第566話 神なるものに潜む謎
「別件……それは一体、どういう……」
「ははは! すまんがそれはまだ答えられん」
思わず問いかけてしまったが、当然にも程が有る回答を返されてしまう。
ここで明かせるような内容なら、とっくの昔に打ち明けられているはずだ。
「まぁ、一つだけ明かせることがあるとすれば……虹霓鱗本来の役割に関係しているという程度か」
虹霓鱗騎士団、その本来の役割は神殿統括。
大陸各地に存在する無数の信仰と無数の神殿――それらの運営状況の管理と監視に加え、自力での警備が難しい中小の神殿に戦力を貸し与えることを役目としている。
それだけでなく、各地の信仰の研究や資料収集も重要な役割だ。
神々と信仰、そして神々が信仰心への見返りとして与えるとされる『スキル』の関係性……それも虹霓鱗騎士団の大事な役割である。
ヒルドが古代魔法文明について研究をしているように、団員の中には他のジャンルの研究に手を出している者もいるが、騎士団全体の研究テーマはそうなっている。
陛下が公表を渋っている仮説が、それらのいずれかに関係しているのなら、確かに社会的影響が強くならざるを得ないだろう。
「……分かりました。もしも魔王軍が白狼騎士団にその手の情報を明かしたとしても、不用意に拡散しないよう気をつけます」
「うむ、そうしてもらえると助かる」
ひょっとしたら、陛下がわざわざ俺達の部屋を訪れた理由には、この件で釘を刺しておくこともあったのかもしれない。
そんなことを思っている傍らで、エゼルが俺達のやり取りを横目に、何やらガーネットと話し込んでいる。
「へえぇ……これがアダマントとミスリルの合金なんだ」
陛下が話しているのも構わずに雑談を続けていられるあたり、さすがは王女様といったところか。
君主ではなく父親。エゼルにとってのアルフレッド陛下はそういう存在なのだろう。
「色合いとか光り具合は、お店の方で売ってる高級品とあんまり変わらないんだね」
「アダマントっつっても鋼鉄としてメチャクチャに優れてるだけだからな。でも強度と切れ味は半端ねぇぞ」
「うーん、私の剣も凄いと思ってたんだけど、あっさり抜かれちゃったかなぁ」
「そっちはそっちでスキルの増幅とかオンリーワンじゃねぇか。ノワールに聞いてみたけど、そんなの剣に仕込める規模じゃ真似できねぇって言ってたぞ」
ガーネットとエゼルはお互いに自分の剣を膝に置き、それぞれの意見を述べ合っている。
少女達が膝を突き合わせて交わす話題としては、少しばかり……どころではなく、かなり華がなくて物騒な内容である。
しかし、とてもガーネットらしい話題だ。
こういう奴だからこそ、俺もガーネットに惹かれたのかもしれない。
そんなことを思っていると、再び部屋の扉がノックされる。
今度は誰が来たのだろう。
陛下がいらっしゃっているわけだから、場合によっては後回しにしてもらわないといけないので、いきなり入るようには言わず用件を先に尋ねることにする。
「どなたですか?」
だが、返答は予想だにしないものだった。
「魔将ノルズリ麾下のフロスティだ。ガンダルフ陛下が数名の人間を指名し、直接お話をしたいと仰っている。貴殿、ルーク・ホワイトウルフにもご足労願いたい」
ルーク・ホワイトウルフが国王アルフレッドと対面している頃、不知火桜は一人で第五階層の外に足を運んでいた。
迷宮の入口付近は周囲の地面から一段下がった窪地になっており、その表層をマグマの海の幻影で偽装されている。
しかしこうして幻影を下から見上げると、第4階層の暗い天井まで遮るものは何もなく、この場所が隠蔽されている事実すらも忘れそうになってしまう。
「不知火。こんなところで、一体何をしているんだ」
背後から霧隠梛が声をかける。
その隣にはパートナーの属性魔法使いメリッサの姿もあった。
桜は怒るでもなく不快がるでもなく、余計な力を抜いた自然体のまま、微笑み混じりに梛へ向き直った。
「ただの散歩だ。魔王軍には申し入れてある。幻影の外に出ないなら好きにしろとのことだ」
「まったく……気楽なことだな。敵地……だとはもう言えないかもしれないが、警戒して然るべき場所だろう」
「警戒はしているとも。お前達が来ていたのも、迷宮の入口を出てきたときには気付いていたくらいだ」
「そういう意味で言ったんじゃないんだが……まぁいい」
梛が呆れ顔で首を横に振る。
一方のメリッサは、恐怖心と警戒心を抑えきれていない様子で、しきりに周囲を見渡していた。
ここは魔王軍の実質的な本拠地であり、窪地を出れば魔物がうごめく灼熱の領域。
どちらかと言えばメリッサのような反応の方が正常だと言えるだろう。
「私も曲がりなりにも冒険者の端くれ。こんなにも好奇心を刺激される場所なのに、探索の一つもしないのは勿体ないだろう?」
そう言って、桜は再び天井を仰いだ。
「幻影の外はあんなにも暑かったのに、窪地の中は耐熱装備が不要な適温だ。そうでなければダークエルフが暮らすのも難しいんだろうが……何らかの結界でも張ってあるのかもしれないな」
「その手の話は後で白狼騎士団の研究者にすればいい」
梛は知的好奇心を建前とした話運びをあっさりと切り捨て、すぐさま本題へと踏み込んだ。
「……魔王ガンダルフの話を聞いて、感情の整理が必要になったんだな」
「やれやれ。その鋭さを、私ではなくメリッサに発揮してやってはどうなんだ?」
冗句めいた遠回しな口振りで、桜は梛の推察を肯定した。
魔王ガンダルフが述べた情報は、梛が推測した通り、桜の感情に少なからぬ揺さぶりをかけていた。
桜自身にとっても想定外のことだったが、恐らくは魔王本人もそんなつもりなどなかったはずだ。
「『赫焉の楼閣』がアルファズルの同志によって築かれたダンジョンだった。そこまではいい。だが……どうしてその人間の名前が、火之炫毘古と火之炫日女だったんだろうな。どちらも故郷に伝わる神の名と同じじゃあないか」




