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第5話 治療成功、脱出成功

致命傷を負って横たわる女サムライを前に、現状を素早く観察し整理する。


 この少女の負傷箇所は脇腹。

 恐らくドラゴンの爪の先端が当たってしまったのだろう。


 応急手当をする余裕もなかったらしく、ただ血が流れるに任せてしまっている。


 そして、俺ともう一人の少女は手当をする道具も治癒系スキルも持ち合わせていない。


「(落ち着け……迷宮でやったことを思い出せ……きっとやれるはずだ……)」


 迷宮で使えるようになったばかりの【分解】は、効率こそ悪いが発光苔を分解できた。


 れっきとした生物である苔を、である。


 俺は【分解】のことを、【修復】スキルの工程の一部が独立した能力だと予想している。


 修復対象と素材を魔力的な作用で分解し、必要な量だけ合成し、元通りの形状に修復する――


 本来なら一瞬のうちに完了する【修復】の全工程。

 その途中段階で止めるのが【分解】であるという仮説だ。


 これが正しいなら、生物を【修復】できない以上、生物の【分解】もできないはずである。


 だが、現実は違った。俺は生物である発光苔を【分解】することができた。


 単に予想が外れているだけか、それともスキルが不可能を可能にしてしまったのか――


「一か八かだ。失敗しても恨んでくれるなよ?」

「恨む……ものか…………どうか、頼む……」


 サクラが弱々しく返事をする。

 本人の同意は得られた。後は賭けるだけだ。


 可能性その一。

 【修復】スキルの効果がなくて普通に出血で死んでしまう。


 可能性その二。

 【修復】スキルの第一段階だけ成功し、脇腹が【分解】されて死んでしまう。


 可能性その三。

 予想もしなかったことが起こってとにかく死んでしまう。


 可能性その四。

 【修復】スキルが人体に理想的に作用し、傷が元通りに【修復】される。

 

 笑えるくらいに分の悪い賭けだが、このまま放っておいたら間違いなくサクラは死ぬ。

 だったら、やらずに後悔するよりもやって後悔した方がずっといい。


 サクラの脇腹に手をあてがい、体に残っている全魔力を注ぎ込む。


「スキル発動! 【修復】開始!」


 溢れ出た魔力の輝きが視界を塞ぐ。

 力を無理矢理絞り出したことで、頭がぐらぐらして意識が遠のいていく。


 指先の感覚が消えてきた。

 傷が癒えているかどうかも把握できない。

 隣でサクラに呼びかけるシルヴィアの声も聞こえなくなった。


「(まだだ……もう少し持ってくれ……!)」


 十五年間、俺は大勢の冒険者が重傷を負う瞬間を何度も見てきた。

 死にたくないと嘆きながら死んでいく仲間達に、何もしてやることができなかった。


 それが役立たずの三流冒険者の限界だった。


 悔しかった。辛かった。情けなかった。

 あんな思いはもう二度と味わいたくはない。


「(だからせめて、今だけは――!)」


 視界が完全にホワイトアウトして、五感の全てが何も感じなくなる。


 そして、全ての魔力をサクラに注ぎ込み終えた瞬間に、俺の意識はブッツリと途切れたのだった。











 意識を取り戻すと、そこは知らない宿屋のベッドの上だった。


「…………」


 魔力の回復具合からして、ドラゴンとの戦いから半日も経っていないようだ。


 起き上がろうとは全く思えなかった。

 精神的にも肉体的にもすっかり消耗し尽くしている。

 そして何よりも、ベッドの寝心地が楽園のように素晴らしかった。


 本当はごくありきたりな宿屋のベッドに過ぎないのだろう。

 しかし、迷宮の硬い床にうずくまって眠った日々と比べれば、涙が出そうなくらいに柔らかくて温かい。


 今の俺にとってはこの世で最高の寝床だ。


 また眠ってしまおうかと思ったところで、見知らぬ少女が部屋に入ってきた。


「あっ! よかった、気がついたんですね!」


 訂正。見覚えのある少女だった。

 さっきドラゴンに襲われていたシルヴィアとかいう少女だ。


 小麦の穂先みたいな色の髪を肩の辺りで整えて、宿屋の看板娘みたいな動きやすい格好をしている。


 年頃は十代半ばといったところか。

 だいたい俺の半分くらいだ。


「……ここは、どこだ?」

「私の家……あっ、春の若葉亭っていう宿屋です」

「担ぎ込んでくれたのか……悪いけど金はないんだ。すぐ出ていくよ」

「いえ! お金なんていりません! 私達の命の恩人なんですから!」


 ああ、そうか。シルヴィア達から見たら俺は命の恩人(そういうこと)になるのか。


「……そんな大袈裟なものじゃないさ。あのサムライに死なれたら次は俺の番だって思ったから、武器を貸しただけだ」

「それでもです。大事なのは『何故やったのか』じゃなくて『何をやったのか』なんだって、おばあちゃんも言ってました」

「動機が不純でも行動が善行ならそれでよし……か。君のおばあさんは良いこと言うな」


 半分くらい社交辞令のつもりでそう言うと、シルヴィアは自慢げに微笑んだ。


 何というか、素直な子だ。勇者パーティにいた女剣士や白魔法使いとは全然違う。

 残りの黒魔法使いは……今考えてもやっぱりよく分からない奴だ。


 別に立派なことをしたつもりはないが、お礼をしてくれるというなら、ありがたくお言葉に甘えよう。

 なにせ、今の俺は心身ともに限界一歩手前なのだから。


「そうだ……サクラとかいうサムライは? 死んじゃいないだろうな」

「大丈夫です。おかげさまで完全回復してました!」


 シルヴィアは気合を入れるように両方の拳をぐっと握った。


 それは良かったと素直に喜ぶ。

 ほとんど初対面の間柄とはいえ、手当をした相手に死なれたら夢見が悪い。


「おじさま、ひょっとして凄い治療師だったりするんですか?」

「おじっ……! いやまぁ、そうか……」


 めいっぱいの敬意がこもった一言にざっくりと心をえぐられる。


 だが、そんな表現をされても当然だったかもしれない。


 二週間ずっと何も食べていなかったものだから、顔がすっかりやつれてしまっている。

 しかも途中から身なりを整えるのを止めたので、髪もヒゲも伸び放題だった。


 これでは実年齢より高齢に思われてもしょうがない。

 ……うん、きっとそのはずだ。

 普通にオジサマ呼ばわりされる歳ではないと思いたい。


「しがない三流冒険者さ。ランクは万年Eランク。使えるスキルも【修復】だけだって、確かあのときも言ったよな」

「え、でも確か【修復】スキルって……」


 そのとき、俺の腹が凄まじい大音量で空腹を訴えた。


 空腹を思い出した途端に、会話をする気力がみるみるうちに萎えていく。


「……死にそう」

「あわわっ! お腹減ってるんですか!?」

「半月くらい、ずっと、水しか……」

「えええっ! すぐ何か持ってきます!」


 シルヴィアは扉を開けっ放しにしたまま部屋を飛び出した。


 少し離れたところから、さっきとは全く違う口調のシルヴィアの声が響いてくる。


「お母さん! 何か食べるものちょうだい! ……え、違うってば! 私が食べたいんじゃなくって!」


 身内限定の遠慮のない口ぶりを聞いて、俺は故郷の両親のことを思い出していた――

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空往く船と転生者 ~ゲームの世界に転生したので、推しキャラの命を救うため、原作知識チートで鬱展開をぶち壊す~
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[良い点] 発想は面白い。 [気になる点]  物語の進行度がぶっ飛びすぎてる。早くヒロインたちとイチャコラやりたいのはわかるがもう少しダンジョン内における絶望描写を詳しくしろ。読み手側に苦労が全然伝わ…
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