第478話 騎士団長会合 前編
その後、俺はガーネットとしばらく一緒の時間を過ごしてから、予定通りに騎士団長の会合へと向かうことになった。
緊張は完全に消えたわけではないが、ガーネットからの信頼を改めて認識したことと、会合の場を用意してくれたアルフレッド王の顔を潰せないという思いから、責任を投げ出してしまうという発想だけは浮かんでこなかった。
城の従僕の案内で会議室に到着し、決意を固めてその扉を潜る。
「失礼します。ルーク・ホワイトウルフ、只今到着しました」
会議室でテーブルを囲んでいたのは数人の男女。
そのうち何人かは既に見覚えがある顔だった。
まずは俺が最も多く顔を合わせてきた騎士団長である、銀翼騎士団のカーマイン卿。
普段の見た目は金髪の優男といった雰囲気の騎士だったが、今日はさすがに夜会の席に相応しい格好をしている。
その反対側に仏頂面で座っているのは、黄金牙騎士団のギルバート卿だ。
いつも表情の変化が乏しく、あの顔以外をしているところを見たことがない。
テーブルの中央に陣取った屈強な白髪の老騎士、あれは竜王騎士団のウィリアム卿だったはずだ。
こうして顔を合わせたのはまだ二回目だが、アルフレッド王よりも確実に歳上で、比較的若い人材が多い騎士団長の平均年齢を大きく引き上げている。
……きっとこれは、竜王騎士団が古くから陛下に仕え続けた集団であることに由来するのだろう。
他の騎士団は大陸統一戦争の過程で取り込まれた他国の騎士集団であり、陛下の軍門に下る際のいわばけじめとして、指導層の交代などの措置を受けている。
今はここにいない人物だが、マークが所属している紫蛟騎士団のジャスティン団長も、俺よりも歳上ではあるがウィリアム卿と比べれば若輩もいいところだ。
これによって殆ど全ての騎士団のリーダーが世代交代を果たす中、昔からの忠臣である竜王騎士団には世代交代が求められず、結果的に一人だけ飛び抜けた高齢となってしまったのだろう。
「いらっしゃい、ルーク卿。席次は気にせず空いている席に座ってください」
「はい、失礼します」
虹霓鱗騎士団のアンジェリカ卿の勧めで、手近な椅子に腰を下ろす。
アンジェリカ卿の周りには以前と変わらず従者の少女達が控えているが、見たところ前と比べて年長の少女が付き従っているようだ。
議題の重要性を鑑みて、幼い子供は連れてこないようにと考えたのだろうか。
「(この四人が上級騎士団の団長達……他の出席者は、どれも初めて見る顔だな)」
一人一人の顔を確かめるように視線を巡らせる。
すると、俺にとって初対面の相手がいることに気がついたのか、すかさずカーマイン卿がありがたい提案をしてくれた。
「まずは自己紹介といこうか。ルーク卿は十三番目の騎士団長になってまだ間もないからね。上級騎士団の面々とは既に会っているはずだから……ディートリンデ卿は初対面だったかな」
カーマインが真っ先に声を掛けたのは、短い髪の女性騎士だった。
てっきりアンジェリカ卿が紅一点かと思っていたので少し驚いたが、こちらは女性的な雰囲気が薄く、夜会に出る気など微塵も感じさせない軽鎧姿をしている。
「鉄狗騎士団、ディートリンデだ。本来はすぐに王都を離れるつもりだったが、我らの任務にも関係する議題というなら無視もできん」
初めて会う騎士団長であると同時に、初めて聞く騎士団の名前でもあった。
普段の生活に無縁な公務を担った騎士団なのだろうか。
そう考えると今度は、議題に関係ある公務というのがよく分からなくなってくる。
詳しい話を問い質すよりも先に、今度は別の騎士団長が名乗りを引き継いだ。
「あー、翠眼騎士団団長のマクシミリアンだ。アンブローズが世話になっていると思うんだが……私には専門知識を期待しないでくれたまえよ?」
気弱そうな男が名乗った肩書は俺にとっても縁深いものだった。
翠眼騎士団は魔法使いを監視する騎士団だが、どうしても専門知識が必要になる分野であり普通の騎士には荷が重いため、信頼できる魔法使いを騎士にして公務に当たらせていると聞いている。
なるほど、騎士団長も例外ではなかったというわけだ。
俺も機巧や魔法のことはよく分からないが、その辺りは専門家のアレクシアやノワールに任せている。
きっとそれと同じような認識なのだろう。
「さて、ルーク卿。これで全員の顔と名前を一致させてもらえたかな」
カーマイン卿に確認され、俺はもう一度会議室を見渡してから、はっきりと頷き返した。
銀翼騎士団のカーマイン。黄金牙騎士団のギルバート。
竜王騎士団のウィリアム。虹霓鱗騎士団のアンジェリカ。
鉄狗騎士団のディートリンデ。翠眼騎士団のマクシミリアン。
白狼を除いた十二の騎士団のうち、実に半数の騎士団長がこの場に集っていることになる。
「いくつか確認させていただいてもよろしいでしょうか。この場にいらっしゃる方々は、今回の議題……『元素の方舟』の探索方針に関係する騎士団の団長の方々なのですよね」
俺が実際に構成員と会ったことがある騎士団は、他に五つ存在する。
これらのうち、紫蛟、藍鮫、赤羽、灰鷹の四つはそれぞれ東西南北の警備を担っているので、どう考えても『元素の方舟』とは直接的な関係がない。
残る一つの青孔雀騎士団は各騎士団の活動を監視する騎士団だが、活動方針に口出しをするほどだとは聞いていないので、今夜の会合に顔を出していないのも納得である。
「そこのディートリンデ卿が団長ではなく副団長だという点を除けばそれで正しいよ。うちの副長……団によってこの辺りの呼称は違うんだが、フェリックスと同格だと思ってもらえたらいい」
「私がここにいるのは偶然の賜物だ。別件で立ち寄ったところを陛下に呼び止められたに過ぎん。我らの団長なら今も任地にいるだろうな」
丁寧な説明を受けてその点については納得する。
だが、確認しておきたいことはまだまだあった。
「騎士団長にあるまじき不勉強で申し訳ありませんが、自分は鉄狗騎士団の役割を存じ上げません。グリーンホロウ・タウンの『元素の方舟』とはどのような関わりが存在するのでしょうか」
なるべく失礼に聞こえないよう言葉を選びながら質問を投げかける。
ディートリンデ卿は表情一つ変えることなく、当たり前の事実を述べるかのように口を開いた。
「『元素の方舟』……今はそう呼ばれるようになったダンジョンには、ダークエルフの魔王ガンダルフが潜んでいるそうだな。遠い昔、奴が地上に侵攻したことは知っているだろう」
「ええ……存じています」
「奴の侵攻によって一国が滅び、その国土は魔物がはびこる禁域と化した。我らの役目はその禁域の監視と、可能であれば浄化を目指すことだ」




