第508話 一流はごく身近に
――ヴァレンタインと別れた俺とガーネットは、今度こそ『奈落の千年回廊』の壁を【分解】してミスリルを収集し、地上のホワイトウルフ商店へと戻ることにした。
予定よりも時間が掛かってしまったが、元からそれなりに帰りが遅くなるつもりだったので、アレクシア達には最初から『今日は店の仕事に戻らずに済ませる』と伝えてある。
なので夕暮れの山道を焦らずにのんびりと歩き、散歩同然の気軽さで自宅兼仕事場へと帰り着く。
すると家の前には、何故かアレクシアとノワールの姿があった。
「あれ? どうしたんだ二人とも」
「おや。おかえりなさい、ルーク君。だいぶ足止め食らってたみたいですね」
「まだ帰ってなかったのか。閉店までに戻らなかったら閉めておいてくれって言ったのに」
「いえいえ、自主的に居残っただけですよ」
さも当然のようにそう言うアレクシアの後ろで、ノワールもこくこくと無言で頷いている。
「実は営業時間中にマーク君が顔を出してきましてね。詳しくは言えないけど、たぶん私とノワールに新しい仕事が飛び込んでくるぞって教えてくれまして」
「だから……少し、待とう……かなと……」
「あいつめ……勝手に妙なことするなっての」
マークなりに気を使った結果なのかもしれないが、そのせいで二人に余計な時間を使わせてしまったなら逆効果だ。
しかしアレクシアは、むしろ楽しげにすら見える様子でひらひらと手を振って、俺の懸念をあっさり否定した。
「居残ったのは私達の勝手ですし、そもそも久し振りにノワールと腰を据えて話し込めたんで、むしろちょうどよかったですよ」
「……新しい……製品……とかも……色々と、な……」
「で、私達は何をすればいいんです? 溜まりに溜まったアイディアを消化できるようなものなら嬉しいんですけど」
どうやらアレクシアもノワールも意欲は十分なようだ。
恐らく二人とも、マークの話を聞いた時点で『何かの開発を指示されるに違いない』と察し、これまで使い道のなかったアイディアを活用できる仕事ではないかと期待して、二人で盛り上がっていたらしい。
「悪いな。とりあえず、続きは家の中で話そうか」
もっと早く戻るべきだったなと思いつつ、アレクシアとノワールを自宅兼店舗のリビングへと上げる。
そしてガーネットにお茶の準備をしてもらいながら、セオドアからの依頼について説明することにした。
「……なるほどなるほど。知らないうちに状況が大きく進んでいたようですね!」
俺の話を一通り聞き終えたところで、アレクシアが冷たいハーブティーを啜りながら、興味深そうな反応を見せた。
「道なき道を切り開く! 冒険者の端くれとして興味を抱かずにはいられませんし、加えて機巧技師としての実力を見込まれたとあっては、俄然やる気も湧いてきます!」
「おっ、好感触みたいだな」
「それはそうと、実際にやるとなると課題は山積みですね」
見事なまでの切り替えっぷりで、アレクシアは浮かれ気分から仕事モードに表情を変えた。
「まず問題を切り分けましょう。開発しなければならないのは、冒険者の耐熱装備と気温調整がなされた拠点、そして拠点の建築資材と物資を第四階層に積み下ろす手段ですね」
「ああ……大別するならその三つだな」
「ルーク君も同じことを考えているかもしれませんけど、私からも進言しておきますね。最優先事項は『個人用の耐熱装備』です。これがないことには始まりません」
アレクシアは活力に満ちた声でハキハキと意見を並べてていく。
こういう場面でのアレクシアは本当に頼りになる。
機巧技師の技術を備えた冒険者ではなく、仕事の円滑化のため冒険者にもなった機巧技師という出自なので、彼女の基本的な思考回路は技術者のそれなのだ。
十五年間ずっと冒険者を続け、その間に培った知識と経験で何とか立ち回っている俺とは視点が違い、時には思いもしない案を提示してくれたり――時には機巧技師の視点でも冒険者と同じ結論に至るのだと示してくれたりもする。
「仮に色んな裏技を駆使して作業を楽にできたとしても、結局は猛烈に熱い現地で人手を使って働くことに変わりはありません」
「耐熱装備がなければ作業効率は大幅低下。しかもその状態でドラゴンの迎撃までやらなきゃいけない可能性もある……まぁ、そうなるよな」
「ええ、そうなります。ルーク君はこういうのをすぐに理解してくれるからありがたいです」
アレクシアの発言は一瞬お世辞のように聞こえたが、その直後に浮かべた苦笑のせいで、すぐに本音だったと理解してしまう。
「こっちの説明を理解してくれない依頼主にぶつかると、本っ当に大変なんですよ」
「……凄い実感が籠もってるな」
「幸い、グリーンホロウに来てからはそうでもないんですが、複層都市に仕事を持ち込んでくる他所の人には無理を無理と理解してくれない人が……っと、話が逸れましたね」
ここに来る前のアレクシアが受けた仕事のことはあまり詳しく聞いていないのだが、やはりこいつなりに苦労を重ねてきたらしい。
機巧技術はほんの一昔前まで、スプリングフィールドを始めとする限られた地域だけが独占した技術だった。
国王陛下の大陸統一に伴ってその独占も解かれ、機巧技師を守護する神々への信仰も広く解禁されたことで技師の数も増していき、時計などの機巧製品も少しずつ普及してきている。
……のだが、それでもやはり、機巧に馴染みの薄い者はまだまだ多い。
何が可能で何が不可能かも分からない客が、とにかくこれをやってくれと無茶を押し付け、アレクシア達機巧技師が苦労をするという構図がありありと浮かんでくる。
「最優先は個人用耐熱装備ですが、それと並行して残り二つの設計も進めないといけません。順番にやっていたら時間が掛かり過ぎますからね」
「建築なら俺も手伝えると思う。現地で馬鹿正直に建てようと思ったら襲撃のリスクが大きいけど、地上で組み上げたものを解体して、現地に運び込んでから一気に【修復】すればマシになるはずだ」
「いわゆるホロウボトム要塞方式ですね。助かります。こっちからお願いしようかと思ってたくらいですよ」
既存の建築物を短期間で移設するという【修復】スキルの応用――こいつは俺くらいにしかできない貢献だという自負がある。
欠点はその場で形状に変更を加えることができず、やや柔軟性に欠けるという点だが、今回はあまり問題にならないはずだ。
「ただそれでも、解体した建築資材を運び込む手間は掛かりますね。まぁ、人手はギルドが出してくれるでしょうし、私達は装備と設備の設計開発に専念しましょうか」
「でもな……俺が言うべきじゃないかもしれないけど、三つも並行するなんて本当に大丈夫なのか?」
「責任者のルーク君が言わずに誰が言うんです? もちろんキツいですよ」
アレクシアは平然とそう言い切って、間髪入れずに言葉を続けた。
「一人でやるなら、ですけどね。人脈はこういうときに使うものですから、町に集まった機巧技師達に声を掛けてかき集めます」
「それができるなら心強いな」
「できますとも。これでも私、グリーンホロウに来た技師の中で一番格上なんですよ?」
そしてアレクシアは不敵で自慢げな笑みを浮かべた。
「冒険者としてはCランクですけど、機巧技師としてはAランク一歩手前なんですから。ま、こっちにはランク制なんてないんで、あくまで喩え話なんですけどね」




