第568話 神の所在とは
「御座しませ、火之炫日女!」
灼熱の閃光が迸る。
神降ろしの魔力を纏った桜はスズリの刃を素早くいなし、巧みな刀捌きで反撃に打って出た。
銀色と桜色の剣閃が幾重にも交錯する。
呼吸を差し挟む暇すらない剣戟は、明らかに人の域を越えた攻防だ。
間合いの狭間に渦巻く熱は一秒ごとに滾りを増し、梛とメリッサの二人はただ傍観者に徹することしかできずにいた。
「魔将スズリ! 一体何を考えている!」
桜が横薙ぎに刃を振るって一旦間合いを空け、切っ先を振り向けて声を張り上げる。
その眼差しはスズリをまっすぐに見据えているようでありながら、しかしその実、顔を直視することはできず僅かに視線を逸らしている。
理由は改めて言葉にするまでもないだろう。
「不知火桜。これまで幾度も神降ろしを発動させてきた中で、己の肉体を奪われるような感覚に陥った経験、一度や二度ではないだろう」
「……それがどうした。神をこの身に降ろすのであれば、力に飲まれる危険は当然に付き纏うものだろう」
「だが、その感覚は外から降りてきたものではなく、己の内側から湧き上がってきたものではなかったか?」
桜は言葉を失って唇を引き結んだ。
驚きよりも先に気味の悪さが先立っている。
どうしてスズリが、自分の内面的な感覚を知っているのか――そんな不可解さが押し寄せてくるが、桜はすぐに理性的な判断を優先させようとした。
一体どんな手段を使ったかは知らないが、スズリもまた神降ろしの発動を成功させている。
恐らくはそのときに同じような感覚に襲われて、桜もこれを感じたに違いないという仮説を立てたのだろう。
神降ろしを成功させた点にも合理的な説明ができる。
桜の父親である不知火蔵人は、無理に習得した不完全な神降ろしを制御しきれず、妻子を巻き添えにすることを恐れて死を偽装し、制御手段を求めて西方大陸を訪れた。
そこで出会ったアルジャーノンという男――キングスウェル公爵の実兄の助力で暴走を克服し、彼のダンジョン探索に協力して魔王城の突破に挑み――囮となって捕らえられ、実験台にされた末に魔将スズリの肉体とされた。
奪い取った時点で曲がりなりにも制御可能となっていたのなら、それに乗じて利用できたとしてもおかしくはない。
――冷静に、理性的にと意識を固め、激情と混乱を抑えようとする桜。
しかしスズリが告げた言葉は、そんな桜の努力を容易に切り崩しうるものであった。
「貴様は神をその身に降ろしているのではない。貴様らが神と呼ぶもの……火之炫日女は貴様自身の内側に在るのだ」
魔王ガンダルフが直接対話を望んでいる――俺は迷いながらもその要請を受けることにした。
もしも俺一人を狙いすまして呼びつけたのなら、さすがに罠と思って拒んでいたかもしれないが、同時に指名された面々の顔触れを考慮すると考えを変えないわけにはいかなかった。
ガンダルフが指名した俺以外の人間は、アルフレッド陛下と研究者達だった。
フロスティは後者について具体的な名前を挙げることはしなかったが、ヒルドの参加を念頭に置いていることは間違いないようだった。
必要最小限の護衛役を含めても、単純な人数は先程の謁見の半分程度。
陛下はその上で要請を受諾し、俺にも可能なら受け入れるように助言をしてきた。
この状況で断る理由など、怖気付いたという以外には思い浮かばない。
ともかく、俺達は魔王ガンダルフの呼び出しに応じ、第五迷宮の奥へと足を運ぶことになった。
俺とガーネット、陛下とエゼル、ヒルドとアンブローズ……本当に最低限の人数だ。
第三者視点で評価するなら、国王の身を危険に晒すハイリスクハイリターンな選択だと言えるかもしれない。
だが、この人が決めたのであれば心配はないという説得力を常に帯びているのも、国王アルフレッドという人物の大きな特長でもある。
「――ガンダルフ陛下。国王アルフレッドとルーク・ホワイトウルフの一行をお連れしました」
フロスティが扉の前で恭しく口上を述べ、古びた扉を押し開ける。
その向こうに広がっていた光景は、豪勢で華やかな第五迷宮の城内とは裏腹に、静謐さすら感じる薄暗い神殿のような大広間であった。
客をもてなすことを想定した空間でないことは明白だ。
文字通りの神聖な場所として、落ち着きと静かさを努めて保ち続けた空間……そんな印象を受ける場所だった。
天井から注ぐ微かな光の真下には、魔王ガンダルフただ一人の姿がある。
そして魔王の背後には祭壇じみた台座が鎮座しており、それに捧げられているものは――この距離では正確な形状こそ分からないが――古びた大きな槍のようにも見える代物だった。
「よく来てくれた。地上の覇者、そしてアルファズルの力を継ぐ者よ」
「なるほど。ルークをあえてそう呼ぶということは、今回の用件はアルファズルに関連するものと見た」
アルフレッド陛下は臆することなく堂々と歩を進め、ガンダルフの数歩手前で立ち止まった。
俺達もそれに続き、陛下の隣に肩を並べる。
周囲には魔将どころか兵士の姿すら見当たらない。
フロスティも決してついてくる様子はなく、深々と一礼をして外から扉を閉めてしまった。
「然り。貴様らには知るべき理由がある。さもなければ、アガート・ラムにアルファズルを奪われかねぬ故な」




