第523話 魔獣の力の解析
「さて、後半戦といくか!」
「いいだろう、本気で打ち合えないのは残念だがな!」
凄まじい刃を振るい合うガーネットとサクラ。
サクラは神降ろしによって溢れ出る炎をヒヒイロカネの刀身に纏わせ、ガーネットは斬撃をアダマントの剣身で防ぎ、炎を魔獣の能力で取り込んで身に帯びていく。
その度に灼熱の余波が巻き起こるが、この実験室には予めアンブローズの手による備えが施されており、観戦する俺達にまで被害が及ぶことはない。
二人が全力で戦えば話は別かもしれないけれど、ちゃんと実験の主旨を理解して加減してくれているようなので、巻き添えを食うことを警戒する必要はないだろう。
「凄い……二人とも、互角……?」
驚愕の表情を浮かべたままのメリッサに、ナギが冷静な態度で解説を加える。
「よく見ろ。不知火もガーネット卿も手加減をして打ち合っているんだ。あくまでガーネット卿の剣と能力の性能を計る試験だからな。不知火はその辺りの加減を誤る奴じゃない」
「……ナギがサクラさんを褒めるって珍しいね」
「他意があるように見えるか? もし加減ができないような奴なら、そんな奴に神降ろしを好きにさせたりしていないさ。力尽くでも大人しくさせたに決まってる」
さすがにナギはメリッサよりも実戦慣れしているらしく、ガーネットとサクラの剣戟を正しく評価しているようだった。
「ふむ、熱量に転化された魔力の吸収と蓄積、そして放出か。神降ろしとやらにも興味は尽きないが……あれはむしろ虹霓鱗の領分かもしれないな」
アンブローズが興味深げに呟き、そして前垂れに覆い隠された顔を俺に向けた。
「魔獣スコルとの戦闘の報告書には目を通させてもらっている。あれは第二階層の天井の魔力を吸収して発光機能を停止させ、自身は灼熱の魔力を纏っていたのだったね」
「ああ、今のガーネットは規模こそ段違いだけど、あのときのスコルと良く似ていると思う」
かつてのスコルとの戦いは、まさに死闘と呼ぶに相応しいものだった。
灼熱の巨狼。上半身までしか再生していなかったというのに、俺達の戦力を容易に退けて余りある圧倒的脅威。
ガーネットやサクラはもちろんのこと、ノワールや勇者エゼルに加え、魔王軍四魔将のノルズリすらも利害の一致によって共闘したほどだ。
それほどの戦力を整えたにもかかわらず、決着は一瞬の隙を突いて核たるメダリオンをもぎ取るという薄氷の勝利だった。
もう一度アレと戦えと言われたら、トラヴィスやダスティンといったAランク連中を無理矢理にでも連れて行きたいくらいである。
「あくまで俺の仮説だが、魔獣スコルは炎や熱、あるいは光の形態を取った魔力を吸収することで力を増すが、初期状態は体格相応の巨狼に過ぎないんだろう。ガーネット卿の状態からの推測だ」
「つまりガーネットの限定覚醒は、スタートダッシュが遅いスロースターターってことか?」
「俗な比喩で言い表すならそうなるな。自力で灼熱を放出できるが長くは持たないシラヌイサクラとは好対照だ」
アンブローズの分析に納得する。
さすがは研究を本職とする本来の意味での魔法使いだ。
状況を理屈立てて説明していくことに慣れている。
「『叡智の右眼』の観察結果も同じ結論になりそうだ。ガーネットの動きがどんどん良くなってきてるのも、多分そのせいだろう」
「神獣が古代魔法文明を滅亡させるにあたって、スコルも相応の役割を果たしたことは想像に難くないな。ところで、団長。あちらに待てのできない猟犬がいるのだが、どうする?」
アンブローズが指し示した先では、チャンドラーが興奮を抑えきれない様子で笑みを浮かべ、サクラとガーネットの戦いぶりを眺めていた。
そしてチャンドラーは俺がそちらを見ていることに気が付くや否や、声を張り上げて参戦を要求し始めた。
「なぁ大将! そろそろ俺も混ざっていいだろ? タイマンのデータ取りは充分なんじゃねぇか!?」
「気が早いって。今混ざったら比喩じゃなくて本気の火傷しかねないぞ」
「いやいや、あれくらい平気だって! 何で平気かっつーのは、詳しくは話せねぇんだけどな?」
どうにも要領を得ないチャンドラーの説明に、アンブローズが横合いから補足を加える。
「チャンドラー卿の一族は秘術で戦闘能力を底上げする武門の家柄だ。南方諸島では古くから知られた集団で、秘術の詳細を秘匿する権利を条件に陛下の軍門に降っている」
「……そう! そういうことだ! あれくらいじゃ焦げもしねぇ! だから頼むぜ大将!」
食って掛かるような勢いでチャンドラーが顔を近付けてくる。
別に焦らなくても、サクラとの一対一の模擬戦が終われば、次はチャンドラーも交えての複数戦を試す予定になっている。
チャンドラーもそれは分かっているはずだが、二人の戦いを見て待ちきれなくなってしまったのだろう。
「まったく……ガーネット! サクラ! 一足早いけど、チャンドラーを参加させても大丈夫か!?」
「おう! 久々に絶好調だからな! 何ならナギも掛かってきたっていいんだぜ!」
「だ、そうだ。どうする霧隠」
「断る。俺はお前達みたいな戦闘中毒じゃないんだ」
明らかに拒否されることを前提としていたサクラの煽りに、ナギが呆れ混じりに返答する。
それはともかく、二人は予定が前倒しになっても構わないとのことだったので、チャンドラーにも参戦の許可を出すことにした。
「大丈夫らしいぞ」
「よっしゃ! ちょっくら戦ってくるか!」
喜び勇んで実験室の中央へ躍り出るチャンドラー。
予定は少し早まったが、どうせ最初からやる予定だった戦闘だ。
改めて観察を再開しようとした矢先、実験室の扉が少しだけ開けられて、騎士団員の一人であるユリシーズがひょっこりと顔を出す。
「――――――――」
何事か喋ったようだったが、三人の戦闘の音がうるさすぎて全く聞こえない。
ユリシーズもそれに気付いて声量を上げたが、それでも途切れ途切れでなかなか俺の耳まで届いてくれない。
いっそ『叡智の右眼』で読唇術の真似事でもするしかないかと思ったところで、ガーネットが魔獣の聴覚で聞き取ってくれたらしく、代わりに大声を張り上げた。
「勇者エゼルが来たってよ! 白狼の、行ってきたらどうだ!?」




