第501話 白狼騎士団、準備中 前編
王都からグリーンホロウ・タウンに帰り着いた翌日、俺達は王都訪問の結果を報告書にまとめるため、白狼騎士団本部の会議室に詰めかけて大きなテーブルを囲んでいた。
ここにいる面子のうち、六人は俺を含む王都に赴いたメンバーで、一人は俺達がきちんと作業をしているかの監視役で、残り二人は土産話を聞きに来た野次馬だ。
「ふぅ……これでよしっと」
真っ先に作業を終えたのはヒルドだった。
「早いな。書かないといけないことが一番多いのは、お前なんじゃないかと思ってたんだが」
俺が率直な感想を口にすると、ヒルドはエルフ特有の耳を隠すためのフードの下で、にんまりと微笑みを浮かべた。
「王都でしっかり書類を仕上げておきましたから。改めて報告書を書けと言われても『詳細は別途の資料を参考にせよ』の連発にしかならないので、さっさと終わっちゃいました」
「さすがというか何というか……」
ヒルドは騎士であると同時に研究者でもある。
グリーンホロウの最寄りダンジョンである『元素の方舟』は、ヒルドの研究対象である古代魔法文明と関わり深いことが判明しているため、彼女の研究は大きく前進したと聞いている。
当然、それに伴って報告書の内容も増大するわけだが、その辺りは慣れたものだったようだ。
「さてと……俺も終わらせないとな」
記入中の報告書に向き直って考えをまとめようとする。
白狼騎士団としての王都訪問は、あらゆる面で成功裏に終わったといえるだろう。
まず、普段の仕事に最も影響が大きかったのは、やはり他の騎士団との連携方針を決めたことだ。
俺達の公務は『元素の方舟』を探索する冒険者達の統括と、ギルドと各騎士団の連絡の仲立ちだが、ダンジョンの探索が進むにつれて、これまでよりも密な連携が必要になってきた。
――軍事担当の黄金牙騎士団とは、地上侵攻を目論んでいた魔王ガンダルフの軍勢の残党を発見した場合、速やかに連絡をすることを。
彼らにとって、ダンジョン内の魔族との戦いはイレギュラーな事態であり、あまり積極的に首を突っ込むつもりはないそうだが、魔王が地上侵攻の企みを諦めていないのであれば話は別とのことだ。
――治安維持および犯罪捜査担当の銀翼騎士団とは、ミスリル密売組織のアガート・ラムの捜査を行うため、冒険者との協力関係の仲立ちをしてほしいとの要請を。
これまでに得てきた情報から、地上で不法にミスリルを取り扱ってきたアガート・ラムが、実はダンジョン『元素の方舟』に遠い昔から潜んでいた集団なのだと明らかになってきた。
銀翼騎士団は犯罪者がダンジョンに隠れていようと探し出して捕まえる方針だが、さすがにダンジョン内での活動には不慣れなので、本職の冒険者の協力を得て捜査に当たりたいそうだ。
――地上の『禁域』を監視する鉄狗騎士団とは、お互いに自分達の目的が達成できた場合は相手に協力をするという約束を。
禁域とは、かつてガンダルフが地上侵攻を目論んだ際に滅ぼされ、魔物の巣窟と化してしまった国の跡地である。
俺達の『元素の方舟』探索が完了すれば、地下から禁域の最深部に移動することができ、逆に鉄狗騎士団の禁域調査が完了すれば、地上から『元素の方舟』の中枢へ移動することができるようになる。
お互い直接手を貸すことはできないが、こういう形での協力もあり得るのだと学ばせてもらった。
――魔法使いの活動を監視する翠眼騎士団とは、グリーンホロウにやって来た魔法使いの情報の共有を。
新発見が相次ぐ『元素の方舟』は、これから多くの魔法使い達が押し寄せてくることが予想される。
――そして、虹霓鱗騎士団。
大陸各地の神殿の監督と警備を担うと共に、神々への信仰とスキルの関わりなど幅広い研究を行っている騎士団とも、当然のように協力関係を結んでいる。
虹霓鱗から受けた要請で最も特筆すべきものは、やはり『元素の方舟』の研究で判明した事実の公表の是非を、ヒルドの判断に従って決めてほしいというものだ。
「団長殿、進捗は如何ですか?」
弟の指導をしていたソフィア卿が、俺の方の様子も伺いに近付いてきた。
「まぁまぁかな。半分くらいは終わったと思うけど。他の連中は……」
一旦作業の手を止めて、会議室をぐるりと見渡してみる。
騎士としての正規の教育を受けていない俺を除くと、やはり一番苦戦しているのはマークだろうか。
あいつは俺と同時に騎士叙任を受けたルーキーであり、俺のように別業種とはいえ実務経験を積んできたわけでもないので、まだまだ実力を発揮しきれていない感がよく目立つ。
留守番組だった事務担当のソフィアから付きっ切りの指導を受けている様は、無関係の第三者から見れば羨ましく思える光景かもしれないが、本人としては鬼教官の指導を受けている気分でしかなさそうだ。
そこから更に視線を動かせば、すっかり筆記の手が止まっている奴らが二人。
国王陛下から下賜された金剛鉄の剣を楽しげに眺めるガーネットと、その剣を貸してくれとしきりにせがんでは断られるチャンドラー。
元所属が黄金牙騎士団であるライオネルもその会話に混ざっているあたり、白狼の武闘派が全員揃ってあの剣に興味を惹かれているようだった。
「その剣が凄いのは分かってるから、報告書もちゃんと書けよ」
「つっても、オレが記録に残さなきゃいけないことなんて、剣のことくらいなもんだろ」
「そうっすよ。つつがなく終わった護衛の仕事なんて、書くことがなさすぎて逆に困るくらいなんですから」
ガーネットの発言にチャンドラーも賛同を示す。
その隣で、ライオネルが何とも言えない苦笑を浮かべていた。
「……そういえば、俺も陛下から頂いた品のことを、ちゃんと書いておかないとな」
王都滞在中、俺は幾度となく国王陛下と言葉を交わし、重要な情報や貴重な物品などをいくつも頂いた。
情報の一部は白狼騎士団の記録に残せないほど機密性の高いものだったが、アダマントの剣と一緒に受け取ったアーティファクトに関しては、少なくとも入手経路を伏せた上で記載しておくべきだろう。
あれは実戦投入する予定があるので、存在自体を記録に残さず運用するというのはさすがに問題だ。
「とりあえず……二つ目のメダリオンのことから書いておくか」
――メダリオン。
ダンジョンに生息する通常の魔物とは異なる、魔獣や神獣と称される存在の肉体を構成する核。
よもやそれが、陛下の王位継承の条件として示された謎のアーティファクトの正体だったとは、この世の誰も思わなかったに違いない。




