第533話 炎の魔獣との戦い
「いい感じだぜ、白狼の! この調子で片付けるぞ!」
ガーネットは獰猛な笑みを浮かべ、冷気を帯びた剣を魔物の群れに振り向けた。
もちろん他の連中も負けてはいない。
セオドアはガーネットが動くよりも先にスキルで空中を駆け、氷の壁が築かれるのと同時に一体目のドラゴンの首を裂いていた。
あまりにも手慣れた動きにドラゴンの群れも反応しきれず、一体目が討たれてようやく迎撃を始めるという混乱ぶりだ。
「やるじゃねぇか、銀翼! 俺も負けてられねぇな!」
チャンドラーが一呼吸のうちに十発近い矢を立て続けに繰り出し、それらの全てがファイアエレメンタルを正確に射抜いていく。
回避を試みたエレメンタルもあったが、チャンドラーの放った矢は空中で不可解に軌道を変え、一発の無駄撃ちもなく全ての光球を貫いた。
更に、矢の先端付近に取り付けられていた呪装が起動し、弾けるような旋風がファイアエレメンタルを内側から消し飛ばす。
「サクラの奴は……とっくに動いてやがるな」
人間ほどに大きな火蜥蜴を一太刀で蹴散らして、ガーネットは離れた場所にある溶岩の湖を見やった。
そこではコートを脱ぎ捨てて神降ろしを発動させたサクラが、溶岩の熱など意に介さずにラヴァゴーレムの腕を斬り落としていた。
高熱を苦にもしない神降ろしの力と、瞬く間に間合いをゼロにする【縮地】の力。
まさに自分自身の長所を最大限活用した早業である。
「これならすぐに片付きそうだな……」
他の冒険者達もそれぞれの得意な手段で魔物の迎撃に乗り出し、輸送隊が準備を終えるよりも早く包囲を切り崩していく。
「……っと!」
順調な戦況を安堵しながらも、俺は氷壁の隙間を縫って這い寄るサラマンダーを見逃さず、自動装填式のリピーティング・クロスボウをホルダーから引き抜いて即座に全弾を撃ち込んだ。
死にきれずに悶えるサラマンダーの喉笛を、チャンドラーが弓の両端に付いた刃で切り裂いてとどめを刺す。
「へぇ! 面白いの持ってるな、大将! そいつも機巧技師の嬢ちゃんの特製で?」
「ああ。自動装填と高速連射……構造が複雑で壊れやすいんだが、俺なら【修復】で壊さず使えるっていう代物だ。ちょっと前にミスリルの部品も組み込んだから、前よりも壊れにくくなってるとは思うけど」
「俺は『ちょっと前の壊れやすさ』ってのを知らないんですが、そんなにヤバかったんすか」
チャンドラーは笑いながら雑談めいたことを喋りつつ、目を見張るほどの速さと正確さで矢を放ち、次々に魔物を仕留めている。
本人もどこかで言っていた気がするが、チャンドラーの戦いぶりは騎士よりも戦士と呼んだ方がしっくり来る。
耐熱コートはおろか騎士らしい鎧すらも着用せず、灼熱の第四階層に薄着で平然と乗り込んでいるあたりも、その印象をより一層強くしていた。
南方の戦士集団をそのまま騎士の枠組みに取り込んだ、とかいう話も納得の経歴である。
「――白狼の! 上だ! 来るぞ!」
ガーネットの声を聞いて即座に顔を上げる。
暗い岩の天井を背景に、楕円に近い黒色の岩石が幾つも弧を描き、俺達を押し潰さんと迫っていた。
チャンドラーがすぐさま剛弓を鳴らして岩石を射ち砕くも、粉砕されて飛び散った破片まではどうしようもなく、直撃すれば負傷は免れ得ない石粒が降り注ぐ。
「危ねぇ!」
素早く取って返したガーネットが俺を庇って展開した障壁は、普段の透明な魔力の壁ではなく、物理的な氷の盾を象っていた。
陛下から授かった二つ目のメダリオン、その属性は氷。
スコルのメダリオンが『起動時点では身体能力の強化に留まり、周囲の炎や高熱を吸収して力に変える』のに対し、こちらはガーネットの魔力を直接消費して力に変える。
文字通り、あらゆる意味で正反対なのだ。
「火山弾か? 大将、今のはどっから……!」
「白狼の! 見ろ、サクラのいる方だ!」
ガーネットに言われるがまま、サクラがラヴァゴーレムと交戦している溶岩溜まりの方を見やる。
そこにはいつの間にか、二体目三体目のラヴァゴーレムが出現していた。
サクラと交戦していない一体が、おもむろに溶岩を胴体に溜め込んだかと思うと、天井を仰ぎながら腹部をへこませて、溶岩の飛沫を高く吐き出した。
――それらが放物線を描いて飛び散る間に冷え固まり、無数の火山弾と化して俺達めがけ降り注がんとする。
先程と同じく全てが迎撃されたものの、またすぐに次の攻撃があることは明白だ。
サクラは次々にラヴァゴーレムを打ち倒しているが、溶岩の中から絶え間なく新たな個体が現れては容赦なく火山弾を吐き散らす。
「クソッ! なんつー面倒臭い……うおわっ!?」
突如、ガーネットの真上から首を裂かれたドラゴンの死体が落ちてきて、その上にセオドアが軽やかに降り立った。
激突の直前に回避したガーネットから睨み上げられながらも、セオドアは全く気にも留めていない様子で周囲の面々に指示を出した。
「あの攻撃は溶岩に身を沈めていないと使えない代物だ! 射程外まで移動してしまえばそれで事足りる! 輸送隊の準備が整うまでの間、ラヴァゴーレムが余計な邪魔をしないよう足止めをしてくれ!」
「……ったく! 白狼の! メダリオンの切り替え頼む! あっちなら溶岩だろうと餌みてぇなもんだ!」
ガーネットは再び地表に剣を突き刺し、周囲に張り巡らせた氷壁を更に厚く強化してから、スコルのメダリオンを【融合】させるように要求した。
俺もすぐさまそれに応じ、スコルのメダリオンをガーネットの胸元に押し当てて、その肉体に溶け込んだ魔獣の因子を、銀色の氷狼から金色の炎狼へと切り替える。
「任せたぞ、ガーネット」
「おうっ!」
手元に出現した二つ目のメダリオンを握り締め、目にも留まらぬ速さで疾走するガーネットの背中を見送る。
ガーネットは地表を踏破して躊躇なく溶岩帯に足を踏み入れ――その膨大な熱量を吸収して金色の髪を輝かせながら、足の下で冷え固まった溶岩を蹴って疾走を続ける。
そして火山弾を放とうとするラヴァゴーレム目掛けて跳躍し、顔面に手の平を叩きつけた。
「うおおおおっ!」
ラヴァゴーレムは瞬く間に灼熱を吸収され、溶岩から覗かせた上半身を凝固させられていき、岩の塊と化して溶岩の水面に沈んだ。
ガーネットとサクラの二人がかりなら、あちらはもう安泰だろう。
更にチャンドラーも氷壁の上に立って外の魔獣を射ち続け、セオドアも空中に引き返してドラゴンとの戦いを再開している。
もはや氷壁の内側は安全圏と考えても良さそうだ。
俺も戦闘から手を引いて、輸送隊の手伝いに向かうべきかもしれない。
そんなことを考え始めた矢先、輸送隊の機巧技師が俺の名を呼んだ。
「ルークさん! 台車の【修復】をお願いします!」
「分かった、今行く!」
声のした方へ駆け出そうとした、まさにそのときだった。
氷壁の一部が轟音を立てて動き出し、俺と周囲を遮断するかのように回り込んでくる。
「……っ! こいつは……まさか!」
四方を見渡しても全てが氷壁――第四階層の環境に適応した魔物がやれることではない。
俺はすぐさま『叡智の右眼』を発動させ、氷壁に潜んでいるはずの人影を探り出した。
「冗談じゃない……! どうしてお前がここにいるんだ!」
「説明する義務はないな」
氷壁を陽炎か何かのようにすり抜けて、金属鎧を身に纏った女のダークエルフが姿を現す。
「だが、一つだけ宣告しよう。今回は貴様を殺すつもりはない。無論、ただ顔を見に来ただけでもないがな」
「魔王軍四魔将……氷のノルズリ……!」




