第524話 勇者エゼルの好意
――勇者エゼル来訪の報告を受け、俺は一人で実験室を後にした。
模擬戦はまだ途中だが、エゼルの今後の予定が分からない以上、今すぐ会いに行かなければ都合が合わなくなってしまう恐れがある。
彼女も第二階層の探索に合流するつもりだとしたら、次に予定が合うのが半月後などになってしまってもおかしくはない。
実験室にはアンブローズが残っているし、さすがにエゼルとの面会が済むより先に模擬戦が終わってしまうのは考えにくいので、ひとまずはエゼルと会う方を優先することにしたわけだ。
そんなわけで、一旦『叡智の右眼』を解除した上で応接室に向かうと、ちょうどマークがエゼルとエディの姉弟にお茶を出しているところだった。
「お久し振り。到着したばかりなのに悪いね」
「いえいえ、呼ばれなくてもお邪魔するつもりだったので」
簡単な挨拶を交わし合って、エゼルの向かいの席に腰を下ろす。
エゼルが到着したら騎士団本部に顔を出してほしいと伝えるように、予め町役場の方に根回しをしてあった。
これもまた、模擬戦の立ち会いよりもこちらを優先した理由の一つだ。
想定よりも早かったとはいえ、自分達が呼びつけておいて会えないなんて、失礼にも程があるだろう。
「ところで、ガーネットは?」
「陛下から頂いた剣とメダリオンの実践テストをやってるところだよ。試しもせずに実戦投入はできないからね」
「おっと、タイミングが悪かったか。良ければ私達も観戦させてもらっても?」
「俺としては構わないけど、予定が詰まってたりするんじゃないのか」
「えーっと……エディ、どうなってるっけ」
エゼルは隣に座った従者のエディに今日の予定を確認した。
「今日は一日、夜まで時間を空けてあります。到着が遅延する恐れもあったので、その分の余裕を持たせた形ですね」
「ならよかった。それじゃあガーネットの頑張りを見せてもらわないと」
「それより、ルーク団長。俺達を呼んだ理由はなんでしょうか」
「おっと、そっちが先だったか」
しまったと言いたげな表情を浮かべるエゼル。
その隣でエディは落ち着いて用件を終わらせようとしている。
勇者エゼルはウェストランド国王アルフレッド陛下の実子だが、エディは陛下に引き取られた遠縁の子供であり、従者としてエゼルを守り支えることを自らの役目と定めている。
俺が二人と最初に会ったときにはエゼルの奔放さに振り回されている様子だったが、どうやら少しずつ役割に慣れてきているようだ。
「……ルーク団長、どうかしましたか?」
エディは俺からの視線に気付き、訝しげに眉をひそめた。
「いや、随分と立派な従者らしくなってきたなと思ってさ」
「自分なんかまだまだです。勉強しないといけないことばかりですよ。それで、用件というのは」
「単刀直入に言うと、勇者エゼルの剣を改めて分析させてもらいたいんだ」
「剣っていうと、ドワーフからもらったこれ?」
俺がそう伝えるなり、エゼルは腰に下げていた剣を即座に鞘ごと外し、あっさりとテーブルの上に置いた。
「実はね、陛下から頂いたアダマント製の剣にミスリルを【合成】しようとしたんだけど、何故か上手くいかなかったんだ」
「ええっ! ルークさんが失敗を!?」
「俺だって普通に失敗くらいするって。それにやり方を失敗したというより、素材か構造とミスリルの相性が良くないみたいでさ。同じ製作者の剣と比べれば何か分かるかと思ったんだ」
ドワーフのニューラーズが勇者エゼルに贈った剣。
魔王ガンダルフからの戦利品として陛下が俺に下賜した剣。
これらの共通点は製作者がどちらもイーヴァルディという名のドワーフであることだ。
もしも製作者の癖のようなものがあれば、それが何らかの形で状況の打開に貢献するかもしれない――という、大した確証もない試みに過ぎない。
けれどノーリスクで試せることでもあるので、機会があればやっておくべきだろうというのが、俺とガーネットの考えだった。
「なるほど。いいよ、ガーネットの模擬戦が終わったら試してみよっか」
エゼルは二つ返事であっさりと俺の要請を受け入れて、ニューラーズの剣を鞘ごと渡してきた。
「なんてったってガーネットのためだもんね。上手くいけばそれでよし、収穫がなくても損はなし。やらない理由なんてないでしょ」
腕組みをしてうんうんと頷くエゼル。
エゼルはガーネットに対して、ただの友人以上の思い入れを抱いているそうだが、それにしても相当な思い切りの良さだ。
そうでなければ勇者などやっていられない、といったところなのだろうか。
「じゃ、ガーネットのところに行こっか! 模擬戦が終わっちゃう前に!」
「ね、姉さん……ちょっと焦りすぎだって」
「焦り過ぎなもんですか! ガーネットに狼の耳と尻尾なんでしょ! 可愛いに決まってるじゃない!」
拳を握って力説するエゼルに、エディだけでなくたまたま居合わせてしまったマークまでもが、何やら凄いものを見てしまった顔で固まっている。
エゼルはガーネットの本当の性別を知っているが、あの弟連中は表向きの偽装を信じてガーネットを少年だと思っている。
つまりエゼルの興奮っぷりは、彼らにしてみれば……まぁそういうことであり、この反応も当然としか言いようがなかった。
「分かったから落ち着いて。まだまだ終わりそうにないとは思うけど、そんなに見たいなら戻ろうか」
「是非とも!」
というわけで、喜色満面なエゼルと従者のエディを連れて、早々に実験室へ取って返す。
その間に、エディが心配そうな顔で周囲を見渡す。
「さっきから壁や天井が小刻みに震えていますけど……まさか模擬戦とやらのせいなんですか?」
「実験室は防音で振動も防ぐ仕様だから、中型ゴーレムが暴れても外には漏れないはずなんだけどな。相当気合を入れて暴れまわってるみたいだ」
「……どんな激しい戦いなんですか、一体」
「壊れても俺が【修復】すればいいだけだしな」
実際、建物の損傷は【修復】でどうとでもなってしまうので、その辺りは気にしないようにと伝えてある。
しかしこれほどの暴れようとなると、実験室がどうなっているのか想像もつかない。
数分と掛からずに実験室の前へたどり着き、分厚い扉を押し開ける。
隙間から熱い突風が噴き出して、思わず目を細める。
――扉の向こうはまさに戦場同然だった。
サクラが【縮地】で壁や天井を飛び交いながら炎熱の斬撃を振るい、チャンドラーが平然と炎に巻かれながらも極速の矢を放つ。
正確無比な射撃は【縮地】の移動先を先読みしたかの如き正確さでサクラを捉え、しかし命中することはなく刃と炎に切り払われる。
そして肝心のガーネットは――金色に輝く魔力を纏いながら、縦横無尽に駆け回ってはチャンドラーに斬りかかっていた。
「……綺麗……」
ポツリと呟くエゼル。
俺も彼女の率直な感想に、心から賛同を覚えるのだった。




