第554話 運命の前夜の語らい
それから俺は、ジャイルズと何気ない会話を交わした。
作戦のために必要な意見交換ではなく、これまでの活動や陛下との関わりについての雑談のようなものである。
このやり取り自体に何かしらの意味があるというわけではなく、アルフレッド陛下を通じて聞いていた話を、俺からも直接聞いておきたかったという雰囲気だ。
お互いに忙しい身の上なので、あまり長い時間は取れなかったが、それなりに満足させることはできたはずだ。
「――それにしても、右腕を差し出すとは思い切ったものだな」
ジャイルズが俺の右腕に目を向けて嘆息する。
「これほどの胆力……お前がスキルに恵まれ、冒険者として活躍することができていたらと思うと、重ね重ね惜しいものだ」
「もしもそうなっていたら、全てが魔王軍の思い通りになっていたかもしれません。今の生活も充実していますし、これでよかったんだと思います」
袖越しの右腕に手を添える。
「それに、陛下のことは信頼させていただいていますから。きっと俺がリスクを負うだけの価値がある判断をしてくださる……そう信じています。ですから俺は『賭け』だとは思っていませんよ」
「なるほど。アルフレッドもつくづく幸せ者だ。お前を取りこぼしたことが惜しくてならないな」
ジャイルズがくすぐったくなるようなことを言った直後、部屋の扉がノックされる。
「おっと……もう行かねばならないようだ。時間を取らせてしまってすまなかった」
「こちらこそありがとうございます」
最後に軽く挨拶を交わしていると、冒険者らしき男が部屋に入ってきて、ジャイルズとキングスウェル公爵に身振りで退出を促した。
ジャイルズが護衛役として連れてきた冒険者だろうか。
見上げるほどの大男で、分厚いコートを着込んでいるが、立てた襟と目深に被った帽子で顔立ちは伺えない。
本来なら不審人物と扱われてもおかしくなさそうな出で立ちでも、マスター・ジャイルズという立場ある連れてきた人物であるというだけで、それなりに受け入れられてしまうのは不思議なものだ。
「……ああ、興味深い話ができたよ。この役目を担うに相応しい人材だな……」
ジャイルズが護衛の男に話しかけながら部屋を後にする。
少し遅れて、キングスウェル公爵もゆっくりと席を立った。
「私に使節団を率いらせてくださった件といい、自らの人脈でマスター・ジャイルズを派遣してくださった件といい、陛下には感謝してもしたりないものだ……お互い、陛下を失望させぬよう力を尽くすとしよう」
「ええ、それはもちろんです。公爵閣下に対して思うところがないと言えば嘘になりますが、陛下のご期待を裏切るわけにはいきませんから」
「ははは。その調子で頑張ってくれたまえ」
キングスウェル公爵は俺の憎まれ口を笑い飛ばし、満足げに立ち去っていった。
一人部屋に残された俺は、深く深呼吸をして肺の空気を入れ替え、明日以降の仕事に向けて気持ちを引き締めた。
これから俺達は、使節団を休ませるためのしばらくの休息を挟んでから、第四階層に潜む魔王ガンダルフの元へと向かう。
会合の成否はまだ誰にも分からないが、どう転んだとしても状況が――そして時代が動くことだけは間違いない。
俺はその最前線に立っているという事実を改めて噛み締め、覚悟を新たに固めるのだった。
王国使節団のグリーンホロウ・タウン到着から数日後、遂に第四階層出発の日がやってきた。
第四階層で魔王軍の魔将と遭遇してから早一ヶ月。
長いようで短い一ヶ月間は、様々な準備のためあっという間に使い潰され、気がつけばもうこの日を迎えていた。
魔王ガンダルフの元へ向かうメンバーは、大きく分けて三種類の立場に分けられる。
まず一つ目は、キングスウェル公爵率いる王国使節団。
現地で政治的な交渉を行うのは彼らの仕事で、書記や資料担当といった文官を中心に構成されている。
二つ目は、使節団を護衛するための騎士団勢力。
これは使節団が連れてきた護衛と、グリーンホロウ駐在の黄金牙騎士団の部隊を合わせたもので、マスター・ジャイルズと彼が冒険者ギルドから率いてきた人員もこちらにカウントされている。
そして三つ目は、危険が多く環境も厳しい第四階層を先導する案内役――即ち冒険者パーティである。
もちろんこれのリーダーは、第四階層探索を率いるセオドアだ。
セオドアは辺境伯という高位の貴族の嫡男でもあるので、複数の貴族を含む王宮使節団に関わる人員としては、意外と適任だったと言えるかもしれない。
また、俺達白狼騎士団もセオドアのチームに加わり、使節団や護衛部隊と冒険者達の仲立ちをすることになっている。
「……よし、準備はいいか?」
俺はホロウボトム要塞の一室で、白狼騎士団の指揮下で作戦に加わる面々を見渡した。
まずは騎士団メンバーから、戦闘担当であるガーネットとチャンドラー、研究者としてヒルドとアンブローズ、そして俺の補佐役としてマークが参加する。
次に白狼騎士団を補佐する冒険者として、サクラとナギ、そしてメリッサも加わってくれている。
「なんつーか、こっちも全力って感じだな。これでアレクシアやノワールもいてくれたら百人力だったんだが」
ガーネットが満足気に口の端を上げる。
俺は名前が上がった二人のことを思い浮かべながら、ガーネットに苦笑を返した。
「あの二人には装備の生産で無茶させっぱなしだったからな。さすがに本番まで付き合ってくれとは言えないさ」
灼熱の地下空間である第四階層で活動するには、相応のスキルを持たない限り、ホワイトウルフ商店が取り扱っている耐熱装備を身に着けておく必要がある。
しかし、その生産力は無尽蔵というわけではない。
これほど大規模となった使節団一行全員に装備を行き渡らせるため、アレクシアと機巧技師達、ノワールとその作業の下請けをしているブランは直前まで大忙しの日々を送っていた。
「さて、最後に手順の確認を――」
ブリーフィングを開始しようとしたところで、部屋の扉が激しくノックされ、返事をする前に二人の男女が入ってくる。
「おはようございますっ! 勇者エゼル、白狼騎士団に協力すべく馳せ参じました!」




