第546話 唯一の懸念と取り越し苦労
「一般に、魔法使いは勝手気ままに研究をするものだけど、騎士団所属の魔法使いは社会に貢献しうるものをテーマに据えることが少なくない。この腕もその一環……失われた四肢を取り戻す研究の賜物さ」
「そんな研究をしている魔法使いがいたんだな……それじゃあ、アガート・ラムの自動人形と似てるのは偶然なのか?」
「いや、無関係と言ってしまうと嘘になる」
アンブローズは精巧な義手を片手に、俺の方へと歩み寄ってきた。
「彼は最新の情報を掻き集めて研究の糧とする魔法使いだ。当然、夜の切り裂き魔やアスロポリスの自動人形に関しても、彼に持ちうる可能な限りの手段を尽くして情報を集めたらしい」
なるほど、そういうことかと納得する。
魔法使いというものは本質的に研究者であるのだから、その分野についての新情報を貪欲に集めようとするのは至って自然な行動だ。
しかも、その魔法使いの肩書を考えれば、情報だって集めやすかったに違いない。
「まぁ、前者についてはそう苦労はしなかったらしいんだが」
「前者っていうと、夜の切り裂き魔の方か」
「彼も翠眼騎士団の一員で、当時は王都の本部に勤務していた。夜の切り裂き魔が討たれ、その正体が自律人形だと判明した時点で、専門家として分析を任されたのさ」
「……それは確かに、情報収集に苦労はしなかっただろうな」
当時はまだ『夜の切り裂き魔の正体が自律して動く人形だった』ということまでしか分かっていなかった。
回収した残骸は詳細に分析する必要があったわけだが、では誰に分析を頼むのかと考えれば、やはり魔法で動く人形の専門家にならざるを得ないわけで。
似たようなものを研究テーマに据えていた、アンブローズの友人とやらに声が掛かるのは当然の顛末だ。
「言うまでもないことだが、この義手にはアガート・ラムの技術からのフィードバックが成されている。制御術式から物理的構造までくまなくね」
「……自律人形そのままってわけじゃないんだろうな」
「もちろん。参考にして開発を急発展させた程度だ。おかしな術式が組み込まれていないことは僕が保証する。魔導峡谷のブランにも試させて、ノワールにも異常がないと確認を取らせてある」
どうやら俺の知らぬ間に――恐らくは第四階層に詰めていた時期に――アンブローズは色々と手を回して準備を進めていたようだ。
「術式に問題はない。物理的構造は彼らに改善してもらった。今回の試験運用は『万全である』ことの最終確認だ。その上で問おう。しばらくの間、これを身に着けてもらえるかな?」
アンブローズは低い声で問いながら、義手を掴んだ腕を俺の前に差し出した。
サクラは『どうしてアンブローズはこんなことを聞いているのだろう』と不思議そうな顔をしていて、俺が即座に承諾すると疑ってもいないようだった。
他の機巧技師達もサクラと同じ反応だったが、アレクシアだけは真剣な面持ちで口を閉ざしている。
「すまない。少し考えさせてくれないか」
「ええっ!? ルーク殿、どうしてです! 腕を補えるのならば、それに越したことはないのでは!」
戸惑いの声を上げるサクラ。
当然の反応だ。シルヴィアやエリカの心配ぶりを見れば、腕をどうにかして安心させたいと思うのは道理だろう。
だけど俺には――とても個人的な、それを躊躇う理由があった。
「だから気が早いと言ったんですよ。もっとじっくり相談しないと駄目でしょうに」
アレクシアが呆れ顔でやれやれと首を横に振る。
「ルーク君自身はアガート・ラム由来の技術どころか、必要とあらばあの人形達の腕そのものだろうと平気でくっつけそうな人ですけどね。ガーネット君やアルマちゃんはそうとは限らないでしょう。ルーク君はそういうことを気にする人なんです」
「あっ……!」
サクラが口元に手をやって目を剥く。
「言おうとしたこと全部言うなって。ありがたいけど逆に困るだろ」
「すみませんね。こればっかりは技師長としての指導不行き届きみたいなものですし」
それにしても、少し驚いた。
ホワイトウルフ商店の面々の中で、アレクシアは最も俺との付き合いが長い人物ではあるが、こうも的確に考え方を見通されていたのか。
――俺はこの義手を試すことに何の躊躇も感じない。
むしろ手足を失くして苦しんだ冒険者を何人も見てきたので、ただの飾りではない高性能な義肢の完成は、嬉しいニュース以外の何物でもない。
そのために俺の存在が必要なら、いくらでも力を貸すに決まっている。
けれど――ガーネットのことを思えば二の足を踏まざるを得なかった。
あいつにとってアガート・ラムは母親の仇。
ならばアガート・ラム由来の技術も、嫌悪の対象となっても何らおかしくはないだろう。
もしもそうなら、俺はガーネットの思いを何よりも優先するに違いない――
「了解した。こちらも無理を言うつもりはない。問題がなくなったら改めて教えてほしい」
「悪いな、期待に添えなくて」
「気にすることはないさ。これで婚約者との間に溝を作られたら、僕では責任を取り切れない。友人との関係にも関わるからな」
……というわけで、ひとまずこの場は纏まったが、何やら周囲からの視線が生暖かくなっている気がした。
具体的には、アルマだの婚約者だのという話題が出たのを境に。
とりわけ機巧技師達からの眼差しがあまりにも露骨である。
「念のため、今後のために寸法だけは取らせてもらいたい。使うかどうかは分からないが、データを取っておくに越したことはないだろう」
「分かった……さっさと終わらせようか」
すぐに帰ろうかと思ったものの、さすがにこの頼みまで断るわけにはいきそうにない。
俺だけにしか分からない居心地の悪さを感じながら、しばらくの間、義手の調節のために寸法を測ってもらうことにしたのだった。
「――あん? いいんじゃね?」
帰宅後、ガーネットにその話を持ちかけてみたところ、当の本人はとてつもなくあっさりとそう回答した。
テーブルの椅子に行儀悪く座り、菓子代わりのドライフルーツを齧りながらの返答だ。
俺に対する遠慮やら何やらは全く感じられない。
「本当にいいのか? アガート・ラムはお前の……」
「連中の残骸が人間の為になるってんなら、それはそれで痛快な意趣返しだろ。ザマァ見やがれってんだ」
そう言って笑うガーネットの横顔は、本当に心から愉快そうで、ずっと見ていても飽きる気がしなかった。
「んで、サクラとは他にどこまで行ったんだ?」
……やっぱりそれは聞かれてしまうか。
俺は何一つ包み隠すことなく、今日一日の出来事を酒の肴として語って聞かせることにしたのだった。