第539話 王宮中枢の会合
――白狼騎士団と魔王軍四魔将の接触。
その報告は早馬の逓伝を経て、理論上最短の日数で王都まで届けられ、速やかに王宮の議題に上ることとなった。
普段は国政にまつわる評議が執り行われる大会議場において、第四階層で発生した一連の出来事が、国王アルフレッドと大臣達に伝えられる。
それに対する大臣達の反応は、細部に細かな違いこそあれ、おおよそ驚愕と困惑に塗り潰されていた。
「信じられん。よもや魔王軍があちらから接触してこようとは」
「しかも魔王が出迎えるつもりだというのか? 奴らは一体何を企んでいるのだ!」
「ここはひとつ、使者に偽装した精鋭部隊を送り込み、謁見に乗じて魔王を討ってしまうべきではないでしょうか」
「いや待て。それは軽率だ。アガート・ラムとの戦いに我々を協力させようという腹かもしれん。だとすればこちらにも利益のある話だ」
「ガ、ガンダルフと手を組むというのか!」
大会議場に様々な意見と反応が飛び交う。
現状は大臣達が自分自身の考えを口々に言い放っているだけで、会議の体裁はまるで成されていない。
国王アルフレッドは彼らにしばらく好き勝手に騒がせ、一通りの意見が出揃ったのを見計らってから、堂々と落ち着いた態度で口を開いた。
「少なくとも、呼び出しに応じた者が危害を加えられる恐れは低い……そう考えるべきだろう」
大臣達が即座に静まり、息を呑んで国王の発言の続きを待つ。
「魔将は第四階層への突入地点の直下に現れた。人間の殺害や捕獲が目的なら、このような形で誘い込む意味などない。今回のように直接赴いて事を済ませればいいのだからな」
臨席者からの異議はない。
あの場で何があったのかは報告を受けたばかりであり、国王の分析は彼らにとっても同意できるものであった。
現に魔将ノルズリはルーク・ホワイトウルフを襲撃して誘拐を試み、しかも魔将スズリの発言を信じるなら、その試みは独断専行ながらも成功すれば咎めを受けない類のものだったという。
人間側に危害を加えることが目的なら、わざわざおびき寄せて余計なリスクを負うメリットなどないのは、この場にいる誰の目にも明らかだ。
「また、特定の何者かを誘き寄せるという線もあるまい。そのつもりなら、こちらからの使者に条件をつけるはずだが、どうやらそういった要求もないようだ」
「つまり……我々が検討すべきは『魔王ガンダルフが何を語ろうとしているのか』という一点のみ、ということですね」
大臣の一人の発言に、国王アルフレッドは深く頷いて同意を示した。
「現地にいる者達の報告では、魔王軍本来の敵であるアガート・ラムに関係する事柄なのだろうとのことだ。共通の敵との共闘……というのは少々考え過ぎかもしれんがな」
友軍となっての共闘ばかりが想定される可能性ではない。
例えば、アガート・ラムという共通の敵を擁するウェストランド王国に情報を流し、こちらの戦いを有利に進めさせることで、間接的に自分達の利益とすることもありうるだろう。
何人かの大臣がそれについて語り始めようとした矢先、そのうちの一人が席を立って大声を上げた。
「お待ち下さい! 魔王ガンダルフと手を組むなど、あまりにも恐ろしい! 奴らは私の故郷を滅ぼした存在! 果たして信ずるに足る代物でしょうか!」
その大臣は、本人の宣言のとおり、かつて魔王軍によって滅ぼされた国家の生き残りである。
現在では『禁域』と呼称され、魔物の巣窟と化したことで跡地の再開発すらままならず、鉄狗騎士団の管理下にある土地――その出身者であるこの大臣が反発を示すことは、国王アルフレッドにとっても想定の範囲内ではあった。
そして国王アルフレッドが大臣の説得を始めようとした矢先、他の大臣が呆れ混じりに口を開いた。
「確かに貴殿の生国は魔王ガンダルフに滅ぼされたのかもしれん。だがそれはお互い様というものだ」
「何だと……!?」
「当時、私の故郷は貴殿の国に攻められて滅亡の危機にあった。偶然にも貴国が魔王軍の攻撃を受けたことで難を逃れたがな」
「……ぐっ、確かに事実ではあるが……」
「魔王軍に感謝するつもりはないが、他国を攻め滅ぼしてきたという点において、貴国も我らも単純な被害者ではなく奴らと同じと言える。そもそも、ここにいるのは誰も彼もが同類と呼べるのでは?」
皮肉げな指摘を受け、反発を示した大臣は完全に黙り込むことしかできなかった。
かつてこの大陸は戦乱の時代にあった。
人間の国々が他の国と相争い、殺し合い、領土を削り合っていた。
現国王による統一が成されるまでに、数え切れないほどの悲劇があり、多くの血が流されたのだ。
かつて魔王ガンダルフの軍勢が、それらのうちの一つを滅ぼしたことは揺るがぬ事実ではあるが、果たしてそれは当時の世情と照らし合わせて、特別に恐るべき行為であったと言えるかどうか。
国王アルフレッドは短く息を吐き、重複がないように内心で発言内容を訂正してから、改めて周囲を見渡した。
「我らの多くは覇権を巡って相争う者同士だった。かつて争った者が一つの旗の下に集う……それこそがウェストランド王国の在り方だ」
「では、魔王ガンダルフと手を組むこともありうると?」
「それはあちらの出方次第だな。色々とけじめをつけてもらわねばならんこともあるし、単に手を組もうとだけ言われて、はいそうですかと首を縦に振るわけにはいかん」
にやりと不敵な笑みを浮かべながら、国王アルフレッドはよく通る声で語り続けた。
「――だが、少し前まで殺し合っていた者と、何らかの形で協力をするということ自体は、かつての戦乱でもよくあったことだ。諸君らにも覚えがあるのではないか?」
問いかけられた大臣達は、反論も否定もすることができなかった――あるいは、する気すら起こらないようであった。
大臣のほとんど全員は高位の貴族であり、かつて別の国を率いた王族がウェストランド王国に帰順して貴族の地位を得た者も少なくない。
かつての敵対者との協力など、戦乱の時代においては日常茶飯事。
その相手が人間ではなく魔族になる、というだけのことなのだ。
「さて……それでは、今のうちに話を詰められるところまで詰めてしまうとしよう。魔王ガンダルフとの対面に備えて、色々と……な」