第481話 竜王騎士団と黒剣山の男
――アンジェリカ卿の想定外の提案こそあったものの、騎士団長会合はおおよそ問題なく終わりを迎えることができた。
黄金牙騎士団からは、魔王ガンダルフの軍勢の足取りを掴めた場合の早期連絡を。
銀翼騎士団からは、現地――つまりダンジョン『元素の箱舟』に乗り込んでアガート・ラムの捜査を行うにあたって、冒険者との連携の仲立ちを。
鉄狗騎士団からは、ダンジョン踏破が先行した場合に禁域調査の拠点を設けることへの同意を。
翠眼騎士団からは、研究のために『元素の方舟』を訪れた魔法使いの情報提供を。
このように、それぞれの騎士団から寄せられた要望を取り込んで、白狼騎士団と冒険者ギルドが今後の探索方針を定めていくことになる。
同席していた六つの騎士団のうち、残り二つの片割れである虹霓鱗騎士団は、関わりが密接すぎて意見交換にも手間と時間が掛かるので、また後で会議の場を用意することになったが――もう一つの片割れは本当に、立ち会いのためだけに参加したのだろうか。
「(俺の気のせいだったらいいんだけど、竜王騎士団の騎士団長……ウィリアム卿がしきりにこっちを見ていた気がするんだよな……)」
ウィリアム卿本人は『立ち会いのための出席だ』と言っていたが、近衛兵団の指導者ほどの人物が、こんなことのためにわざわざ時間を取ることができるのだろうか。
他にも何らかの目的があったのか、あるいは時間を捻出するだけの価値がある会合だったのか――どちらにせよ、妙な形での注目を浴びないことを祈るばかりだ。
そんなことを考えながら会議室を後にし、ひとまずガーネットと合流しようとした矢先、ウィリアム卿その人が不意打ちで俺に声を掛けてきた。
「ルーク卿。すまないが、少しばかり立ち話をさせてもらえないか」
俺は驚きに目を丸くしそうになったのを何とか堪え、落ち着いた態度で応対しようと心がけた。
「……何でしょうか。夜会が始まるまでなら特に問題はありませんが……」
「感謝する」
ウィリアム卿は広い廊下の端に移動し、密室ではないものの邪魔が入らない状況を作ってから、淡々とした口調でさっそく本題を切り出した。
「ハインドマン家のベアトリクスが世話になっているそうだな。我ら竜王騎士団の内情について、多少はあの娘から聞かされていると考えても構わないか」
「ベアトリクス……ああ、レイラさんのことですね」
ホワイトウルフ商店の従業員のレイラは、確かフルネームをベアトリクス・レイラ・ハインドマンと言ったはずだ。
条件に合致する『ベアトリクス』などレイラ以外にいないだろう。
「そちらの呼び名の方が通りはいいのだな。ベアトリクスはあの娘の叔母の名でもある。分かりやすい方がいいだろう」
「レイラさんがどうかなさったのですか?」
「貴殿はレイラから竜王騎士団の入団条件を聞いているか」
もちろんだ。よく覚えている。
俺が正式に騎士となるよりもずっと前、銀翼と黄金牙の間でいわば俺の取り合いのような状況が発生したときのこと。
両者の対立を防ぐための案の一つとして、最も格上の騎士団である竜王騎士団に俺を入団させ、両方から文句が出ないようにしようという案が持ち上がった。
しかし竜王騎士団自体が積極的に望んでいたわけではなく、従来からの新規加入条件を満たすことが、最低条件として求められたのだが……。
「騎士団を構成するいずれかの一族と血縁もしくは婚姻関係にあること……でしたね。だからもしも俺が入団するなら、一族の誰かの養子になるか、結婚して婿になるかのどちらかしかなかったんですよね」
「然り。その条件を満たしうるかを判断するため、ハインドマン家が送り込んだのがベアトリクス・レイラ・ハインドマンだった」
ウィリアム卿の言い回しを聞いて、俺は何となく違和感のようなものを覚えた。
レイラを送り込んだ主体はハインドマン家であって、竜王騎士団ではないとでも言いたげな表現だ。
「我ら竜王騎士団の中核を担う三つの一族……ドレイク家、ハインドマン家、フォアマン家……これらは血族の掟に関してそれぞれ異なる意見を持っている」
「ああ……記憶にあります。伝統派と改革派、それと中立派に分かれていて、ハインドマン家は中立派なのでしたね」
身内からのみの採用を堅持すべきと考える伝統派。
広く優秀な人材を募るべきと主張する改革派。
両者の妥協点を探る中立派。
竜王騎士団はこれら三つの派閥に分かれているというのが、レイラから聞いた説明だった。
「うむ。そして我がドレイク家は伝統派を、フォアマン家が改革派を率いている。他の血筋を取り込むことには慎重であるべきという立場だな」
「ですが、それとレイラさんに一体何の……あっ……まさかそういう……?」
軽く頭痛が走ったような錯覚を覚え、片手で額を押さえる。
分かった。察しが付いてしまった。
こいつは確かに俺を呼び止めて問い質したくなる案件だ。
「……まさかとは思いますが、レイラさんが俺とは別の冒険者と結ばれる可能性を言っているんですか?」
「遠回しな表現は不要だ。我らもあの娘がグリーンホロウに残った理由は把握している。件の冒険者との関係も含めてだ」
一度目をぎゅっと瞑ってから、改めてウィリアム卿を見据える。
何を言い出す気かは知らないが、まずこれだけはハッキリ言っておかなければ。
「妨害しろというのならお断りしますよ」
「まさか。ただ婚姻するのみならば、我らもいちいち口を出すつもりはない。好きにすればいいだけのことだ。しかし……どうやらハインドマン家の一部とフォアマン家は、件の冒険者を竜王の騎士にと考えているらしいのだ」
驚きと同時に納得が頭に浮かんでくる。
俺なんかはとてもじゃないが竜王騎士団の器ではないが、あいつならあるいはと自然に思えてしまった。
「故に貴殿から話を聞きたいと思ったのだ。件の冒険者を貴殿がどのよう評価しているのか。率直な意見を伺いたい」
「……それを聞いてどうなさるおつもりで?」
「ドレイク家の意思決定の参考とする。真に優秀な人材であれば妥協もやぶさかではあるまい。無論、最終的には本人達の意志が全てとなるが……な」
「そいつは責任重大ですね……」
俺は片手でわしわしと髪を掻き、しばらく頭の中で考えを纏めてから、件の冒険者――黒剣山のトラヴィスについて語り始めた。
「……優秀な冒険者ですよ。俺なんかよりずっと。個人の実力も集団を率いる力も、人間としての人望も……総合的にいえば俺が知る限りで最高クラスの冒険者だ」
「ほう、貴殿からの評価は随分と高いらしい。もっと詳しく聞かせてはもらえんか」
まさかこんな形で、トラヴィスについて語ることになるとは夢にも思わなかった。
ウィリアム卿から求められるままに、俺はあの腐れ縁の男について、思いつく限りのことを喋り続けたのだった。




