第565話 予想外の訪問者
「こんばんわーっ。エゼルだけど、ちょっと入ってもいいかな?」
唐突な来客に少しばかり驚いたが、エゼルならと納得して、ガーネットに頷きかける。
エゼルがわざわざ来たのなら、きっと用事の相手はガーネットだ。
ガーネットもそう思っていたらしく、何も言わずに席を立ってエゼルを迎え入れに向かった。
「あいよ。入っていいぜ」
内鍵を開けて扉を開く。
その隙間からエゼルがするりと部屋に入ってきたかと思うと、大きな手がおもむろに縁を掴んで隙間を広げ、大柄な体を覗かせた。
俺とガーネットはその姿を目の当たりにするなり、驚きで声にならない声を上げそうになってしまった。
「へ、陛下……!」
「どうしてこんなとこに!?」
悪戯が成功したように笑うエゼルの後ろで、国王アルフレッドその人が、魔王ガンダルフと対峙したときと同じ冒険者装束で佇んでいた。
「同行の件、黙っていてすまなかったな。確実に事を進めるには、事情を知る者を最小限に留めておく必要があったのだ」
「いえ……それはもちろん存じております。ただ驚きが大きすぎただけで」
俺も思わず椅子から立ち上がり、陛下の言葉に応対した。
さすがにこの状況で、俺だけが椅子に座ったままだなんて不躾にもほどがある。
陛下は軽く安堵したような表情を口の端に浮かべ、それから今度はガーネットの方に眼差しを向けた。
「ガーネット卿。アガート・ラムの情報を少なからず掴むことができたわけだが、お前としては満足のいくものだったか?」
「……もちろんです。誤解を招く表現かもしれませんが、共感の余地がない敵対存在と分かり、喜ばしく思っています」
「結構。エゼルもしきりにお前のことを気にかけていたからな。王である以前に親として一安心だ」
「ちょ……! お父様っ!」
嬉しげに破顔するアルフレッド陛下の隣で、エゼルが眉をひそめて照れを隠しながら抗議の声を上げる。
それを見たガーネットも、恐らくは本人も無自覚のうちに、口元を綻ばせて柔らかい表情を浮かべた。
ガーネットとエゼルは、騎士と勇者、そして騎士と王女である以前に、昔馴染みの友人同士だ。
エゼルはそんな風に接されることを望んでいるし、全ての事情を知った上で遠慮なく振る舞うガーネットに、かなり強めの思い入れを抱いている。
ウェストランド王国にとって、アガート・ラムは単なる敵対組織なのかもしれないが、エゼルという少女にとっては親友が母親の仇として執心する存在だ。
魔王ガンダルフの提示した情報がどんな影響を与えたのか、さっきからずっと気になってしょうがなかったのだろう。
「……えっと、ガーネット。本当に大丈夫?」
「大丈夫かって言われてもな。オレの方針は何にも変わっちゃいないぜ。よく分かんねぇ敵の正体が掴めてきて、むしろやる気が出てきたくらいだ」
「そっか……それならよかった」
恐らくエゼルは、現行人類の出自やらアガート・ラムの素性やらが、ガーネットの復讐心に悪影響を与えやしないか不安だったのかもしれない。
だが、実際はこの通り。
あの話を聞いたところでガーネットは変わらない。
アルフレッド陛下はエゼルの心配が消えたのを見届けてから、再び俺の方に話の矛先を向けてきた。
「ルークよ。白狼騎士団の騎士団長としての貴様に問う」
「……はい」
「先程、魔王ガンダルフが幾らかの情報を提示したものの、未だにこのダンジョンと古代魔法文明の全貌を解き明かしたとは言い難い。これから先、本ダンジョンの調査が進展する見込みはあるか?」
エゼルに向けていたおおらかな父親の顔ではなく、国王としての顔で投げかけられる問いかけを、俺は真摯に正面から受け止めた。
白狼騎士団は『元素の方舟』の調査と探索において、冒険者達と騎士や王宮の仲立ちを行いつつ、ダンジョンに隠された秘密を解き明かすことを役目とする。
これは問われて当然、答えられて当然の現状確認である。
「はい。本騎士団の研究員、ヒルド・アーミーフィールドおよびアンブローズ・ウィスルトの報告によりますと、今回得られた情報は『元素の方舟』の真相究明を大いに後押しするものであるとのことでした」
二人にはついさっき話を聞いてきたばかりだが、とりわけヒルドの興奮は凄まじいものだった。
故郷の『白亜の妖精郷』を追われてまで、古代魔法文明の研究に魅了されていたヒルドにとって、その時代を生きた当事者の証言ほど貴重な資料はない。
アルフレッド陛下は魔王ガンダルフを邪悪な脅威と見ていないようだったが、ヒルドはそれに輪をかけて、ガンダルフのことを恐るべき魔王と認識していない様子である。
できれば一対一で直接話を聞きたかったと興奮気味にまくし立てては、魔王に対して常識的な認識を持つマークから呆れられていたくらいだ。
だが、もう一人の研究者であるアンブローズが冷静だったかというと、そうではない。
アンブローズは古代魔法文明の研究は専門外であるが、神獣魔獣と同じ原理で生み出された擬似的な人間――『リーヴスラシル』の方はあいつの興味関心のど真ん中だったのだ。
魔獣の因子が人間に適合できたのはそのためか、だのなんだの、本来の仕事そっちのけで思索に没頭していて、俺が何度か話しかけてもなかなか返事がないほどだった。
……結局、今はあの二人をそっとしておこうということで落ち着いて、調査がより一層進展するはずであるという判断だけ聞いて今に至る。
「ならば結構。調査においては、当事者の証言を得られるかどうかが分水嶺になるものだからな」
「それにしても、驚くべき情報ばかりでしたね。特に『リーヴスラシル』の件など想像すら……陛下と虹霓鱗騎士団が『まだ公開すべきでない』と判断なさるのも納得です」
以前、俺は陛下からそのような話を聞いたことがある。
ハイエルフのエイル・セスルームニル達が隠蔽している情報の中には、すでに陛下と虹霓鱗も仮説として突き止めているものがあるが、社会に与える影響の大きさを鑑みて伏せているのだと。
ガンダルフが俺達に提示した情報は、まさしくそれに相応しいものだと思ったのだが――
「……ん? いや、それは今回の件とは無関係だ。ああ、関係がないとは言い切れんが、別件だぞ」
――陛下はそう事もなげに言ったのだった。
 




