第525話 イーヴァルディの神技に迫れ
――やがて、実験室での模擬戦は成功裏に終わりを迎えた。
多くの手間と時間を費やしただけの価値はあり、今後の活動の参考にできる貴重なデータを大量に得ることができた。
特に重要だったのは、陛下から授かった物も含めたメダリオンの限定覚醒と、アダマント製の剣を併用した実戦運用試験だろう。
剣はまだミスリル加工と魔法紋の刻印が未達成であるが、それを除いても使い慣れていない武器であることに変わりはない。
新たな力と新たな武器。
実戦に挑む前に適切な運用のためのデータを集め、更に使い慣れておくのは必要不可欠と言ってもいい。
もちろん収穫はそれだけではなく、アンブローズ曰く魔法的な側面からも新たな知見が得られ、特定の分野では大きな発達が見込めるのだそうだ。
そして後片付けをチャンドラーやエディ達に任せ、俺達は勇者エゼルの剣を解析するために、一回り小さな作業室へと移動したわけだが――
「さっきのガーネット、本当に良かったなぁ。可愛かったし格好良かったし……」
「どうでもいいだろ、そんなこと。アガート・ラムと戦うための強化に見た目の良さなんざ関係ねぇよ」
観戦の余韻に浸る勇者エゼルに、ガーネットは心底どうでもよさそうな呆れ顔を浮かべている。
「いやいや、見た目は重要だってば。いくら性能が良くても、その格好で死んじゃうかもしれないっていうのに、格好悪い装備なんか着ていられないでしょ。騎士の鎧もそうじゃないの?」
「む……まぁ、そういう意図があるデザインなのは否めねぇけど。もっと魔獣らしい外見だったとしても構わなかったって話だよ」
俺は口を挟まずに準備を進めていたが、エゼルの主張には二重の意味で賛同できた。
装備品の見た目の良さを判断基準にするのは、冒険者でも割とありがちだ。
命が懸かっているのだから見た目に拘るな、と考える奴は少なくないが、そういった連中も『自分が許容できる最低限度の外観』というものは持っていることが多い。
その手の連中は、あくまで過度な華美さを求めることを戒めているのであって、美的感覚を害する格好を拒むことまでは否定していないものだ。
ミランダ裁縫店の店主が気にしていた事柄とも共通するのだが、冒険者の装備品はそのまま死装束となりかねない。
落命が避けられないのであれば、せめて死に様だけでも醜くないようにしたいというのは、人間として当然の欲求といえるだろう。
……ちなみに、もう一つの『賛同』というのは、限定覚醒したガーネットの姿形が格好いいだの可愛いだのといった話題の方である。
「あー、耳とか尻尾とか触らせてもらったら良かったかなぁ」
「雑談はそこまで。作業を始めるぞ」
俺がそう伝えると、エゼルはすぐに雑談を切り上げて、ガーネットと一緒に俺の左右へと移動してきた。
作業台には二振りの剣が横たえられている。
ミスリル合金化を施されたイーヴァルディの剣。
純アダマント製の魔王ガンダルフの剣。
両方とも絶世の名剣と呼ぶに相応しい代物ではあるが、前者にはスキルの効果を増大させる魔法的な機構が施され、後者はただ純粋に剣として優れた性能が与えられている。
「これで何かしらの手掛かりが見つかればいいんだけどな……」
いつものように右目に手をかざして『叡智の右眼』を発動させ、更に左右の手をそれぞれの剣にあてがう。
「スキル発動……【解析】開始……!」
今の俺に実行可能な分析手段の同時発動。
イーヴァルディが生み出した二振りの剣の構造を、並行して『右眼』と【解析】によって読み取っていく。
どちらも無造作に使っただけで全てを読み解く能力ではなく――単純に比例するわけでもないが――力を注げば注ぐほどに効力を増すことが期待できる。
これほどまでに状況を整えて何も分からなかったなら、このアプローチそのものが間違っていると考えるべきだろう。
「…………」
曲がりなりにも武器屋を始め、それなりに多くの剣にスキルを使ってきた。
その経験が告げている。
これらの剣は本当に優れた技術で生み出された代物だと。
仮に普通の鍛冶屋と同じ道具や同じ材料を使い、同じ形状の剣を打たせたとしても、イーヴァルディの剣は格段に優れた性能を実現したに違いない。
「(二つの剣に共通の内部構造……これはきっとイーヴァルディの手癖みたいなものだ。同一人物の手で作られたものだから、作業手順も酷似していて、金属内部に同じような構造が残る……)」
集中力が増していくに従い、両手と『右眼』以外から伝わる感覚が意識から薄れていく。
隣で分析作業を見守るガーネットとエゼルの存在もいつの間にか認識から外れ、左目の普通の視界すらも気にならなくなる。
「(……それはつまり、二振りの剣に共通していない構造を見つければ、それはガンダルフの剣だけが持つ性質のはず……)」
次第に『右眼』の視界が研ぎ澄まされていき、より小さな、より細かな構造までもが見えてくる気がしてくる。
いつしか俺は高揚感のようなものすら感じ始め、夢中になって【解析】に意識を注いでいった。
「(そうか……ひょっとしたら、これは……剣を構成するアダマントは一種類じゃないのか? 部位によって微妙に質の異なるアダマントを使っていて、それらの絶妙なバランスで切れ味を実現している……のかもしれない……)」
アダマントではない鋼も千差万別。
確かアレクシアも、単純な鉄鋼一つとっても複数の種類があり、部品によって使い分けていると言っていた。
サクラの刀も複数の鉄鋼を重ね合わせた構造をしていたが、この剣はもっと複雑で繊細かつ、一目では分かりにくい作りをしている。
「(だとしたら……俺は単純にミスリルを全体に【合成】させただけで、このバランスを崩してしまったんだな。だけど……それで普通の剣で斬れるくらいに劣化するだなんて、アダマントって奴はどれだけ加工しにくい代物なんだ……)」
更に目を凝らせば、もっと詳しいことが分かるかもしれない。
そう思って『右眼』に魔力を込めた瞬間。
――パキリ、と。
何かが割れるような音がした。
剣に破損が生じたわけではない、むしろもっと『右眼』に近い場所から聞こえたような――
「――ルーク!」
ガーネットの叫びと共に頬が強く引っ叩かれ、俺の意識が急速に集中の底から引き戻される。
はっと顔を上げてみれば、不安に息を荒らげたガーネットが、両手で俺の顔を掴んで間近から見上げてきていた。
「気が付いたか!? その右目、大丈夫なのかよ!」
「右目? ……痛っ!」
何故か右の目尻付近に痛みが走る。
そっと触れてみると、皮膚にひび割れたような裂け目が生じていて、流血こそないものの疼くような痛みを生じさせていた。
俺はすぐに【修復】を発動させて、傷口を塞ぐと同時に『叡智の右眼』を解除した。
「……大丈夫だ。ちょっと魔力を込めすぎたのかもな。とりあえず、今日のところはこれくらいにしておこうか」
心の底から心配そうにしているガーネットとエゼルを落ち着かせながら、俺はひとまず二振りの剣を片付けた。
うっかり魔力を集めすぎたせいで、右目の周辺が負荷に耐えきれなくなったのかもしれない――それが楽観的な仮説であることは承知の上で、ひとまずこの場はそういう理屈で収めることにしたのだった。




