第526話 意外な来訪者
それからすぐに、俺とガーネットは騎士団本部から引き上げて、ホワイトウルフ商店に戻ることにした。
収穫はあった……はずだと思いたいが、予想外の右目の負傷というトラブルもあり、手放しに喜べるわけでもない。
過剰な魔力行使の負荷による肉体の損傷自体は、様々なスキルで起こりうる現象だ。
しかし『右目』の場合は性質も成り立ちも特殊であり、安易にただの自然現象だと考えるのは楽観的だと言わざるを得ない。
「(だけど、一体何が引き金になったんだ……?)」
店までの短い道のりを歩きながら思索を巡らせる。
ひび割れのような傷が生じた原理が何であるにせよ、その原因が二振りの剣の分析にあったことは間違いない。
問題は何がきっかけになってしまったのかだ。
「(……とりあえず、三つくらいは理由の候補が思い浮かぶんだが……)」
まず一つ目は、あの剣を視ていたことそのものが火種になったパターンだ。
この場合は単純な相性の問題か、あるいはどちらかの剣が特別だったということで片がつくため、あまり深刻に捉える必要はなくなる。
二つ目は、休息を挟まずに力を使い続けたから、というものだ。
普段の『右眼』の行使は、とりあえず発動だけはさせておいて、必要なタイミングで目を凝らすことで恩恵を得るという形だった。
それに対し、今回はそれなりに長く力を引き出し続けたので、その負荷に肉体が悲鳴を上げてしまったという考えだ。
簡単な比喩で表現するなら、重い物を抱えて運ぶだけなら問題なく数往復できても、同じ重さの物を抱えたまま長いこと立ち尽くしていたら腕も足も参ってしまう――その程度の話である。
そして三つ目は、いわゆる『最後の藁』と呼ばれる奴だ。
とある馬が限界重量ギリギリまで荷物を背負っていて、その背中に一掴みの藁を載せたところ、馬は荷物の重みに耐えかねて背骨が折れて死んでしまった……という喩え話である。
本当に些細な一押しであっても、それが限界点を越える最後の一歩になってしまうことがある。
これまでに『右眼』を使い続けた負荷の蓄積が、あの瞬間に限界を越えそうになったというのが、考えうる限りで最も悲観的な仮説といえるだろう。
「(あの男は『右眼』のことを神降ろしも同然と言っていた。サクラがヒノカガヒメに飲まれかけたのと同じなら、二つ目の可能性が一番高そうなんだが……)」
考え込みながら前も見ずに歩き続けていると、不意にガーネットが底抜けに明るい声で話しかけてきた。
「つーかお前、前からエゼル相手にあんな態度だったっけか? 打ち解けてるっつーか気安くなってるっつーか」
「ん? ああ……素性がバレたら疎遠にされるのが悩みの種だって言ってたからさ」
エゼルは俺に王女だと気付かれたとき、それを理由に壁を作ったりしないように望んでいた。
「それならいっそ、気安いくらいが丁度いいかなと思ったんだけど……気に障ったか?」
「まさか! あいつも悪い気はしてなかったみてぇだしな。友達とお前が打ち解ける分には歓迎だぜ」
「ならよかった。また不機嫌にさせたかと思って冷や汗かいたぞ」
「おいこら。またって何だよ、またって」
ガーネットはすぐ隣を歩きながらこちらを睨みつけてきた。
見たところ、大いに自覚ありといった反応だ。
意外な独占欲の強さもガーネットの良さの一つだと思っているが、さすがに親友はその対象外だったらしい。
適当に誤魔化しながら営業中の本店の扉を潜ったところ、店番をしていたエリカがちょうどよかったとばかりに声を上げた。
「あっ! 店長おかえりなさい! さっそくですけど、ちょっといいですか?」
「ただいま。どうかしたのか?」
「店長にお客さんです。冒険者のトラヴィスさんですよ」
「トラヴィスが?」
そいつは確かに珍しい来客だ。
あの男のパーティとは何かと連携を取ることが多い間柄だが、リーダーである本人がうちの店を訪れることは意外と少ない。
理由は単に、Aランク冒険者だからこその忙しさである。
武器屋としての用件ならダンジョン前の支店で事足りるし、騎士団としての用件ならこの店舗に来る意味がない。
「レイラがお相手してますけど、大丈夫でしたか?」
「……それはレイラが大丈夫かっていう意味だよな?」
一抹の不安を覚えながら、とりあえずトラヴィスと会うために店の奥へと入っていく。
応接用にも使っているリビングをこっそり覗き込んでみると、レイラとトラヴィスがテーブルを挟んで向かい合い、不器用な会話を交わしているところだった。
主にレイラが喋っていて、トラヴィスが聞き手に回っている状況だったが、話題は途切れ途切れで話し方もぎこちなく、興奮と恥じらいが歪に入り混じっているのが見て取れる。
「頑張ってはいるみたいだな……」
「もう少し待ってから入るか?」
俺の胴体と壁の間に、ガーネットが体をねじ込んでにゅっと顔を出す。
レイラもトラヴィスも俺達には気付いていないようだったが、何となくお互いに『店主が早く戻ってこないだろうか』と思っているような気がする。
現状が嫌だからという理由ではなく、そろそろ精神的な許容量を越えそうだという意味で。
「いやいや、Aランクは忙しいんですから」
今度は俺の後ろからアレクシアがずいっと身を乗り出してくる。
壁に向かって三人が重なり合う格好で、不器用なやり取りを交わす男女をこっそり観察するという、何とも奇妙な状況になってしまった。
「まぁ……トラヴィスが忙しいのは間違いないんだ。あんまり時間を無駄遣いさせるのは……いや、あれは無駄遣いのうちには入らないか……?」
「ルーク君も、友達にやっと浮いた話が持ち上がったのが嬉しいのは分かりますから。ほらほら入った入った」
アレクシアが後ろから俺の背中を押し、ガーネットもまとめて部屋に押し込んでいく。
そしてレイラとトラヴィスは、二人揃ってホッとしたような、あるいは残念そうな表情を浮かべ、俺達の到着を歓迎したのだった。
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https://kadokawabooks.jp/product/2020/05/
それと今回の投稿時点で、総合評価が13万を越えていたようです。
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