第557話 灼熱の階層をゆく
そうして第四階層の地上に到着した俺達を、セオドア率いる冒険者パーティが迎え出る。
「やぁ、ご苦労様。ここから先の案内は我々にまかせてくれたまえ。代わりに君達には……彼の監視をお願いしようか」
セオドアがそう言って視線を向けた先には、何重もの魔法的な拘束を受けた魔将ノルズリが、無愛想な態度で佇んでいた。
今回の案件にはノルズリの同行が必要不可欠だ。
奴は俺の右腕同様、魔王ガンダルフとの謁見を保証する質草であり、お互いに必ず引き渡さなければならない代物である。
「ふん……地上の王国の勅使はなかなかに臆病者とみえる。この私と行動を共にするのを恐れたようだな」
「仕方ないさ。魔王ガンダルフだってあれほど強いのに、用心深く身を隠してるだろ。本人が強いわけじゃない貴族なら、もっと慎重に行動した方がいいくらいだ」
直前までノルズリが収容されていたのは、第一階層のホロウボトム要塞だったが、第四階層までの移動は王国使節団とは別に行われた。
理由は至って単純明快、安全上の理由という奴だ。
セオドア率いる冒険者パーティと合流するまではこちらの戦力も中途半端なので、魔王軍四魔将の一角を同行させるというのは、使節団の面々を納得させられなかったのである。
「で、謁見の場所はどこになるんだ?」
「知らん。そこの使者の案内に従え」
ノルズリが視線を向けた先にいたのは、怜悧な雰囲気を湛えたダークエルフの女戦士だった。
「魔将ノルズリ隷下、フロスティ。魔王陛下との約定を遵守し、ノルズリ様を無事にお連れした件、ひとまず評価するとしよう。これより魔王陛下の御下までお前達を案内する」
「分かった、頼む。マーク、他の連中に出発準備を済ませるよう伝えてくれ」
「は、はいっ!」
ノルズリとフロスティの存在に気圧されていたマークだったが、俺の指示を受けるとすぐに気を持ち直し、駆け足で拠点の奥へと向かっていった。
後は冒険者パーティと使節団一行の準備が終われば、すぐにでも出発することになる。
それまでの間に、俺は幾つかの確認事項を投げかけてみることにした。
「合流場所に向かうまでに、アガート・ラムの妨害が入る可能性はあると思うか?」
「我々に過ちはない。貴様らの何百倍もの長きに渡って奴らと対峙してきたのだからな」
ノルズリが即座に返答を……いや、反論を投げ返す。
「貴様らが預かり知らぬところで、我らはアガート・ラムに対する欺瞞作戦を繰り返している。負傷兵を第二階層の中立都市に送り込んだのもその一環だ。奴らは我らの本隊も第二階層に潜んでいると錯覚しているだろうな」
「……あれにはそんな意図もあったのか」
以前、俺達はアスロポリスに収容された魔王軍の負傷者と、彼らを率いていたノルズリとスズリに遭遇した。
紆余曲折と利害の一致があったこともあり、俺達は二度に渡ってノルズリと実質的な共闘をするに至ったわけだが――どうやら魔王軍にとっては、共闘を通じてアガート・ラムに偏った印象を与えられるメリットもあったようだ。
「その点に限って、貴様らには感謝をしてやってもいい。おかげで奴らに対し、我らと第二階層を強固に結びつけた認識を与えることができたのだからな」
ノルズリはそう言って不敵に笑ってから、表情を引き締めて睨むような眼差しを向けてきた。
「問題は貴様らの方だ。地上で不用意に情報を撒き散らし、アガート・ラムの諜報網に気取られてはいまいな。貴様らが襲撃を受けて死ぬ分には構わんが、最悪の場合、陛下の居場所まで特定される事態にもなりかねん」
何重もの魔法的拘束でも押さえきれない絶凍の魔力と、魂すらも貫くかのような殺気が滲み出る。
次の瞬間、ガーネットとチャンドラーが武器に手をかけて俺の前に出ようとし、フロスティが応戦の構えを見せる。
俺とノルズリは同時に手をかざし、申し合わせることもなくお互いの部下を制止した。
そして俺が改めて口を開こうとしたところで、冒険者ギルド幹部のマスター・ジャイルズが姿を見せた。
後ろには当然のように護衛らしき大男も控えている。
地上で着ていたコートの上から、最大サイズの耐熱装備を重ね着しているという何とも窮屈そうな格好だ。
冷却機能があるので暑くはないのだろうが、動きにくそうに思えて仕方がない。
「今回の使節団は国王アルフレッド陛下の肝煎りだ。情報統制は間違いなく最高強度のものが敷かれている。これでも情報が漏れるようなら、ウェストランド王国は奴らの手中にあるも同然だろう」
「……貴様は誰だ。どうやら只者ではなさそうだが」
「冒険者ギルド最高幹部、ジャイルズだ。我らのギルドは特定の一名が頂点に立つのではなく、私を含む幹部の合議制で意思決定を行っている」
「つまるところ、貴様は保険か。脳髄の一つをあえて危険に送り込むことで、我らの納得を得ようという算段だな」
ノルズリが口の端を釣り上げて笑い、ジャイルズも口元を綻ばせる。
「いいだろう。地上の王国に失態があれば貴様にも死んでもらう。使節団の貴族風情と諸共にな」
「当然、我らは一人残らず、その覚悟があるからここにいる。まぁ実を言うと、個人的には『元素の方舟』と魔王ガンダルフをこの目で見たかったという欲もあるのだがね」
マスター・ジャイルズとのやり取りを済ませ、話は終わったとばかりにノルズリが拠点の外に出ようとする。
俺は慌ててその背中を引き止めた。
「待った。勝手に動かれたら困るんだって。頼むから一緒に行動してくれ」
「……ふん。面倒なことだ」
不承不承といった様子で足を止めるノルズリ。
相容れない連中を率いることの大変さを再実感して、俺は長々と息を吐き出すのだった。
――それから俺達は、使節団を護衛しながら第四階層を通り抜けるという、普段以上の大仕事に取り掛かった。
集団が大きな分、ドラゴンを始めとする魔物達にもよく目立ってしまうらしく、拠点の建設時にも出現した多種多様な怪物が次から次に襲いかかってきた。
だが、こちらの戦力もそれを想定した充実の布陣である。
メダリオンと【融合】し、試し斬りだとばかりに意気揚々と剣を振るうガーネット。
神降ろしとヒヒイロカネの刀という、高熱の魔物に対してほぼ無敵といえる備えで戦場を飛び交うサクラ。
耐熱装備を必要とせず、優れた技量で次から次に魔物を射落とすチャンドラー。
イーヴァルディの剣に強化されたスキルを平然と連打する勇者エゼルに、息をするようにドラゴンを切り伏せるセオドア。
ほとんどの脅威は総力を尽くすまでもなく片付いてしまい、メリッサやヒルド、アンブローズといった魔法使いの面々が、その気もないのに自然と魔力を節約する形になってしまうほどだった。
やがて広大な溶岩の海が見えてきたところで、フロスティが足を止めて俺達に向き直る。
「ここだ。魔王陛下の御所……第五迷宮は目と鼻の先にある」




