演だけは防がねばなるまい」
王国が分裂することよりも、文明がスキルという力を失うことを気にかけるのか。
本当にこの方は大物だ。
きっと自分の王位にすら固執するつもりはないのだろう。
もっとも一国民の俺としては、まだ元気なのに一線を退いてもらいたくはないのだが。
「ルークよ。女神アイリスのことは知っているな」
女神アイリス――その名を聞いてすぐに記憶と知識が浮かび上がってくる。
「世界各地に伝承が残っている神格ですね。王都の万神殿に保管されている彫像……アイリス・クリスタルを拝見させて頂いたこともあります」
ガーネットもすぐに記憶を掘り起こせたようで、気恥ずかしそうというかばつの悪そうな表情を浮かべた。
王都でアイリス・クリスタルを見たのは、俺が貴族の夜会に飛び込み参加して、ガーネット・アルマ・アージェンティアの婚約者候補として名乗りを上げたすぐ後のことだ。
万神殿を尋ねたときは、アージェンティア家の子息ガーネットではなく、令嬢アルマとして振る舞い、二人きりで王都を巡っている間のことだった。
恐らくガーネットはつい当時のことを思い返してしまい、どんな顔をしたものか迷ってしまったのだろう。
「一部の地域では、女神アイリスは『神々を信仰することで力が得られる』と告げた伝令神であるとされている……とも伺いました。あれはそういうことだったんですね」
「少なくとも、我々はそう考えている。虹霓鱗の研究の起点も、かの女神に関する調査にあった」
俺は軽く息を整えて頭の中を手早く整理した。
これがもしも、エイル・セスルームニルだけが言っていることだったなら、大した根拠もない妄言だと片付けることができたかもしれない。
だが、虹霓鱗騎士団の研究成果を誰よりも早く伝えられているはずの陛下が、何も口を挟まないどころか肯定すらしてみせたという事実は、俺達にとって何より強力な裏付けとなってしまっていた。
ウェストランド王国の公式見解は、少なくともエイルの発言と食い違うものではない――いわばこれは答え合わせのようなものだったのだ。
いきなり『新事実』を突きつけられて頭ごなしに信じ込んでしまうのとは、明らかに重みが違う。
「……エイル・セスルームニル。きっと、あんたが言ったことは信じるに値するものなんだろう」
俺はガーネットの肩に手を置いて一歩前に踏み出し、再びここにいる人間達の先頭に立った。
「だけど、あんたも魔王ガンダルフも、こんなのは本題の前提を説明したに過ぎないんじゃないか? 例えば、そう……」
「アルファズルの復活について。当たり前でしょう? そうでなければ、貴方達のためにこんな手間を費やすわけがないのだから」
そう言ってエイルが浮かべた微笑みは、文句なしに美しくある一方で、人間味を感じさせない冷たさを帯びていた。