第497話 伝説の冒険者が知る真実 後編
「私からお伝えすべきことは以上です。それでは予定通り、お先に失礼させていただきます」
「うむ、ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
「失礼いたします」
アンジェリカ団長は恭しく一礼をしてから、従者達の助けを受けながら部屋を後にした。
扉が閉められるのを見届けて、ガーネットが緊張を解いて令嬢らしい表情を崩す。
まだ陛下の前だというのに、ここで緊張が緩むのか。
国王に謁見するよりも、素性を隠して令嬢らしく振る舞う方が大変なあたり、実にガーネットらしい反応である。
「さて……次の用件に移るとしよう。アンジェリカを先に帰らせてお前達を残した理由、語らずとも察しているな。ガーネット卿、エゼルからの頼まれ事を果たすためだ」
「光栄です、陛下。まさかエゼルが本気で陛下にお話を持っていくとは夢にも思いませんでした」
ガーネットの口調は立場に相応しい敬意と、何とも言い難い大雑把さが混ざったものだった。
普段のガーネットなら、時と場合と相手に合わせて適切な振る舞いができるので、これはわざとそうしているのだろう。
現に陛下は、ガーネットからこういう態度で接されるのを、愉快そうに受け止めているようであった。
「……陛下はガーネットとアルマの本当の関係について、前々からご存知だったのですね」
「うむ、さすがにな。アージェンティア家の当主の交代はこちらが要求したものだ。後継者の候補であるレンブラント卿の実子が何人いるのかは、予め当然に把握していたとも」
アルフレッド陛下の説明を引き継ぐ形で、今度はガーネットがいつもの喋り方で口を開く。
「オレが騎士になりたがったのは事件から数年後で、その頃にはとっくにカーマイン卿が当主になってたんだ。他の連中はともかく、王宮の目を誤魔化すには遅すぎたし、後継者候補を隠してたとなったら大問題だろ?」
「なるほど……だから王宮と陛下には事前に話を通してあったと」
言われてみれば、むしろアルフレッド陛下が事情を把握していない方が不自然だ。
銀翼騎士団とアージェンティア家は、所属国が戦争に敗北して吸収された後、いくつかの条件を飲むことで存続を許され権限を与えられた集団である。
実は後妻との間に子供がもう一人いました、なんて後付の嘘を押し通せる立場ではない。
なので王宮と陛下には、事前にガーネットの望みを含めた全てを伝えておいたというわけだ。
「それに陛下からも『息子がもうひとりいることは知っていた』と口裏を合わせていただいたおかげで、なおさら他の連中に信じ込ませやすくなったんだぜ」
ガーネットは夜会に出席する令嬢らしい格好のまま、口調も表情も普段通りの振る舞いに戻している。
なかなかにギャップが大きく、これはこれで魅力があるように感じてならない。
俺が内心でそんなことを考えているとはつゆ知らず、陛下はガーネットに対する扱いについて語り続けた。
「母の仇を取りたいという決意を蔑ろにしたくはなかったからな。他の騎士達にとっても、そういう動機で騎士になる者がいたというのは良い刺激だ。しかもエゼルからも懇願されたとあっては……」
「……えっ? エゼルの口添えというのは初耳なんですが」
「おっと、本人は何も言っていなかったか? だったら今のは聞かなかったことにしてくれ」
困惑して曖昧な表情を浮かべるガーネット。
勇者エゼルは、王女という自分の素性を知った上で対等に接してくれる貴重な友人として、ガーネットのことを大事に思い何かと気にかけてくれている。
新たな武器の調達に協力してくれたのもその一環だったが、父である国王陛下に話を持っていったりと、妙に重いものがあるような気はしていた。
しかしまさか、それが幼少期から続いていたことであり、しかも性別を偽って銀翼騎士団に所属する助けにもなっていたとは、当のガーネットすらも知らなかったらしい。
――決してありえない仮定であるが、もしも俺がガーネットを失望させるようなことがあったら、エゼルまで心の底からの怒りをぶつけてきそうな予感すらしてしまう。
「さて、さすがにそろそろ本題に入ろうか」
陛下はエゼルの秘密をうっかり暴露してしまったことから話を逸らすかのように、話題を本題へと引き戻した。
「ガーネット・アージェンティア。貴様に王宮所蔵の剣を一振り下賜する」
堂々たる声が部屋に響く。
決して大きな声ではないはずなのに、腹の底から震わされるかのような威圧感があった。
「これは王女エゼルの懇願のみが理由ではない。貴様の働きに対する報奨であり、今後も熾烈さを増すであろう戦いを切り抜けるための支援物資であり――そして、白狼騎士団への課題である」
陛下は背後に置かれていた長い包みを後ろ手に掴んだ。
白い布で包まれた剣と鞘だということは、説明されずとも一目で理解できる。
ドレスを纏ったガーネットが一歩前に進み出て、騎士がそうするように片膝を突いて座り込む。
「ガーネット・アージェンティアよ、この剣を見事使いこなしてみせるがいい」
「有難き幸せに御座います」
「そして――ルーク・ホワイトウルフよ」
――突然、何の前触れもなく俺の名前が呼ばれた。
「見事、この剣をミスリルによって昇華してみせるがいい。歴史に記録が残されている限りにおいて、ただの一つも前例がない試みである」
陛下は白い布を取り払い、真新しい鞘すらも取り除いて、その剣を露わにした。
視界の右半分が砂嵐のように歪み、そして俺の意思に関わらず『叡智の右眼』が作動する。
それに対する驚きはすぐに消えた。
剣を見据えた『右眼』から得られる情報がそれ以上に衝撃的であり、同時に『右眼』が勝手に目を覚ましたことに納得せざるを得なかったからだ。
「陛下……まさか、その剣は……!」
「やはり貴様には分かるか。その『右眼』……いや、アルファズルの影響かもしれんな」
アルフレッド陛下は抜き身の剣をガーネットの両手に横たえ、剣の正体を高らかに宣言する。
「金剛鉄の剣。貴様らが魔王城より持ち帰りし戦利品。他ならぬ魔王ガンダルフの佩剣である」




