第484話 着飾った少女達
夜会が催されている大広間は全体的に縦長の形状をしていて、奥側に国王陛下と身分の高い招待客が集まり、正面入口の付近に一般の客が集まっている。
そして両者の境界近くでは、王侯貴族を遠目にでも拝もうとする一般人や、お互いに関係を作ろうとする貴族と商人が集まって、どちらとも異なる雰囲気を放っていた。
物理的な区切りがあるわけではないが、誰もが命じられるまでもなくこの位置取りを保ち、混乱を生むことなく夜会を楽しんでいるようだ。
「ええと、皆はどこに……」
「いたいた! ルークさん!」
入口付近の人混みの中を見渡していると、上品な服を着たシルヴィアがぱたぱたと駆け寄ってきた。
派手さや綺羅びやかさは薄いものの、色合いも形も品が良く、王宮の大広間という舞台でも全く浮いていない。
「アルマさんもお久し振りです!」
「ええ。私もお会いできて嬉しいです」
お嬢様らしく振る舞うガーネット。
そのあまりの完璧っぷりに、事情を知る身としては思わず口元が緩みそうになってしまう。
変な顔をシルヴィアに見られたら怪しまれそうなので、さり気なく視線を切って他の皆を探してみる。
するとすぐに、他の面々もこちらに近付いてきているのが目に入った。
「ひょっとしてその人がアルマさん? うわぁ! 噂通り! 本当にすっごく可愛い!」
先頭にあるのはマリーダの姿だ。
シルヴィアと比べてやや肌の露出が多いが、酒場での格好と比べるとさほどでもなく、慣れた様子で周囲に華を添えている。
その後ろに隠れるように佇んでいるのは、エリカとサクラの二人である。
「ううっ……あたし、いよいよ場違いじゃないか……? 絶対悪目立ちしてるって……」
「そ、それを言うなら、私の方だろう。こんな服、今まで着たこともないんだ」
エリカは本人の希望かシンプルで無難なドレスに身を包んで、緊張と恐怖心の混ざった眼差しを右往左往させている。
王宮主催の夜会という場に自分が相応しくないのでは、なんていう悩みにすっかり囚われているようだったが、傍から見ればそんなものは思い過ごしだ。
そしてサクラと言えば、黒く長い髪を解いて背中に流し、東方要素が全くない西方風のナイトドレスを纏っている。
深い黒色と艷やかな光沢が色の薄いドレスによく映えているが、当の本人は慣れない装束に恥じらいを感じているようだった。
二人とも、本人が抱いている不安とは裏腹にとてもよく似合っている。
ここはやはり、はっきりと綺麗さを褒めるべき場面だろう――そんな発想が脳裏を通り過ぎたが、実行に移そうとする直前に、今の俺は一人ではないと思い出し、思わずガーネットの方に顔を向ける。
婚約者候補を連れてきておきながら、他の女性を褒めるというのはどうなのだろうか。
俺がそんなことを思ったのを即座に察したのか、ガーネットはすぐさま満面の笑みを浮かべ、エリカとサクラに賞賛の言葉を向けた。
「お二人ともお綺麗ですよ。謙遜なさらないでください」
「そうだぞ、もっと自信を持っていいんじゃないか?」
的確なフォローに乗じて自然な流れで二人を褒める。
エリカは満更でもなく感じたのを隠すように口元を歪め、サクラはそれでも慣れていないのかしきりに長いスカートを摘んでいる。
「……そ、そうかな……」
「ですが腰から下が妙に涼やかなのは違和感が……」
少女達にひとしきり声を掛け終えたところで、会場に来ているはずの白狼騎士団の面々をまだ見つけていないことを思い出し、改めて周囲に目をやってみる。
その直後、視線を向けていたのとは逆の方向から、マークが人混みを割って姿を現した。
「こんなところにいたんですか。探しに行ったんですが入れ違いでしたね」
黒を基調にした礼服姿のマークは、さすがに正規の騎士の訓練課程を突破してきただけはあり、着こなしも立ち振舞いもそこそこ様になっている。
しかしそれでも緊張の色が抜け切っていないのは、常日頃からソフィア卿が指摘しているように、経験を積んで改善すべき点ということになるのだろう。
「皆に変な奴が声を掛けたりしないように、ちゃんと見張ってたんだろうな」
冗談めかしてそう言うと、マークも同じくらいに砕けた返答をしてきた。
「一応そのつもりでしたけど、あんな奴がちょくちょく様子を見に来るものですから、悪い虫は早々に退散したみたいですよ」
マークが顔を向けた先にいたのは、鍛え抜かれた長身を窮屈そうな礼服に押し込めたチャンドラーだった。
普段は大きく肌を露出させて武闘派然としているが、礼服姿もなかなかどうして様になっている。
黒い頭髪をきちんと整えているのもあり、褐色の肌を持つ南方系騎士という肩書に負けない雰囲気を湛えていた。
……とまぁ、一応は肯定的な客観評価をしてみたものの。
チャンドラーが俺達に気付くことなくやっている行動は、どう見ても若い女性出席者を紳士的に口説いているようにしか思えなかった。
「何やってるんだ、あいつ」
「見てのとおりかと。何だかんだで時と場合は弁える奴ですけど、もしもの場合は引きずってでも外に連れ出せるように見張っているところです」
マークは呆れと諦めが混ざった視線でチャンドラーを見やっている。
明らかに、腐れ縁な友人の悪癖を見咎めるときの眼差しだ。
とりあえず、見つけたのに無視するわけにもいかないと思い、近くに行って騎士団長としてひと声かけておくことにする。
「チャンドラー。悪い、待たせたな」
「おっ、謁見の方はつつがなく終わったみたいですね」
「何とかヘマは踏まずに済んだよ。しばらくしたら、またお偉方に会いに行く予定だけどさ」
謁見から戻ったことは伝えたので、邪魔をしないように引き上げようかと思ったのだが、それより先にチャンドラーと会話をしていた女性達が俺に関心を向けてきた。
「こちらのお方はどなたです?」
「ひょっとして、噂の白狼騎士団の団長様?」
「よろしければあちらでお話しませんか?」
次から次に声を掛けられ、思わず反応に窮してしまう。
うっかりすると失念しそうになってしまうが、俺は王都だと武器屋よりもこちらの肩書の方が有名なのだ。
このまま押し流されてしまったら、きっとそういう方向に話題が向かってしまうのだろう。
だから、とにかく率直な返答で断りを入れておくことにした。
「申し訳ありません。今は婚約者が一緒にいますので」
すると女性たちは何故か嬉しそうに声を上げ、チャンドラーもわざとらしく口笛を慣らした。
……ひょっとしてアレか。承知の上でからかわれたとかそういうのか。
咄嗟に口走ってしまったことを脳内で振り返りながら、俺はしばらくガーネットの顔を見られそうにないなと感じていた。




