第496話 伝説の冒険者が知る真実 前編
「よく来てくれた。重ね重ね呼び出してすまんな」
部屋に入るなりアルフレッド陛下の声が俺達を出迎える。
そこで俺達を待っていたのは、数名の配下を従えた陛下とアンジェリカ騎士団長だった。
やはり用件は俺が想像したような内容なのだろうか。
俺とガーネットは礼節に則った挨拶を済ませ、陛下から言葉を掛けられるのを待つことにした。
「できることなら、全ての用事を一度に終わらせるべきなのだろうが、どうにも都合が付かなくてな。ままならぬものだ」
「滅相もありません。陛下の御都合が優先されるべきでしょう」
「そういうわけにもいかんさ。して、今回の用件だが……アンジェリカ卿」
アルフレッド陛下がアンジェリカ団長に発言を促す。
「畏まりました。まずはダンジョン『元素の方舟』における、虹霓鱗騎士団と白狼騎士団の連携行動についてお話をしたいと思うのですが、よろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
やはり最初はこの話題になるのか。
虹霓鱗騎士団ともすり合わせが終われば、あのダンジョンに関わる騎士団の全てと足並みを揃えられるはずだ。
「私達と『元素の方舟』の関わり方は、古代魔法文明についての調査研究が主になります。本来の公務は神殿統括ではあるのですけど」
「存じています。神々に対する信仰とスキルの関係を研究し始めたのを皮切りに、様々な分野の研究にも手を広げたのですよね」
「必然的に、現地で活動する構成員は古代魔法文明を研究する団員……つまり既に派遣しているヒルドに限られ、人員確保などもヒルドの判断で行うことになります」
他の多くの騎士団が特定分野の公務に専念する一方、虹霓鱗は神殿の統括および警備という、人手が必要だが労力自体はさほど大きくない分野だからか、研究活動という別分野でも貢献をするようになっていた。
構成員ごとに様々な研究テーマに取り掛かっていて、例えばヒルドの場合は古代魔法文明を研究対象としている。
「ですから『元素の方舟』における虹霓鱗と白狼の連携は、即ちヒルドと貴方の連携ということになります」
「古代魔法文明の研究はヒルド個人の研究テーマだから、予算は出すけど口は出さない……ということですか?」
「端的に言えばそうなります。ヒルドには十分な権限を与えてありますし、能力的にも申し分はありませんから」
研究は本来の公務ではないことを考えれば、そういうことになるのはある意味当然と言えるかもしれない。
内容自体は自然であり納得できるものだったが、一つだけ疑問が浮かんでくる。
これくらいの内容なら、以前の会合で伝えてしまってもよかったはずだ。
どうして勿体ぶる必要があったのだろうかと思っていると、アンジェリカ団長は間を置かずに言葉を続けた。
「ですが、一つお願いしたいことが……正確には注意して頂きたいことがあります」
「注意すべきこと、ですか……?」
なるほど、これが本題なのかと身構えて、アンジェリカ団長の発言を聞き逃さないように意識を集中させる。
「ヒルドが研究を進めるにつれて、様々な事実が明らかになり、その内容は逐次ルーク団長にも伝えられることでしょう。ですが、そういった情報を公表するか否かにつきましては、どうかヒルドの判断を聞き入れるようにしてください」
「それは……」
否が応でも、エイル・セスルームニルとのやり取りを思い出さずにはいられなかった。
研究で明らかになった事実を公表しないという可能性――それは言い換えれば、公表を控えなければならない事実が明らかになるかもしれない、ということを意味する。
「……エイル議員が言っていた、地上の人間が知るべきではない情報を掘り起こすかもしれない……そういうことですか?」
「ええ、可能性は十分に考えられると思います。アルファズルの『右眼』を通すことで得られたかもしれない情報が、アルファズルが生み出したダンジョンからも得られるというのは、決して不自然な想像では……」
「アンジェリカ」
陛下の重々しくもよく通る声が割って入る。
「ルーク卿は最前線で事に当たるのだ。真相を明かすわけにはいかないにせよ、その一歩手前までは伝えておくべきではないか?」
「……畏まりました。その通りかもしれません」
何やら部屋の空気が変わったように感じられた。
隣に立つガーネットも雰囲気の変化を敏感に感じ取り、ぐっと息を呑んでアンジェリカ団長の言葉を待っている。
「エイル・セスルームニル連合議員が言及していた、人間が知るべきではないとされる『真実』……我々は……いえ、私と陛下は恐らくその正体を知っています」
「なっ……!?」
あまりの驚きに、俺もガーネットも揃って取り繕えない声を上げてしまう。
「……そ、それは一体……」
「申し訳ありません。現状、貴方も詳細を知るべきではないと思われます。それほどまでに、人間社会の根幹を揺るがしかねない事柄だからです」
今度は陛下も口を挟まず、沈黙をもってアンジェリカ団長の発言を肯定した。
普段から必要なことを即座に付け加える人の沈黙は、それだけでも大きな意味を持って感じられてしまう。
「もちろん、エイル議員に確認を取ったわけではありませんから、お互いに思い浮かべている内容が食い違っている可能性もあります。しかしそれが私達の知る『真実』のことであるのなら、エイル議員の隠蔽方針に異を唱える必要を感じないのもまた事実です」
「そうか……だから国王陛下は、エイル議員が暗躍したことを強く責め立てなかったのか……」
騎士団長に魔法的な工作を働くという、一歩間違えば戦争が再開しかねない案件を、ハイエルフとしての情報提供を始めとする複数の譲歩で水に流す――この決定は陛下にとって妥協ではなかったのだ。
俺が陛下達の知る『真実』を把握してしまうことは、陛下達にとっても望ましい展開ではなく、エイルの隠蔽工作は結果的には好都合なものだった。
しかし表向きにはそんな素振りを見せず、妥協して水に流してやるから情報と譲歩をよこせという交渉に持っていき、実質的に何も手放すことなく一方的に成果を得たということだ。
まったく――やり手にも程がある。
間違っても敵には回したくないお人だ。
「つまり、エイル議員は俺を手の平の上で踊らせているつもりでいて、実は自分も陛下の手の平で踊っていたというわけですか」
「おいおい、大袈裟だな。俺がそこまで悪どく見えるか?」
陛下はわざとらしくそう言うと、にやりと口の端を上げて笑ってみせたのだった。




