第509話 定まる目標、揺らぐ前提
ひとまず、セオドアからの依頼に関する全体的な作業方針は、本職であるアレクシアに任せても大丈夫だろう。
となると次に確認すべきは、一体どうやって要求仕様を実現するかだが、この二人には今更な指摘のはずである。
「で、肝心な冷却装備の設計なんですがね。やはりここは灰鷹騎士団の依頼で作った装備の応用でいくのがいいかなと思うんです」
以前、俺達は北方警備を担当する灰鷹騎士団から依頼を受け、団員が気軽に携行できる暖房器を開発した。
一つはノワールのアイディアを元にした、ヒーティングと同じ長時間の発熱が可能なスペル・スクロールを布で作り、同じく布製の制御用スクロールと合わせて折り畳み、懐に入る大きさの四角い袋に詰めた魔道具。
もう一つはアレクシアのアイディアを元にした、手の平に収まるサイズの金属容器の内側にミスリルの金属線で魔法的な模様を描き、動力源の魔力結晶と組み合わせて発熱機巧を構成した魔道具だ。
前者は安価に量産しやすいが使い捨てで、後者は自由にオンオフできるがミスリルと魔力結晶のコストが高いという特徴がある。
「悪くなさそうだけど、技術的には可能なのか?」
「あ……ああ……作ること、は……問題、ない……性能が、十分かは……保証、できない、けど……」
「こればっかりは実際に作って試さないとですね。すぐに完成させないといけないわけでもないんですし、トライ・アンド・エラーあるのみかと」
「まぁ、そうだよな。使えそうなアイディアは思い当たるか?」
お決まりの質問を投げかけてみたところ、二人揃って首を縦に振った。
「ス、スクロールの……スペルを……違う魔法、に……すること、から、試そう……かなと……」
「まずはそこれからですね。もちろん、他にも試してみたいことはありますよ。前回はほら、既に耐寒装備を整えた騎士団のためのプラスアルファだったじゃないですか。それを考慮して没にした案もありまして」
「へぇ、そいつは楽しみだ」
アレクシアはテーブルに身を乗り出したまま、心の底から楽しげに笑っている。
「今ここで説明してもいいんですけどね。間違いなく長くなりそうですし、時間が時間ですからまた後にしましょうか。このままだとお泊りコース待ったなしですし」
「そうだそうだ。これ飲み終わったら引き上げろよ」
ガーネットが友人の距離感だからこその雑さで口を挟む。
明らかに言葉の裏に別の感情が潜んだ一言だったが、二人はそれに気付く様子も見せなかった。
公表されている情報だけで考えても、ガーネットは不用意な異性の宿泊を咎める理由を持つ立場である。
「他の女を連れ込んでるなんて噂になって、アルマや父上の耳に届いたら一大事だぜ」
「おっと、それもありました。妙な誤解をされたら迷惑になりますしね。ちょっと休ませてもらったら帰るとしましょう」
「……そ、そう、だな……他の、人が、見たら……勘繰る、かもだ……」
「アルマちゃんに迷惑は掛けられませんからね」
その名前がアレクシアの口から漏れた瞬間、ガーネットは露骨に戸惑った表情を浮かべたが、ちょうど二人の後ろにいたタイミングだったので視界に入ることはなかった。
さて、今日のところはそれでいいとして、送り出す前にもう一つだけ確認しておきたいことがある。
「ノワール。これからセオドアの依頼で忙しくなると思うんだが、そいつと並行してガーネットの新しい剣の加工も頼めないか?」
「前と同じ……斬撃と、防壁の、魔法紋、だな……もちろん、構わない……忙しさ、は、アレクシアが……上、だから……」
「ありがとな、助かるよ」
「白狼の。礼ならオレが言うべきだろ。オレが使う剣の加工なんだからな」
ガーネットは騎士らしい生真面目さでそう言うと、改めてノワールに礼を述べた。
「仕事を増やしちまって悪いな。前の剣にも本当に助けられたし、感謝してるぜ」
「……こ、こちら、こそ。ガーネット、には……何度も、助けられた、から……お互い、様と……いう、ことで……」
ノワールは視線を彷徨わせながらたどたどしい口振りで返事をした。
ホワイトウルフ商店で魔道具を作るようになって約一年、まだ面と向かって感謝されることには慣れ切っていないらしい。
やはりそんなところも、ノワールらしさの一つと言えるのだろう。
アレクシアとノワールが帰った後で、俺は今後に備えての下準備に取りかかることにした。
やらなければならないことは山積みだが、すぐに手を付けられる作業といえば、やはりガーネットの新たな剣の下拵えだろう。
「魔法紋の加工は後でノワールにやってもらうとして、とりあえずミスリルの【合成】だけは済ませておくか」
「そうだな。頼んだぜ、ルーク」
ガーネットはアダマントの剣を鞘から抜いて、いつも使っている作業台に横たえた。
武器防具の金属部品に対するミスリル合成――これまでに何度となく繰り返してきた定番の作業。
普通の合金もそうであるように、適切な合成比率を見つけ出す過程は必要になってくるが、合成そのものを失敗することだけは考えられない。
「まずは普通の鋼と同じようにやってみよう。アダマントと鋼の類似点は、ミスリルと銀よりも多いって聞くからな」
「その後で実際に使いながら微調整だな。もちろんそれでいいぜ。お前なら失敗もねぇだろうし」
ガーネットは雑な格好で丸椅子に腰を下ろし、俺の作業を横から眺める構えに入った。
期待の眼差しを投げかけられながら、採集してきたばかりのミスリルが入った袋を添えて【合成】を発動させる。
何十、何百と繰り返してきたスキル発動。
目を瞑っていても成功すると確信できるその作業過程の最中――俺はどうしようもない違和感を覚えて、剣に魔力を流す手を止めた。
「……どうした?」
「何だか嫌な感じがする。これは拙いんじゃないか……?」
「おいおい! 魔法とかの仕込みはねぇって陛下も言ってただろ! 王宮のお抱え魔法使いでも見抜けねぇ罠でもあるってのか!」
「いや、そうじゃない。罠とは違う……もっと根本的な問題が隠れていた気がするんだ」
俺は予定の半分までミスリルを【合成】させたアダマントの剣を逆手に握り、思いっきり作業台に突き立てて固定してから、ガーネットが使っていた以前の剣を抜き放った。
「お、おい。ルーク……?」
「とにかく実験してみるぞ。俺の予感が正しければ、きっと……」
そして呼吸を整え――アダマントの剣めがけて横薙ぎの素人斬撃を繰り出す。
「……ふっ!」
激突する二つの刃。
通常なら叩きつけた剣の方が欠けかねない衝突だったが、音を立てて二つに折れたのは、中途半端にミスリルと合成させられたアダマントの剣であった。




