第485話 少女とミスリルの首飾り
団長のルークが団員のチャンドラーのところへと向かっている間、架空の妹に扮したガーネットは自然な素振りで振る舞い続けながら、周囲の面々をさり気なく見渡した。
サクラとエリカはまだ自分達の格好が浮いていないか不安らしく、マリーダとマークにもしきりに確認を求めている。
酒場の看板娘であるマリーダは、さすがに接客慣れしている様子で巧みに褒めちぎっているものの、マークの方は何とも頼りない反応を見せていた。
前にサクラの東方風の服を褒めたときの語彙はどこへやら。
似合っているかと聞いただけのエリカにも即答できず、しかし似合っていないとは思っていないのが丸わかりの反応で、マリーダがマークの分まで喋っている有様だった。
やっぱり兄弟でも変わってくるんだなと、ガーネットは改めて実感した。
ガーネットにとって、兄弟姉妹は誰も彼もが先妻の子という母親違いで、同じ両親から生まれた血縁者は誰もいない。
しかしルークとマークは同じ両親から生まれた兄弟であり、外見もそれなりに似ているにもかかわらず、この手の対応には雲泥の差があるように見える。
それが妙に新鮮な事実としてガーネットの目には映っていた。
「ええと、どうかなさいましたか?」
「いえ、何でもありません」
ぼうっと一点を見やっていることを不審に思ったのか、シルヴィアが心配そうに話しかけてくる。
「ただ……やはり、マーク卿は兄君と似ているようで似ていないんだなと、そんなことを思いまして」
「兄弟でも別の人ですからね。十五、六年も会っていなかったそうですから、ほとんど違う人生を送ってきたわけですし」
シルヴィアもガーネットに同意を示す。
十五年、あるいは十六年という年月は、ガーネットやシルヴィアにとってはこれまでの生涯に匹敵する年月である。
子供の頃の十数年と大人になってからの十数年では影響が段違いかもしれないが、それでも長い時間が経過していることに変わりはない。
「あと、これは私の想像なんですけどね」
さり気なくシルヴィアが身を寄せてきて、冗談っぽく囁きかける。
「ルークさんはずっと冒険者として活動していましたけど、マークさんはずっと正式な騎士の訓練を受けてきたそうですから、女の子の扱い方の経験値はあんまり積んでいないのかも知れませんね」
「言われてみれば……銀翼以外の騎士団も女性騎士は少数派ですし、市井の女性とは価値観が違う方も多いですから……」
異性に対する行動の早いチャンドラーからの、その手の誘いも毎回断り続けているようだから、マークがそういう分野に手を付けたがらない生真面目な性格なのは明らかだ。
では、対するルークが不真面目なのかと言えば……そんなことはないと全力で否定したいところだ。
経験値はマークより稼いでいるとしても、常に誠実であったはずだと断言できる。
……経験豊富だという時点で、胸に引っかかるものを感じるのも否めなかったが、こればかりは遅く生まれたのが悪いと思うしかないだろう。
彼が故郷を旅立った頃に、まだ赤子だったかすらも怪しい自分が、その手の相手として最初でいられる方が難しいのだから。
思考がそんな考えに偏ったせいか、ガーネットは自分の表情が知らずしらず無粋なものになりかけていたのと、シルヴィアが自分の顔を見て心配そうにしていることにようやく気がついた。
「いえ……大丈夫です、何でもありません」
「……あっ! この首飾りって、ひょっとしてルークさんからのプレゼントですか?」
シルヴィアが急に表情を明るくし、身を軽く屈めてガーネットの胸元を覗き込む。
そこに輝いているのはミスリル製の首飾り。
牙と翼を組み合わせたデザインの世界に二つとない品だ。
「はい、あの人に贈っていただきました。でもどうして、あの人からの贈り物だと……?」
「だってガーネットさんも同じものを付けていましたから」
頭から血の気がさあっと引いて、頭蓋の中身が一気に冷たくなる。
笑顔を維持し続けた自分を褒めてやりたいくらいだ。
バレたのか? 気付かれたのか?
頭の中を色々な思考の破片が高速で駆け巡る。
普段は首飾りをぶらつかせていると邪魔になるのもあって、首から下げて服の中に入れて過ごしていた。
しかし絶対にそうしていたわけでもなく、場合によっては普通に外から見えるようにしていたこともある。
まさか、そのときにシルヴィアにも見られていたのか。
不用意だといえばその通りだが、更に不用意なのは今この場で身に付けていたことかもしれない。
無関係な王都の人間だけならまだしも、シルヴィア達グリーンホロウの人間や騎士団の連中もいるというのに、ガーネット・アージェンティアが常用しているアクセサリーを身につけるのは、冷静に考えればリスクしかない。
けれど、外した上でアルマを演じるという選択肢は、あのとき不思議と頭に浮かんでこなかった。
何故ならこれは、ルークが自分という女に贈ってくれたものなのだから。
今ここで身に着けずにどうしろというのだ――
「ご兄妹でお揃いなんですね。いいなぁ、ミスリルって銀と似てるのに、輝き方が全然違うんですよね……」
シルヴィアはうっとりとした顔で羨ましそうに首飾りを眺めている。
「――え、ええ! 同じものを二つ作っていただいて、兄と分け合ったんです!」
満面の笑みを取り繕いながらも、ドレスの内側で心臓が痛いくらいの早鐘を打っている。
背筋を伝う汗もやたらと冷たく感じてしまう。
バレずに乗り切ることができた――そう考えてもいいのだろうか。
これまでに乗り越えてきた死闘にも匹敵する緊迫感だった。
真剣の刃が鼻先を掠めた方がまだ落ち着いて対処できたに違いない。
むしろ、武力の力押しではどうしようもない分だけ、過去の修羅場よりもよほど窮地に陥っていたかもしれないくらいだ。
「やっぱりそうですよね。大事な妹さんが相手でも、ガーネットさんがあの首飾りを手放すはずがないですし。私も違うデザインのアクセサリー、頼んでみようかなぁ……」
大丈夫だよな……本当にそうだよな……?
ガーネットは何とか呼吸と心臓の鼓動を落ち着かせようとしながら、シルヴィアの勘が真相を探り当てないことを祈り続けた。
あるいは既に気が付いていて、こちらに配慮して黙っているだけなのかもしれないが――その場合は本気でどうしようもないので、潔く白旗を上げるしかなさそうだ。




