第572話 神降ろしの真実
――第五迷宮の周辺に熱波と剣戟の音が響き渡る。
刀を打ち合わせるは神降ろしを発動させた二つの人影。
灼熱を帯びた刃をぶつけ合っては間合いを離し、言葉を交わしては再び斬撃を交錯させる。
「故に古代の文明は途絶えた。二度に渡る魔法の衰退によってな」
「……っ! それがどうしたっ!」
かち上げるような桜の斬撃を、火のスズリは顔色一つ変えることなく回避して、さしたる構えも取らずに足を止めた。
対する桜は油断なく刀を構え、魔将の一挙手一投足を見逃さまいと意識を集中させていく。
「私達が神と呼ぶもの……それが私達自身の内側に在ると貴様は言った! 古代文明の存亡が一体何の意味を持つというのだ!」
スズリが戦いの合間を縫って告げた真相――古代魔法文明の人間達が魔法の力を失い、擬似的な魔法を生み出すもそれすら喪失してしまったという歴史。
それは確かに驚くべき事実だったのかもしれないが、今の桜にとってはさして重要なものではない。
白狼騎士団のヒルドであれば我を忘れて歓喜しただろうに、と思考の片隅で思い浮かべるのが関の山だ。
「知れたこと。火之炫日女は神に非ず」
スズリは感情の機微をまるで感じさせない声で、地上の人間達が想像さえしなかったことを言い放った。
「あれは火之炫毘古共々アルファズルの友であり、再生の魔法紋を与えられた人間の一人。神降ろしとは、貴様らの肉体に受け継がれた古き魔法紋の強制励起。魂と肉体を奴らに近付け、死と共に失われた力を再現する術である」
尚もスズリを睨みつけながら、桜はその言葉が意味することを内心で噛み締めた。
古代魔法文明が滅びゆく過程を聞かされている間、全く予想もできなかったといえば嘘になる。
神と言い伝えられてきたアルファズルと同様の存在であるのなら……そしてこれまでに得られた情報を統合するのなら、火之炫日女もまた古代を生きた人間であったとしてもおかしくはない。
だが、それを真相として突きつけられてしまうと、やはり動揺を覚えずにはいられなかった。
「……火之炫日女はそうなのかもしれないな。アルファズルと同じく、古代魔法文明に名を轟かせた人間の一人だったのだろう」
柄を強く握り締め、刀の切っ先をスズリへ振り向ける。
「それがどうした。火之炫日女が……そしてアルファズルが例外的な存在であるに過ぎまい! そんなことを私に語って何になる! 貴様の目的は何なのだ!」
神降ろしの魔力が桜の総身を渦巻くように駆け巡る。
抑え込もうとしてはいるものの、祭具たる総緋緋色金造の刀がないためか、肉体の内側からこみ上げる衝動は普段以上に強いものとなっていた。
スズリはその顔に――器とした桜の父親の顔に何の表情も浮かべないまま、叫ぶ桜とは対照的に言葉を重ねた。
「古代文明の人間の『魔法』と貴様ら現行人類の『スキル』……両者の最大の違いは何だと思う?」
「何が言いたい! 意図をはっきりさせろ!」
「それは能力が宿る場所だ」
一歩、スズリが前に進み出る。
「スキルとは肉体に宿る力。故に肉体と魂を引き剥がされ、精神体のみとなった場合、肉体との接続を十分に繋がない限りは行使不可能となる」
桜はそれを実体験したことはなかったが、話だけならルークの実体験として聞いたことがある。
魔王戦争終盤、死に瀕してアルファズルらしき精神体と邂逅したとき。
ハイエルフのエイルと対面した後、かの人物の策略で『叡智の右眼』の内部に広がる古代の記憶に引きずり込まれたとき。
いずれもルークは一時的に【修復】スキルを使用不可能となり、肉体との繋がりを回復することで、精神体のままその力を行使できるようになったという。
「魔法とは……貴様達がスキルの一環として習得する紛い物などではなく、古代魔法文明を築き上げた本来の意味での魔法は、我らが操る力と同じく魂に宿る力だ」
他方、目の前にいるスズリを含めた魔王軍四魔将は、本来の肉体を失ってもなお、新たな器に収まることで引き続き同じ力を行使している。
場合によっては、ノルズリのように力の質を落としてしまうことはあれど、それもあくまで性能低下の域に収まるものだ。
「……言われてみれば、確かにそうだな。ダークエルフも長命種というだけあって勉強になる。だが、それが私に何の関係が……」
「貴様が神降ろしによって再現している……否、我々が行使している力とは、一体何なのか。想像したことはあるか?」
桜は完全に予想外の言葉を投げかけられ、反論の言葉すら思い浮かべられなくなってしまった。
神降ろしの力。火之炫日女の力。
単にそう分類して深く考えることはなかったが、これは魔法なのか?
人ならぬ神であるのなら、既知の力とは全く違う『神の力』だと解釈し、簡単に納得できたかもしれない。
だが火之炫日女があくまで古代人に過ぎないのだとしたら、神降ろしによって再現しているこの力は、一体どのように分類されるべきものなのか。
「それは……火之炫日女の魔法か……?」
「否。魔法は魂に宿る力。今の貴様は火之炫日女の魂まで再現するには至らず、俺も火之炫毘古に対して魂の侵食は一切許していない」
「……ならばっ! 一体何だと!」
桜は声を張り上げて叫びながらも、スズリの手の平の上で転がされていることを実感していた。
こちらにとって都合のいい展開には一切近付けることができず、スズリが思うままの順番で知識を与えられ続けているに過ぎない。
しかしそうと分かった上で、なお問い質さずにはいられなかった。
神降ろしの実現を命題と掲げた一族として。
それを己が人生の目標と掲げた人間として。
どうしても知らずにはいられなかったのだ。
「それは貴様自身のスキルだ。今の貴様が再現しているのは、あくまで火之炫日女の肉体に過ぎん。それも完全には程遠い再現だ」
「な、に……?」
「古代魔法文明人は、肉体においても現行人類を超越していた。同じ手段で魔力を行使しても、導き出される結果には大きな差が生じる。それが神降ろしによって得られる力の正体だ」
ここに来て、スズリが改めて刀を構えた。
「そして俺の果たすべき役割とは……貴様に火之炫日女の魂の力を引き出させることだ」




