第550話 敵対ならぬ対面 後編
「さて……ルーク・ホワイトウルフ。わざわざ貴様が出向いたということは、私と話がしたいということだろう。ちょうど退屈していたところだ。こちらの気が済むまでは付き合ってやろう」
「……聞きたいことなら山程ある。どれから尋ねたらいいか迷うくらいだ」
俺は右腕を胸の前に持っていき、手をぐっと握り締めてみせた。
それを見たノルズリが口の端を釣り上げて嗤う。
「ほう? 予備の右腕を用意していたとは想定外だ。道理で容易く差し出したわけだ」
「あの時点ではこんなものがあるとは知らなかったさ。質草として預けたのは『右腕』であって『右腕がない状態』じゃないんだから、補ったとしても契約違反にはならないだろ?」
「言われるまでもない。たとえ別の腕を繋ごうと一向に構わんさ。そもそも貴様ら如きにそんなものが生み出せるはずがない。大方、我々との戦いの後に奴らの技術を吸収したのだろう」
さすがは魔将の一角というだけあり、ノルズリは一目で俺の右腕の正体を見抜いたようだ。
だったら話は早い。
細々とした事前説明を省いて本題に入ることができる。
「アガート・ラム……お前達の真なる敵は一体何者なんだ。こんなに卓越した技術を持っていて、人間同然の人格を人形に与えることもできるだなんて……お前達が肉体を取り替える手段とも何か関係があるのか」
「その程度のことなら、既に騎士共から飽きるほどに尋ねられている。答えは同じだ。拝謁の折に陛下が慈悲を示されれば、そのときにお教えくださるやもしれん」
「やっぱりか。もしかしてと思って聞いてみたんだが」
魔王ガンダルフが地上の王国に仕掛けてきた謁見の誘い――奴らはこれを機に有利な条件を飲ませたいはずであり、地上の人間が知り得ない情報は格好の『餌』である。
奴らにとって、アガート・ラムの正体が知りたければ会談のテーブルに着けと要求することが有効な一手である以上、こんなところで無意味に明かすはずもない。
「だが、これだけは言っておこう。貴様らの指導者が賢明であるのなら、たとえアガート・ラムの正体を知ったとしても、それが下々の非支配者層に行き渡ることはないだろう」
「……知らない方がいい情報ってことか」
「正体そのものはさほど重大ではない。それだけならせいぜい考古学者共が喜ぶだけだ」
俺はさり気なく横目でヘイゼル隊長の顔色を伺った。
ヘイゼル隊長は口を引き結び、ノルズリの一言一句を聞き逃さまいと意識を集中させている。
その横顔だけですぐに理解できた。
ノルズリが今こうして語っている内容は、黄金牙騎士団が聞き出すことのできなかった情報なのだと。
「問題は――奴らと貴様らの関係性だな。こればかりは安易に広められまい。我らが口を閉ざしてきたことを感謝する羽目になるやもしれんぞ」
「つまりそれは……地上の人間とアガート・ラムの間に、何か重大な関係があると言いたいのか」
「確かめたければ陛下の御前に馳せ参じろ。平伏して慈悲を乞うがいい」
ノルズリの口元に愉快そうな笑みが浮かぶ。
本命の情報が『餌』なら、これは『撒き餌』といったところか。
宝が入っているかどうか分からない箱よりも、少しだけ蓋を開けて金銀財宝をちらりと見せた箱の方が、より本気を出して手に入れようとされるものだ。
切れ端とはいえとても興味深い情報だが、これ以上は引き出したりできないだろう。
「分かった。お望み通り国王陛下に伝えておくとするよ。それともう一つ、こいつはかなり個人的な質問なんだが……」
俺は左手を顔の前に持っていき、手の平で右目を覆って【分解】を発動させた。
顕現する『叡智の右眼』――いつぞやのように目の周囲が崩れるようなことにはならなかったが、目尻から頬にかけて細いヒビが走るような感覚がした。
ガーネットが、そしてマークが無言のまま息を呑む。
第四階層での戦い以来、なるべく使わないように気をつけてきたこの力。
やはり何らかの変化が起きつつあるのは間違いない。
「あのとき、お前は『より近付いたその右眼』と言ったよな。あれはどういう意味だったんだ」
「文字通りの意味だ。貴様のその力は、アルファズルが自らの右眼球と引き換えに得たものと同一の力……陛下はそう仰っていた。しかし、未だその領域には至っていないともな。それがまた一歩近付いただけのことだ」
ノルズリは粉雪のクッションを敷き詰めたソファーの上で、不遜な態度を崩すことなく脚を組み替えた。
「私はアルファズルに会ったことがない。当然ながら本来の『右眼』についても伝聞でしか知らん。しかし陛下の御言葉に嘘などありはしない――故に断言しよう。貴様の『右眼』が真に覚醒すれば、アガート・ラムなど相手にもならん――とな」
「……そいつは大きく出たな」
不敵に笑い返してやったつもりだったが、決して少なくない強がりの色が混ざってしまう。
「だけど、元々アルファズルは俺の体を使って蘇ろうとしていた奴だ。そんな奴の力を今まで以上に引き出したら……」
「否定はできんな。だが肯定もできん。アルファズルの力の全貌を知る者といえば、陛下御本人か魔将ヴェストリ、後は……アガート・ラムの創設者くらいのものか。セスルームニルの行き遅れが地上で生きていればそれもだな」
隣でガーネットが噴き出すのを堪える気配がした。
セスルームニルの何とやらといえば、北方樹海連合議員のハイエルフ、エイル・セスルームニルのことか。
確かに彼女はアルファズルと浅からぬ関係にあったらしいから、その力について詳しくても何ら不思議はないだろう。
――何とやらの部分については深く考えないようにしよう。
少なくとも、ノルズリにとってハイエルフは超越した存在などではないのだ、と解釈するに留めておくことにする。
「それにしても……さっきの件と違って、今の質問にはあっさり答えるんだな」
「無論、理由はある。だが……」
「説明するつもりはない、と」
当然だ、とノルズリが短く肯定する。
「一つ言えるとすれば、陛下は間違いなく全てを知っておられる。アガート・ラムについても、貴様の『右眼』についても、そしてアルファズルについても。貴様らにとって最善の選択肢が何であるか……説明するまでもあるまい?」
https://twitter.com/kadokawabooks/status/1254706597109968897
カドカワBOOKS公式Twitterにて、4巻口絵の1枚が公開されました。
Web連載にはない描き下ろしシーンの一幕です。




