第479話 騎士団長会合 中編
「奴の侵攻によって一国が滅び、その国土は魔物がはびこる禁域と化した。我らの役目はその禁域の監視と、可能であれば浄化を目指すことだ」
魔物がはびこる土地のことは陛下からも伺っている。
俺が最近までその存在を知らなかったのは、きっと王宮の判断で情報が隠蔽されていたからだろう。
「ルーク卿。貴殿は長らく冒険者として活動していたそうだな」
「ええ、ですが禁域とやらの存在も鉄狗騎士団についても全く知りませんでした」
「それは重畳。冒険者ギルドの情報統制も捨てたものではないらしい」
ディートリンデ卿は満足げに薄く笑い、立て続けに言葉を継いだ。
「禁域の存在は秘匿情報だ。人心に無用な恐怖と混乱を招くのみならず、無謀な冒険者が乗り込んで、知らず地獄の釜の蓋を開けることにもなりかねんからな」
「……ごもっともで。禁域について把握している冒険者は、大方ギルド幹部やAランクあたりですか」
「表向き、我らは王宮所有の狩猟場や演習場を管理する騎士団ということになっている。禁域も演習場の一つという名目で関係者以外立ち入り禁止だ」
なるほど、道理で俺のような一介の冒険者が知らないわけだ。
名目上の公務も王侯貴族や他の騎士団だけに関係するものが設定されていて、一般人や普通の冒険者とは意図的に距離が置かれている。
「鉄狗の名は狩猟に付き従う猟犬にして、おぞましき領域を見張る番犬を意味する。認知されていないのは喜ぶべきことだ」
「さて、自己紹介はこれくらいに。そろそろ本題に入ろうか」
カーマイン卿が自然と司会進行を担って会合を先に進めていく。
そのことについて誰も口を挟まないあたり、既に暗黙の了解が成立しているらしい。
「まずはギルバート。軍事を司る黄金牙として、探索方針に口を挟みたかったりはしないかな?」
「魔王ガンダルフの軍勢を発見した場合、速やかに情報を共有すること。それ以外に言う必要はない」
「ふぅむ、あまり深く首を突っ込むつもりはないようだね」
ギルバートは片眉を上げてカーマインを見やってから、俺の方に視線を移した。
「黄金牙の役割は王国の防衛および、王国を害する敵対勢力への攻撃だ。魔王戦争においては、地上侵攻計画が明らかになったので先手を打って地下へ乗り込んだが、本来ダンジョン内部の管理は冒険者ギルドに委任されている」
「魔王軍が地上侵攻を再開できないようなら、黄金牙も動くつもりはない。そういうことですね」
「むしろ我々としては、鉄狗の禁域調査に関心がある。地上侵攻ルートを先んじて潰しておくのは我々の管轄だ」
実に軍事担当の騎士団らしい返答だ。
彼らはあくまで国家防衛の軍事力。
地下のことは冒険者にやらせればいいと割り切っているらしい。
「分かりました。魔王軍やアガート・ラムが軍事的な脅威となるようなら、速やかに黄金牙騎士団へ通告します」
「頼んだぞ。情報共有の円滑化こそが白狼騎士団の存在意義なのだからな」
「次は銀翼の番かな。言うまでもなくアガート・ラム絡みになるんだけど」
カーマインはそこで少しの間を置いて、声の響きを一段階低くした。
「こちらは黄金牙と違って積極的な介入を希望したい。指名手配中の犯罪者が野山に逃げたからといって逮捕を諦めないように、ダンジョンが犯罪者のねぐらになっているのなら、乗り込んで引っ捕らえるのが銀翼騎士団だ」
黄金牙騎士団とは対照的に、カーマインからの要請は非常に前のめりなものだった。
アガート・ラムはガーネットの母親の仇というのを別にしても、銀翼が長きに渡って捜査を続けてきたミスリル密売組織である。
その本拠地がダンジョン『元素の方舟』にある可能性が浮かび、しかもかつて魔王ガンダルフの軍勢を敗走させた謎の勢力であったとしても、銀翼がやることは全く変わらない。
法を破ってミスリルの闇取引を行う組織として検挙し、速やかに壊滅へと持っていく。ただそれだけなのだ。
「けれどさすがに、僕らはダンジョン内での活動には不慣れだ。意気揚々と乗り込んで遭難して行方知れずということも大いに有り得る。そこで必要になるのが冒険者との連携なわけだが……」
「白狼がその仲立ちをするということですね」
「正解。希望としてはこちらの構成員もダンジョン内に送り込みたい。冒険者が情報を持ち帰るのをぼうっと待っているだけでは、いつまで経っても捜査が先に進まないだろうからね」
もちろんこちらとしても反対する理由などない。
騎士はカーマインの言う通りダンジョン探索のノウハウを持たないが、逆に冒険者は捜査のノウハウを持たないから適切な情報収集ができる保証がない。
アガート・ラムという底知れない存在を相手取るなら、今以上に綿密な連携を取りたいところだ。
後で詳細を詰めることを約束したところで、今度は再び鉄狗のディートリンデ卿が口を開く。
「我々はダンジョン探索に直接関わるつもりはなく、禁域に『元素の方舟』へ繋がる道がある可能性を理由に臨席しているわけだが……その逆も期待させてもらっている」
「逆……ですか」
「ああ。冒険者達がダンジョン内部の攻略を成功させれば、かつて魔王軍が地上に侵攻した経路も自ずと判明するだろう。そこから地上に出れば、禁域の奥に新たな拠点を構築できるに違いない」
ディートリンデ卿の発言に、そういう考え方もあったかと納得する。
禁域の調査を進めて第三階層に通じる道を探すというのを裏返せば、第三階層の探索を進めて禁域に通じる道を探す、という形になる。
これはこれで、禁域の奥に強固な調査拠点を築くことができるわけであり、鉄狗騎士団にしてみれば願ったり叶ったりの結果だろう。
「お互いに直接的な協力ができる間柄ではないかもしれないが、両方の可能性を前提に行動させてもらいたい。構わないか?」
「ええ、それが一番効率的かもしれません。ところで、話は少し変わるのですが」
せっかく鉄狗騎士団の幹部と顔を合わせたのだ。
前々から確認しておきたかったことを尋ねるいい機会だろう。
「白狼騎士団の人員は、各騎士団から派遣されることになっていてですね……」
「そのことか……」
ディートリンデは苦々しく口元を歪めると、人員が派遣されない理由を心底言いにくそうに説明した。
「先程聞かせた通り、我々は本来の任務を差し障りのない役目に偽装している。故に人員も偽の役割相応でな……有り体に言えば人手不足なのだ」
「あー……なるほど」
「陛下が調査に力を入れてくださるそうだから、人員増強も期待しているのだがな……」
物凄く現実的で他人事は思えない理由に、俺は思わず共感と同情を禁じ得なくなってしまうのだった。




