第490話 エイル・セスルームニル 後編
「ドワーフのイーヴァルディ。恐らくは彼こそが自動人形を生み出した存在であり、今も存命であるのならですが――彼こそがアガート・ラムを率いているに違いありません」
「そのイーヴァルディとやらの人となりについて聞いても構わんか。貴殿と行動を共にしていた当時の印象で構わん」
アルフレッド陛下は間を置くことなく、エイル議員からの証言を次々に引き出そうとする。
「頑固で我儘ながらも情には深く、鍛冶の腕前のみならず、人間の方々が機巧と呼ぶ技術にも秀でていました。私が知る限りで最高峰の技術者だったと言えるでしょう」
「ハイエルフがそこまで高く評価するほどか」
「ガンダルフは人間であるアルファズルに友情を感じていたようですが、人間という種族全体に対しては冷淡でした。しかしイーヴァルディは人間全体にも愛着を抱き、戦闘用ゴーレムを始めとする対魔獣兵器も数多く開発していました」
ふと、俺の脳裏に『魔王城領域』のゴーレムが思い浮かぶ。
あれらは魔王軍が戦力として発掘し改造したものだったというが、ガンダルフは後にアガート・ラムのことだと判明する『真なる敵』には通用しないとも言っていた。
その理由も長らく謎だったが、あれらのゴーレムの製造者がイーヴァルディだったというなら原因は明らかだ。
設計者にして製造者が敵だというなら、弱点も性能の限界も全てお見通しなはずなのだから。
恐らくは、魔王軍独自の改造を施すことでそれを克服しようとしたのだろうが、十分な成果を挙げられなかったので地上侵攻用に用途を切り替えたのだろう。
しかしそんな納得感と並行して、俺の胸にはどうしようもない疑念が浮かんできていた。
エイル議員はアルフレッド陛下の質疑に進んで応じている。
だが、一体どんな心境の変化があったのなら、掌を返して情報を提供しようなどと考える気になったのだろうか。
(陛下があいつから話を聞き出そうと考えるのはまだ分かる……偽情報や偏見まみれの主観かもしれない可能性を加味しても、当事者がこう主張しているというだけでも貴重な情報だからな……)
例えば捕らえた犯罪者の自白だってそうだ。
証言を鵜呑みにして丸ごと信じるわけではなく、他に入手した証拠などと照らし合わせることで、事実を浮き彫りにする一助とするのである。
逆に検証の結果、証言が嘘だったと分かった場合も、相手が何故そんな嘘を吐いたのかという形で次の検証の足がかりとなる。
そう考えれば、エイル議員の証言は聞き出せるのであれば聞き出しておくべきであり、その機会をふいにするのは損にしかならない。
(……だけど、あんな真似をしてまで秘密を守ろうとした奴が、どうしてこんなにあっさりと……それに、さっきのやり取りだって……)
そのとき、陛下が不意に俺へと顔を向け、会話に混ざるように促してきた。
「さて、ルークよ。お前からも確認しておきたいことはあるか?」
降って湧いた絶好の機会。この機を逃す理由はなかった。
「……僭越ながらお尋ねします。先程、貴女はこの『右眼』の封印について、自分の仕業であると遠回しにお認めになられていましたね。それも追及される前にご自分から」
俺は右目の周りを指先でなぞりながら、余裕ある態度を崩さないハイエルフを見据えた。
「証拠がないと関与を認めずに素知らぬ顔で来訪する……これなら分かります。しかし貴女は、曲がりなりにも騎士団長の端くれとなった人間に細工を施した事実を認め、そうまでして隠そうとした情報を提供しようと……」
「一つ、誤解があります」
エイル議員は意外なくらいに穏やかな声色で、敵意や悪意の類を意図的に感じさせまいとするかのように、俺の疑念について答えを並べ始めた。
「私が秘匿しようとした秘密と、今こうして提供させて頂いている情報は、全く別のものです。前者は恐らくアガート・ラムとは関係がなく、それでいて地上の人間に知れ渡れば甚大な混迷を引き起こす秘密なのです」
絶対に隠したい情報は何が何でも隠すが、そうでもない情報なら必要に応じて明かすことも吝かではない……一応、理屈だけは通っている。
「私はアルファズルの遺志を尊重して、地上の人々が知るべきではない秘密を隠し、同時に地上の復興を見守る役目を果たしていました」
エイル議員は気が付いていないようだったが、アンジェリカ団長の隣に座ったヒルドが、正体隠しのフードの下からエイル議員に強い視線を送り続けている。
ヒルドは『白亜の妖精郷』に生まれたエルフであり、古代魔法文明の秘密を知ろうと研究をしていたが、エイル議員を含むハイエルフの弾圧を受けて王宮に亡命した過去がある。
それだけに、エイル議員がこれから語ろうとしている内容は、決して聴き逃がせないものであると感じているのだろう。
……もしかしたら、アンジェリカ団長がこの場に同席することを望んだのは、本人がエイル議員と意見を戦わせたかったからではなく、ヒルドを出席させたかったからではないだろうか。
アンジェリカ団長は視力を失っている関係上、こういった会議の場でも身の回りの世話をする従者や補佐のための部下を連れている。
そこに紛れ込ませれば、素性をいちいち明かす必要もなく、ヒルドをごく自然にエイル議員の前へと連れて行くことができるのだ。
「ルーク卿と対面した時点では、事態はまだ『ガンダルフによる地上侵攻未遂』に留まっていました。正直、人間という種を見下す彼ならば納得の行動ですから、それを『元素の方舟』の異常とは考えませんでした」
「……だから、俺の【右眼】だけが秘密の保持を破りうる要因だと考えて、あんな真似をしたと……」
「はい。ですが、あれから事情は大きく変わってしまいました」
エイル議員の声が一段ほど低くなる。
「フラクシヌスと中立都市、そしてアガート・ラムにつきましては、私共の合法な情報収集網にも届いています。ええ……驚きましたとも、心から」
アスロポリスは冒険者の拠点として大勢の人間が出入りしている。
あらゆる情報を完全に統制することは不可能だし、さすがにそこまでやるのは最初から考えられてもいない。
これらについての噂がエイル議員の耳に届くこと自体は、さほど違和感のあることでもなかった。
「私が知る、完成当時の『元素の方舟』の体制は、もはや完全に崩壊しているとしか思えませんでした。ならば私がすべきなのは、アルファズルの友として『元素の方舟』の異常を正すこと以外にありません」
「……だからウェストランド王国に情報を? 俺の『右眼』にした隠蔽工作をあっさり認めてまで?」
「はい。アルファズルの遺志を汲むことが最優先事項ですから」
背筋に怖気のようなものが走る。
俺は今の今まで、エイル・セスルームニルの思考回路が人間と変わりないはずだと、無邪気に信じ込んでいたのかもしれない。
けれど、それはとんだ誤解だった。
この魔族は最初から俺達と同じ視点になど立っていない。
数百年前……あるいは数千年前かもしれないほどに遠い昔の、アルファズルという特別な人間と過ごした時間。
きっとそれこそがエイルの価値観の基盤になっていて、今の社会にはほとんど視線が向いていないのだ。
だからこそ、他所の騎士団長に手出しをしてまで情報を隠蔽するという、外交問題どころか戦争にすらなりかねない行為をあっさりと実行に移したのだろう。
ヒルドも俺と同じように愕然とした表情を浮かべ、言葉もなくエイルを見やっているようだった。
「三人の魔王のうち誰かが乱心したのか、あるいは人間の王が……早く真相を突き止めていただかなければ……」
唖然とする俺の耳に、エイル議員の信じがたい発言が飛び込んでくる。
「……人間の、王? 一体何を言って……」
「はい?」
エイル議員は逆に不思議そうな顔になり、まるで人間のように小首を傾げた。
「いるに決まっているではないですか。『元素の方舟』は地上の文明を保存する避難所なのですよ? 第三階層には古代魔法文明の末裔が都市を築く――そのような設計になっているのですから」




