第569話 再構築の魔法紋
「ふむ、つまり今回の本題はアルファズルに関する事柄か。ならば俺などではなく、当事者こそが最前線で言葉を交わすべきだな」
アルフレッド陛下はそう言うなり、さも当然のように一歩後ろへ退いた。
魔王ガンダルフも陛下の行動を見咎める様子もなく、当たり前の対応として受け止めているように見える。
当事者とは即ち俺のことだ。
これまでは陛下という大きな存在の後ろに立っていたに過ぎなかった俺が、遂に魔王ガンダルフと直接相対する形になる。
ああ――こんな緊迫感はいつぶりだろう。
魔王戦争終盤、ガンダルフ自らから俺の力を……あるいは俺に宿るアルファズルの力の残滓らしきものを求められ、多くの仲間達と共に死闘を繰り広げられたことを思い出す。
俺を守ろうとするかのように前へ出ようとするガーネットを優しく制し、文字通りこの場の全員の先頭に立って、魔王ガンダルフの冷徹な瞳を見据える。
気のせいかもしれないが、右目の奥が疼くような気がした。
もしも本当に、アルファズルが残した影響が何らかの反応を示しているのだとしても、今は引っ込んでいろと言ってやりたい。
これは俺の役割だ。俺がすべきことなのだ。
国王の威光のおこぼれに授かって知るのではなく、ましてやアルファズルの恩恵などでもなく、俺自身が魔王と対峙して知るべき真相に違いないのだから。
「……魔王ガンダルフ。ハールバルズ、ガグンラーズ、あるいは知恵者――多くの名を持ち、お前達からはアルファズルと呼ばれていたその『人間』は、古代魔法文明の滅亡と共に命を落としたと聞いている。なのにどうして、その力の一端が俺なんかに宿っているんだ」
アルファズルについて語るというのなら、何をおいてもこれだけは確認しておかなければならない。
それこそが全ての始まり。
俺の人生が様変わりした直接の原因だ。
「アルファズルは神獣フェンリルを仕留めて命を落とした。貴様が知る通り、それは真実だ。しかしアルファズルともあろうものが、復活の備えをしなかったはずがあるまい」
「あろうものがと言われたって……生きていた頃のアルファズルのことなんて知ってるはずが……」
無駄と分かりつつも一応は言葉にしておく。
遥か昔から生きてきた存在だからか、ガンダルフの視点は俺みたいな普通の人間と乖離している節がある。
なるべくその食い違いを埋めようとはしているようだったが、時折こんな風にギャップが露呈してしまうようだった。
「アルファズルが備えていた復活の手段……それは特殊な魔法紋である。貴様達が用いる単純な造りの魔法紋とは根底からして違う。肉体の微細構造に刻み込む、繊細にして膨大、人間の肉眼では捉えることも叶わぬ代物だ」
「まさか、どこかの魔法使いか誰かが、そんなものを俺の体に刻み込んでいたとか言うんじゃ……」
「それこそまさかだ。現代を生きる地上の人間には、刻印対象である微細構造を認識することすら不可能であろうな」
ガンダルフは、アルファズルが用意した復活手段が、現代の人間の手では実現不可能だと断言した。
「しかも、ただ刻めば良いというわけではない。魔法紋という形で記録された、アルファズルの人格と力……それらを全て再現できるだけの素質を持った者でなければならなかった」
「……だから、せっかく手段があったのに、今の今まで復活させることができなかった……そういうことか?」
「然り。手段そのものは複数のダンジョンで共有されていたが、どのダンジョンの人間も適切な素体を見つけ出すことができずにいたのだ」
魔将ノルズリですら、失った本来の肉体に代わってダークエルフの女性の肉体を使うようになってからは、従来ほどの戦闘能力を発揮することができなくなっている。
ましてやアルファズルの場合は……
「……ちょっと待て。さっきの口振りだと、魔王軍四魔将の復活と違って、魂を別の肉体に入れ替えるわけじゃないように聞こえたんだが」
「その通りだ。アルファズルは魂だけで生存しているのではない。あらゆる意味で完全に死亡し、その上で蘇る手段を講じていたのだ」
絶句するより他にない。
殺しても生き返るような奴は、魔王ガンダルフや配下の魔将達という実例があると思っていたが、アルファズルの場合はそれどころの話ではないというのだ。
肉体に宿っている魂だけで存在し続け、その魂を新たな器に移し替えることで復活する――現代の人間の技術や魔法では到底不可能だが、理屈自体はイメージできる範疇だ。
しかしアルファズルは、魂すらも失われた状態から蘇る心積もりなのだ。
全くもって意味が分からない。
理論を完成させた手腕だけでなく、そんな発想に至る思考そのものが恐ろしくなってくる。
「喩えるならば、アルファズルが残した魔法紋は、肉体と魂の『構造図』だ。破棄される芸術品の造りを隅々まで記録し書き残した上で、新たな材料を用いて記録の通りに『再構築』する……こう表現すれば想像もできよう?」
「ああ……確かに思い浮かぶな……だけどそれは……まるで……」
苦悶に歪む口元を左手で覆い隠しながら、頭に浮かんでしまった考えをどうにか言葉に置き換えようとする。
他の皆はまだ気が付いていないのかもしれない。
だが、俺は気が付いてしまった。他ならぬ当事者だったがために。
「アルファズルの肉体と魂の『記録』……『記憶』を元に、他の人間の肉体と魂という『素材』を作り変えて、アルファズルという存在を『復元』する……」
復元対象の形状の記憶と、適切な質と量の素材さえあれば、たとえ半分だけになった肉体だろうと――俺の【修復】スキルはきっと元に戻せるに違いない。
そしてアルファズルが残したという復活の手段は、明らかにその理屈の延長線上にあるものだった。
魂の【修復】など試したことはない――だが不可能であるという根拠もない。
原型通りに修復するには元の構成物の半分が必要だ――しかしそのボーダーラインは、スキルの練度上昇と共に少しずつ向上して今に至る。
頭に浮かんでしまった発想を否定する余地など、どこにもありはしなかった。
「こんなのまるで、俺の【修復】スキルと同じじゃないか……!」




