第536話 その生命の価値は
謁見の栄誉――それは即ち、魔王ガンダルフに直接引き合わされるということ。
想定外にも程がある。
一体どんな反応をすればいいというのだ。
しかもスズリは露骨に俺の反応を待っている。
顔は見えなくてもそういう意図は否応なしに伝わってきた。
「……今すぐ連れて行くつもりだとか、そんなことを言い出すんじゃないだろうな」
「まさか。貴様であれば陛下がお会いするに相応しくはあるが、そもそも我らはどの人間が下りてきたのか知らぬままここに来たのだ。しばし返答を待つ前提で臨んでいる」
「要は『魔王に会わせてやるから相応しい奴を探してこい』ってことか……」
これまでに得られた情報を統合して考えれば、この解釈で間違いはないだろう。
魔王軍は俺達よりもずっと前から、アガート・ラムを仇敵と見做して争ってきた。
地上の人間がアガート・ラムと敵対するというのは、奴らにとっても都合のいい出来事のはずだ。
敵の敵は味方の理屈で態度を変えるのはありえない話ではない。
無論、そうではない可能性も否定しきれないが、少なくともこの場で即答させるつもりがないことだけは確かである。
「悪いが、俺に決められることじゃない。例えば魔将の誰かが、魔王の許可もなく俺達の国王に謁見すれば、確実に咎められる事態になるだろ。それと同じだ」
「承知している。地上に使いを送って主君に伺いを立てるがいい」
アガート・ラムのような奴らのことを思えば、こんな風にある程度の理屈が通じるだけでもマシに思えてしまいそうになる。
それはそれとして、受け入れるにせよ拒むにせよ、俺の一存で決められることでないというのは本当だ。
白狼騎士団にはある程度の現場判断の裁量が与えられているが、いくらなんでもこれは度が過ぎている。
「ただし条件が二つほどある」
スズリが重ねて口を開く。
「一つはこの件をアガート・ラムの耳に届かせないことだ。人間同士の情報共有も必要最小限に留めろ」
「まぁ……当然だな」
「そしてもう一つ。保証のための担保を取らせてもらう」
平然とそう言うなり、スズリはどこからともなく信じられないものを取り出した。
人間の腕――ノルズリに切断されて氷漬けとなった俺の右腕が、いつの間にかスズリの手中に収まっていた。
「謁見が滞りなく成されるか、拒絶の返答を受けた時点でこれを返却しよう。言うまでもないことだが、情報の漏洩等があれば破棄させてもらう」
「んだとっ!? ふざけんなテメェ!」
激高したガーネットが怒りの声を張り上げる。
まるで、冷静に立ち回ろうとする俺の代わりに、感情的な叫びをぶつけようとしているかのように。
「テメェらを信じる根拠がどこにあるってんだ! 返してやるって言われてハイそうですかと答えるとでも思ったのか!」
「当然の懸念だな。無論、我々からも担保を預けよう」
スズリは一片たりとも動揺の色を見せず、落ち着き払ったままで布に隠された顔をノルズリへと向けた。
「そこにいるノルズリの身柄でどうだ。貴様らの主君が不義理を感じたなら好きにするがいい」
「なっ……!」
驚愕したのは俺達だけではない。
名前を挙げられたノルズリ自身もまた、驚きに目を剥いて言葉を失っていた。
「……ッ! スズリ! 貴様ッ! 何を勝手なことを!」
「独断専行はお互い様だ。貴様が戦いを仕掛けなければ、もっと穏健に事を進められただろうに。面倒を増やされた身にもなれ」
露骨な呆れを込めた声で言い返され、ノルズリは歯を食いしばって押し黙るしかできていなかった。
これについてはスズリの言う通りである。
魔物達の襲撃を無事に乗り越えたタイミングで、戦意を持たない魔将が魔王との謁見を殊勝に申し入れてきたのなら、さすがにここまでの警戒心は露わにしなかったことだろう。
だが、今ここで言葉にすべきは同意などではない。
「ちょっと待った。お前達は死んでも体を取り換えて復活できるんだろう。だったら人質には何の意味もないじゃないか」
「そう単純な話でもないが……まぁいい。ノルズリの生命に価値を見いだせないのなら、奴の肉体に仕込まれた蘇生の秘密を担保と考えるがいい」
「……なるほどな」
かつて本来の肉体を使っていたノルズリを討ったとき、魔王軍は多くの手間を惜しまず、人間側に回収されたその肉体を破壊した。
恐らくあれは、蘇生手段のメカニズムを隠蔽するための措置だったはずだ。
そうまでして隠蔽したかった秘密を人間側に預けるのだと考えれば、ノルズリを人質にすることにも大きな意味があると言えるだろう。
とにかく王都に話を持ち帰るべきだろう――そう考えを纏めようとしたところで、飄々とした声が頭上から飛んできた。
「面白い話をしているね。僕からも一言いいかな?」
「セオドア……!」
ドラゴンの返り血に半身を染めたセオドアが、スキルで空中に佇みながら、楽しげな笑みを浮かべてスズリを見据えている。
ちょうど両者の立ち位置が同じ高さとなっている様相だ。
「魔王軍四魔将。こうして直接顔を合わせるのは始めてだね。僕はセオドア・ビューフォート。自慢じゃないけど、冒険者ギルドと王国の貴族制度の双方で、それなりの地位を背負わせてもらっている」
セオドアは得物を鞘に収めたまま、敵意のない立ち居振る舞いで自己紹介をしてから、すぐさま本題へと踏み込んだ。
「その立場から言わせてもらうよ。魔王ガンダルフとの対談は恐らく王国としても望むところだ。こちらのルーク卿も賛同するのなら、我ら二人が責任を持って国王陛下にお伝えすると約束しよう」
「俺も同感ですよ。ひとまずは陛下に判断を仰ぐべきでしょうね」
「右腕を預けることも了承するのかい? 質草にも交渉の余地はあると思うよ。向こうも条件を変えてくるかもしれないけどね」
氷漬けにされた切断面に手をやって、少しだけ思考する。
凍結による感覚の鈍化と、集中させた【修復】の魔力で痛みは感じないし、このまま【修復】を掛け続けるなり他の治癒系スキルを掛けてもらうなりすれば、少なくとも右腕の喪失が命に関わることはなくなるだろう。
問題は、俺個人がこの交換条件を受け入れられるかどうかだ。
「……ルーク」
「大丈夫だ」
すぐ隣で不安そうにしているガーネットに視線を送り、頭を撫でる代わりに笑いかけてから、スズリに真剣な顔を向ける。
「それで構わない。白狼騎士団団長として、これくらいのリスクは背負って当然だ」




