表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
534/759

第534話 氷の魔将と氷細工の職工

「魔王軍四魔将……氷のノルズリ……!」


 その姿を目の当たりにした瞬間、俺の頭の中を無数の思考が瞬く間に駆け巡った。


 かつて第一階層における戦いに破れた魔王軍は、魔王城の地下を経由して第二階層へ逃走した。


 戦線離脱を余儀なくされた兵士や氷の魔将(ノルズリ)火の魔将(スズリ)中立都市(アスロポリス)にいたことからも、魔王軍が第二階層に逃れたことは明白なはずだった。


 それなのにどうして、ノルズリがここにいるというのだ。


 奴らにとっても宿敵であるアガート・ラムの目を盗んで、第三階層を突破してきたとでもいうのか。


 ――全ての思考は一瞬の出来事。


 俺は驚きに硬直することもなく、即座にリピーティング・クロスボウをノルズリに振り向けて引き金に力を込めていた。


「反応が遅い」


 しかしノルズリはそれよりも更に速かった。


 連射された矢弾(ボルト)を容易く回避しながら瞬く間に距離を詰め、その勢いのままに白刃を走らせる。


「……っ!」


 俺は咄嗟に【修復】の魔力を全身に巡らせて、どこを斬られても即座に回復できる態勢を整えた。


「もはや貴様を殺せるとは思わん」


 しかし刃が俺の右腕を切断するその瞬間、ノルズリは俺の右手首を掴み、腕全体を切断面から力任せに引き剥がした。


「ぐっ、があっ……!」

「抵抗できん程度に解体したうえで、陛下の御前にお連れする。貴様なら、意識さえあれば()()()()からでも戻れよう」


 切断された右腕の付け根が凍結して出血が止まり、切り離された腕は丸ごと氷漬けにされてノルズリの手中に収まる。


 その拍子にクロスボウが俺の手から滑り落ち、赤黒い地表に音を立ててぶつかった。


管理者(フラクシヌス)が定めた面倒な法も、この階層には何の影響も及ぼさん。中立だの不戦だのはアスロポリスにおいてのみ。こうして出逢った以上、見逃す道理はない」

「……その割に、命は取らないんだな」

「本来の目的は別にある。貴様はいわゆる『行き掛けの駄賃』だ。そもそも貴様までここに来るとは思いもしなかったのだからな。どうせ冒険者とやらばかりだろうと高を括っていたが……」


 ノルズリはそこで一旦言葉を切り、眼光鋭く俺を睨みつけた。


「続きは後だ。陛下の御前へ運ぶ間に語り聞かせてやる」

「くっ……!」


 俺はノルズリから少しでも距離を離そうと横に飛び退こうとした。


 ところが、そのために力を込めようとた右脚が、右腕と同じように切断と同時に引き離され、氷漬けにされて【修復】の影響から切り離されてしまう。


 俺は立っていることすらままならず、その場に崩れ落ちて片方だけの膝を突いた。


「(まずい……! 【修復】の作用を見切られている……!?)」


 奥歯が砕けんばかりに力を込めて歯を食い縛る。


 よもやこれまでの戦いで、ノルズリの前で【修復】による自己再生を使い過ぎたことが、巡り巡って自分自身の首を絞めたのか。


 このままでは、周りの誰かが異変に気付くよりも、四肢を斬り落とされて連れ去られる方が早い。


 抵抗しなければ。時間を稼がなければ。

 ほんの少しでもいい。ほんの一瞬でもいい。


 例えばガーネットが刃を振るってノルズリを退けるその瞬間まで、岩に齧りついてでも耐え抜かなければ。


 けれど、どうやって?

 右腕と右脚は奪われた。

 きっと返す刃で左腕も斬り落とされる。

 クロスボウに次弾を装填することはおろか、左腰に下げた剣を引き抜くことすら叶わない。


 永遠にも思える一瞬の間に、思考が際限なく加速と加熱を重ねていく。


 視界が歪む。今にも頭が破裂しそうだ。

 痛みすら覚えるほどに見開かれた『叡智の右眼』は、ノルズリが剣を振るう瞬間を、異様なまでの低速で捉え続けている。


 もはや俺に打つ手など残されては――


「(――いや、ある。一つだけ――)」


 その手札を切ったところで現状が覆せるとは限らない。


 けれど、何もせずに敗れ去ることだけは、絶対にできない。


 刃が届くまでの刹那、俺はコートのポケットに入れたままだった()()()()()に手をかざし、渾身の魔力を注ぎ込んだ。











 ――ノルズリは思わず我が目を疑わずにはいられなかった。


 抵抗する術などなかったはずのルーク・ホワイトウルフが、回避不可能な速度と角度で繰り出された斬撃を、あろうことか()()()防ぎ止めたのだ。


 それは生身の骨肉に(あら)ず。


 甲冑のように荒々しい造形で、赤い血液が大理石(マーブル)模様に染み込んだ、透明な氷細工の美麗な(かいな)


 この人間(おとこ)は、如何なる手段によってか生成した氷を用い、失った右腕を【修復】してのけたのだ。


 ルーク・ホワイトウルフの身に起きた異変はそれだけに留まらない。


 食い縛った歯は牙の如ように鋭く尖り、人の形を保った左眼球は狼の如き灰色に染まり、頭髪は濃淡の(まだら)な灰白色に変わり果てた。


 そして『叡智の右眼』と化した右の眼窩は、まるで陶器の人形の破損が広がっていくかのように、眼窩の縁から砕けては孔を広げ続け、青い炎にも似た魔力が激しく噴出している。


「オオオオオオッ!」

「貴様ッ! よもやそこまで……!」


 獣同然の咆哮を受け、後方へ飛び退くノルズリ。


 ルーク・ホワイトウルフは腰に下げた剣を氷の右腕で引き抜き、その勢いのままに、取り落して地面に放置されたままのクロスボウを両断した。


 ――否、それだけではない。

 クロスボウを断ち切ると同時に、その内部に用いられていたミスリルを、剣の側に取り込み一体化させたのだ。


 後方へまっすぐ飛び退いたノルズリに向けて、ルーク・ホワイトウルフが左腕を伸ばす。


 逃走を食い止めようという無駄な足掻きなどではない。


 右手に握った剣を軸に氷が集まり、ミスリルを取り込んだ剣身を穂先とした()()()が形作られる。


 それはミスリルが有する魔力との親和性の高さが為せる技か。


 伸ばした左腕は槍を(なげう)つための予備動作。


 もはや頬骨まで孔と亀裂の広がった『叡智の右眼』がノルズリを捉え、右腕と同様に氷で補われた右脚が地表を踏みしめ、渾身の投擲が繰り出される。


「おのれっ!」


 ノルズリが投擲を迎撃すべく剣を振り下ろす。


 しかしその剣身は、氷の槍の穂先と化した剣に触れた瞬間、まるでガラス細工のように容易くへし折れた。


「……がはっ……!」


 金属鎧をまるで意にも介さず、氷の槍の穂先がノルズリの胴体に突き刺さる。


 穂先は本来の剣としての柄まで深々と肉を穿ち、背中からは血塗れの切っ先が突き出して、胴体から溢れた鮮血が氷の柄を赤く染めていく。


 深手を負ったノルズリが膝を屈し崩れ落ちるのとほぼ同時に、力の限りを振り絞ったルークもまたその場に倒れ伏したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新連載!】
空往く船と転生者 ~ゲームの世界に転生したので、推しキャラの命を救うため、原作知識チートで鬱展開をぶち壊す~
ゲームの世界に転生した主人公が、原作では死んでしまう推しキャラの命を救うために、原作知識をフル活用してあらゆる困難を退けるストーリーの長編です。

【商業出版紹介】
書籍版、コミカライズ版大好評発売中! 
コミック版第4巻作品ページ
書籍版第5巻作品ページ
コミカライズ版は白泉社漫画アプリ『マンガPark』で連載中!
https://manga-park.com/app
https://kadokawabooks.jp/blog/syuuhukusukirugabannou-comicstart.html
― 新着の感想 ―
[一言] 右目とメダリオン同時使用でルークがノルズリに届くとはびっくり これでルークも前線立てますね 諸刃の剣すぎるけれども あとガーネットが絶対許さないだろうなあ
[一言] 変身♪ルークは改造人間である。w 肝心なのは耳がついたのかですね。 目がどんどん進行していく気がします。あるいはこの状態が標準なのか? 馴染んできた。
[気になる点] ルークが使った剣はアダマント製の剣なのかが気になりますね、ミスリル取り込んだなら、課題をクリアしたことになりますがw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ