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第551話 風雲急を告げる

 その後、俺達はノルズリに追い払われる形で氷漬けの部屋を立ち去った。


 得たものは決して多くはなく、焦らされてしまった感も強かったが、しかし何も得られなかったというわけではない。


 やはり諸々の真相を知る近道は、あえて魔王軍の誘いに乗って情報を引き出すことなのだろう。


 明らかにそれが奴らの計画なのだろうし、決定権は俺ではなく王都にあるのだが。


「……ふぅ、どうにかなったようで何よりです」


 要塞の外へと向かう道すがら、マークが緊張を溜息に乗せて吐き出した。


「魔将なんかと直接会いに行くなんて、やっぱり無謀でしたよ。見たでしょう、あの部屋を。あんなに大規模で精巧な魔法を四六時中維持するほどの怪物なんです。相手がその気ならとっくに殺されていましたよ」

「そういう真似はしないだろうと思ってたよ」

「ノルズリを信頼するんですか!?」


 マークが大声を張り上げて俺の行く手に回り込む。


 俺は足を止め、口元を小さく緩めながら、こちらを睨むマークの視線をまっすぐに見据え返した。


「心配してくれるのは嬉しいけど、無邪気に相手を信じてるわけじゃないさ」

「なっ……! 心配なんかするはずないでしょう! 不用意に死なれたら困る立場だというだけです!」

「何にせよ、答えは同じだよ。今のあいつにとって、俺を殺す意味なんかどこにもないんだ」


 すぐ隣で聞き耳を立てるガーネットの様子も横目で伺いながら、いきり立つマークに俺なりの考えを説明する。


「魔王ガンダルフは俺の力を狙っている節がある。第四階層でノルズリが襲ってきた理由だって、俺を捕まえて魔王のところまで連れ帰るためだったんだ。なのに、あんな場所で殺す理由があると思うか?」

「それは……そうですけど。手に入らないなら殺してしまえと命令されている可能性も……」

「だったら第四階層でもっと激しい殺し合いになっていたと思うぞ。それに、俺があいつを訪ねる保証なんかどこにもなかったんだからな」


 第四階層で遭遇したとき、仮に魔王軍が俺を殺すつもりだったなら、スズリは仲裁に入ったりせず、二人がかりで無理矢理にでも殺しに掛かったに違いない。


 それに、ノルズリが俺を殺せば謁見云々の話も確実に破綻する。


 俺を殺すためにあえて捕らえられるなんて、もはや運任せどころの話ではなく、作戦の体裁すら成してはいないのだ。


「魔王軍を信頼するつもりはないけど、連中にとっての利益を最大化できる合理的な判断するという信用はある。そうじゃなかったら、こんなに苦労させられたりしてないんだ。あいつらは合理的だからこそ手強いんだよ」


 マークは口元を歪めて押し黙った。


 感情的にはともかく、理屈としては納得できてしまったという反応だ。


 さて、立ち話で時間を使い過ぎるのもあまり宜しくはない。


 そろそろ移動を再開しようか……そう思った矢先、要塞の玄関口の方から白狼(うち)に所属する女性騎士が息を切らして駆け寄ってくる。


「よかった、まだこちらにいらっしゃいましたか!」

「ソフィア卿? どうしたんだ、そんなに急いで。まさか地上で事件でも?」

「いえ……王都からの急報です……はぁ、はぁ……黄金牙と私達に……」


 立ち止まって一通り呼吸を整え、ソフィアは一通の封書を俺に手渡した。


 俺達が騎士団本部に戻るのを待てないほどの急用……いや、正確には『黄金牙騎士団の要塞にいる間に伝えたかった』用件ということか。


 それはつまり、俺がこの封書に目を通せば、すぐにでも黄金牙と協議の場を持たなければならなくなるということであり――


「魔王ガンダルフに使者を送るか否か……やっと決まったんだな」











 ――封書の内容は、俺の想像通り『魔王ガンダルフからの謁見の誘いを受諾する』というものであった。


 あくまで相対的な評価ではあるが、王宮は魔王軍よりもアガート・ラムの方を差し迫った脅威と考えており、そのために()()()()()()()()()からの情報収集は重要だという考えに至ったらしい。


 無論、魔王軍のことを無条件で味方と考え、胸襟を開こうという話ではない。


 対アガート・ラムを念頭に置き、互いのことを利用し合う――群雄割拠の戦国の世ではごく当たり前に繰り広げられていた戦略を、魔王軍に対しても適用するというだけのことだ。


 封書には決定を告げる報告だけでなく、王国使節団の受け入れ体制と現地までの受け入れ準備を、白狼騎士団と黄金牙騎士団に整えておくようにとの命令も記載されていた。


 使節の派遣が決定したのみならず、もう既にグリーンホロウへ向かわせる準備も整え始めているらしい。


 というわけで、俺はすぐさま予定を変更して、ホロウボトム要塞の黄金牙の部隊との話し合いに乗り出した。


 グリーンホロウに到着した使節団の宿泊場所。

 魔王軍の拠点へ向かう使節団の護衛チームの編成案。


 話し合うべきことは山程あり、当面はこの件で忙殺されることは間違いなかった――











 ――そして、とある日の朝。


 俺はこうした事前準備の一環で、グリーンホロウ最大の宿である春の若葉亭を訪れていた。


 もちろん今日は食堂の常連客としてではなく、宿泊を希望する依頼主としての立場である。


「というわけで、王宮から派遣された使節団の宿泊場所を探しているんです。春の若葉亭のお部屋をお借りできれば嬉しいのですが、難しそうなら別の宿を紹介してはいただけないでしょうか」


 俺は若葉亭の応接間で、宿の女将――つまりシルヴィアの母親と向かい合い、依頼についての話し合いに臨んでいた。


「使節の受け入れは大変光栄なのですけど、本当にうちでよろしいんです? 町一番というのは規模の話で、もっと高級なサービスをする宿は他にも……」

「兵士も含めたら数十人規模ですから、そういった宿では収容しきれないと思われます。使節団を率いる貴族の方には、あちらの宿に泊まっていただくとしても……」


 意見交換を続けて議論が煮詰まった頃になって、シルヴィアがお茶を持って応接間にやって来る。


「お話は伺いました。ルークさんもその使節団に参加されるんですか?」

「いや、俺は使節団とは別枠で同行するつもりだよ。ダンジョン探索を統括する白狼騎士団の団長として……という名目になるのかな」


 利き手ではない左手でお茶を受け取って口をつける。


 その間、シルヴィアは右腕を補った義手に、どこか心配そうな視線を向けていた。


「……大丈夫。こいつにもだいぶ慣れてきたし、もうすぐ本物の右腕も戻ってくるんだ。心配することは何もないさ」

「そうですよね……頑張ってください、ルークさん!」


 シルヴィアはトレーを手にしたまま、胸の前でぐっと腕を寄せた。


 心配は未だ消えていないに違いないが、それを押し隠して俺を応援してくれているのだ。


 彼女の期待を裏切るような結果にだけはさせないようにしよう――俺は改めてそう決意し、人工的な右手を握り締めたのだった。

https://twitter.com/kadokawabooks/status/1254706597109968897


カドカワBOOKS公式Twitterにて、4巻の口絵の1枚が公開されました。

Web連載にはない描き下ろしシーンの一幕です。

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【新連載!】
空往く船と転生者 ~ゲームの世界に転生したので、推しキャラの命を救うため、原作知識チートで鬱展開をぶち壊す~
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― 新着の感想 ―
[良い点] 敵の敵は・・・敵だ!と言い切ったディックトレイシーという映画がございましたが、明日敵になるまでは味方でいて欲しいのが人情。 多分戦国時代を終わらせた国王は得意かどうかは存じませぬが、随分見…
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