第477話 清楚なドレスと乱暴な激励
その日の日没を前に、俺達は夜会に出席する準備を整えることにした。
白狼騎士団からの参加者はそれぞれの出向元から服を借りることにしたらしいが、俺にはそういった後ろ盾がなかったので、銀翼騎士団というかアージェンティア家から礼服を借りることになった。
王宮の控室を使わせてもらい、慣れない服に袖を通して身なりを整えていると、従者として付いてきていたアビゲイルがドアをノックした。
「ルーク様。アルマお嬢様のお着替えが終わりました。お会いになられますか?」
「あ……ああ、こっちも大丈夫だ。今行くよ」
露骨に緊張した返事をしてしまいながら、アビゲイルに案内されて別の控室へと移動する。
「アルマお嬢様。ルーク様をお連れしました」
「え……ええ、大丈夫です。どうぞ入ってください」
どこかで聞いたばかりのような緊張した声に迎えられ、アルマの控室に足を踏み入れる。
そこで待っていたのは、あの夜を思わせる純白のドレスに身を包んだ少女であった。
スカートの丈は長く、上に行くほど体の輪郭が分かりやすくなっているが、傷跡を隠すためか胸元にはほとんど露出がない。
代わりに、俺が贈ったミスリル製の羽根と狼の牙を模したネックレスが、高品質な白い布の上で燦めいている。
白と銀で彩られた装束の中にあって、普段は纏めて結わえられていた金色の髪が、首筋を隠すヴェールのように映えていて、自然と目を引かれずにはいられなかった。
「……何か言ったらどうだ?」
ガーネットが頬を赤らめながらじろりと睨んでくる。
「わ、悪い。うっかり見惚れてた」
思わず本音を漏らしてしまい、しまったと思ったときにはもう遅く、ガーネットは苦虫を噛み潰したような顔をしながら視線を泳がせた。
「お嬢様。せっかくのお化粧が台無しになりますよ」
「うっせーな。他に誰もいねぇんだから別にいいだろ」
「薄く施したとはいえ、崩れてしまえばやり直しになってしまいますが」
服装に似合わない顔と素振りで不服ぶるガーネットに対し、アビゲイルはいつもと変わらぬ態度で対応し続けている。
ここまでくるとさすがとしか言いようがない。
ガーネットの扱い方を完璧に把握しているかのようだ。
「ところで、ルーク様。次のご予定のお時間は問題ありませんでしょうか」
「ああ。開会まではまだ時間があるし、俺が会いたい人達は少し遅れて会場入りするらしいからな」
キングスウェル公爵に、北方樹海連合のエイル・セスルームニル議員。
どちらも公的かつ高い地位を持つ人物で多忙なうえ、エイル議員に至っては国外から外交のためにやって来た要人である。
なので開会早々に時間を合わせて出席できるほど暇ではなく、それぞれの用事が終わり次第、途中から会場入りすることになるだろう……という説明を、王宮の方から予め受けていた。
「まずは陛下が手配してくれた、王都駐在の騎士団長との会合だ。そこで『元素の方舟』の今後の探索方針について意見交換をして、それが終わったら会場入りをして……」
「会場でシルヴィア達と合流してから、時間が来たら何か隠してそうな連中とご対面ってな。パーティーなんか楽しんでる時間はなさそうだぜ?」
今日の夜会でこなすべき仕事の量はとにかく膨大で、しかも重大なものばかりだ。
収穫があったにせよ、何も得るものがなかったにせよ、白狼騎士団はおろか冒険者ギルドのホロウボトム支部の今後の方針すらも左右しかねない。
重大な分岐点が近付いていることを改めて実感し、湧き上がってくる緊張を噛み締めていると、ガーネットが長手袋に包まれた手で俺の背中を力強く叩いた。
「あんま固くなんなよ……っつっても難しいかもしれねぇけどよ。お前なら問題ねぇって。オレが保証する」
「……ありがとな。そこまで信頼してもらってるなら、何とかして応えないと格好悪いか」
清楚な格好から放たれた乱暴な激励に、体の固さが解れていくのを感じた。
きっと王都に俺一人で来ていたなら、緊張と重圧に押し潰されて、まともに立ち振る舞うことなどできなかったかもしれない。
けれど、たとえ何も喋らずそこにいるだけだったとしても、あるいは同じ建物の違う場所にいるだけだとしても、ガーネットがいてくれるというただそれだけで気持ちが楽になる。
「ルーク様。この後の騎士団長様方との会合には、お嬢様もご同席なさるのですか?」
アビゲイルが発した何気ない発言を聞いて我に返り、解れた気持ちを維持したまま質問に答える。
「いや、会合には騎士団長だけが参加するから、会場入りまではガーネットとは別行動になるな。もちろん虹霓鱗騎士団のアンジェリカ団長の付き人は例外になるけど」
視力を失っているアンジェリカ卿は、常に数人の少女の従者を介添人として連れている。
それはこういった会議の場でも例外ではない。
他の参加者達は従者の少女が秘密を守るという前提で意見を交わし、またアンジェリカ卿も間違いなく信用できると判断した従者だけを連れてくることが、ある種の暗黙の了解となっているそうだ。
「では万が一、会合が長引いて開会に間に合わなかった場合、お嬢様はどのようになさればよいのでしょう」
「開会に遅れたとしてもほんの少しだとは思うけど、その場合は先に会場入りしてシルヴィア達と合流してくれ。さすがに御令嬢一人じゃ格好がつかないだろうから、アビゲイルにも同行を頼めるか?」
「畏まりました。誠心誠意務めさせていただきます」
ぺこりと優雅に一礼するアビゲイル。
俺なんかよりもよほど公的な席に慣れた立ち振舞いだ。
アージェンティア家の従者として、昔からそういった場に同席して経験を積んできたのだろうか。
「できることなら、オレも会合に出てフォローしてやりたかったんだが。こればっかりはどっちの肩書でも難しいからな……まぁ、兄上もいるからどうしようもないってことにはならねぇだろ」
長手袋越しの指で髪を掻きながら、ガーネットは肩を竦めて俺を見上げた。
「頑張れよ、ルーク」
その一言は他の何よりも格段に力強く、俺の背中を押してくれるのであった。




