第476話 少女達の包囲網
やがて目的地であるシルヴィア達の宿に到着し、皆が宿にいるかどうかを確かめるため、まずはフロントの従業員に問い合わせてみることにする。
事前の打ち合わせを何もしていない突然のことだったので、観光に出かけていて不在ということも大いにある。
しかし、従業員は一旦宿の奥に引っ込んでいったかと思うと、予想外の面々を連れて戻ってきた。
「ルークさん。どうかなさったんですか?」
「シルヴィア? 出かけてなかったのか。それに皆も……」
従業員を追い抜いてシルヴィアが駆け寄って来て、それに続いてエリカとサクラにマリーダと、向こうの一行が全員揃って姿を現した。
「実はですね……この時間はおばあちゃんの家にお邪魔する予定だったんですけど、急なトラブルで手が離せなくなっちゃったらしいんですよ」
「ああ……ドロテア会長は多忙だからな……」
シルヴィアの祖母であるドロテアは、王国全土で名を知られるサンダイアル商会の会長だ。
ホワイトウルフ商店も何かと世話になっている商会だが、それだけに仕事も忙しく、取引上のトラブルがあれば対応に乗り出さざるを得なくなってしまう。
「今夜も王宮でパーティーに出席しなきゃいけないみたいで。次に時間が取れるのは明日になりそうなんです」
「あたしも久し振りに挨拶くらいしたかったんだけどなぁ。薬の材料も都合してもらってたし」
エリカも残念そうに眉を寄せて首を横に振っている。
ふと、俺はシルヴィアの発言の中に小さな引っ掛かりを覚えた。
――今夜の王宮のパーティー。
まさか二種類の会合が同時かつ個別に開かれるなんてことはないだろう。
「ドロテア会長が出席する予定のパーティーって、公爵や外国からの使者も参加する奴だったりするのか?」
「……ええと、確かそんなことも言っていたような」
「もしかして……」
念のため、俺達が陛下から誘われた夜会の概要を説明し、ドロテア会長の説明と一致しているかどうかを確認してみる。
するとシルヴィアは、目を丸くして両手をポンと打ち合わせた。
「はい! それで間違いないと思います!」
「そうか、凄い偶然だ……いいや、ドロテア会長なら呼ばれて当然だから、必然って言うべきなのかもな」
俺は招待状を二通取り出してシルヴィアに差し出した。
一枚で二人分の入場が許可されるから、これでちょうど四人分だ。
「国王陛下の誘いでさ、俺達もそのパーティーに出席することになったんだ。それで、もしも他に招待したい人がいるなら、俺の判断で招待状を渡していいと許可されたんだ」
「えっ……えええっ! い、いいんですか? 本当ですか!?」
「もちろん。シルヴィア達に渡さなかったら誰に渡すんだってくらいだろ。王都には招待するような相手もいないしさ」
シルヴィアとエリカは年頃の少女らしく目を輝かせ、きゃあきゃあと騒ぎながら、少し後ろにいたマリーダとサクラも話題に引き込んだ。
「ねぇ、マリーダ! 行くでしょ! 行くよね!」
「もっちろん! だって王宮でしょ? 行かないわけないじゃない!」
当然というべきか、マリーダの方は鮮やか過ぎるくらいの即答であった。
俺個人の勝手な印象だが、マリーダはパーティーやら何やらに好んで参加するタイプだというイメージがある。
会場が王宮で、国王を始めとする貴人も列席するとなれば、それこそ行かなければ損だと考えてしまう質なのだろう。
一方で、返事を迷っているのはサクラの方だ。
「しかしですね……会場は王宮なのでしょう? 異国の人間が軽々しく立ち入っていいものではないのでは?」
「何言ってやがる。あの陛下がんなこと気にするかよ。銀翼らも含めて、ウェストランドの人間はつい最近まで外国人だった連中ばっかりなんだぜ」
「むむ……そうかもしれませんが……」
「第一、白狼のが東方人の剣士と親しくしてることも、そいつが王都に来てることも、陛下は余裕で把握してるはずだ。その上で招待状を渡したってことは、そういうことだろ」
サクラは『自分の立場はパーティーに相応しくないから』という言い訳をガーネットに潰されて、少しばかり口籠ってから別の理由を持ち出した。
「そ、そうです。服がありません。いくら貴国の国王陛下が寛大といえど、冒険者の活動と同じ格好では会場に入れてもらえないでしょう」
「服ならおばあちゃんのお店で貸衣装をやってるけど。私もドレスなんか持ち歩いてないから、そっちで借りるつもりだよ?」
「……ですが似合わない衣装を貴人にお見せするというのは……」
「あたしに喧嘩売ってんなら買うぞー。似合わない自覚は死ぬほどあんだからなー」
「いえっ、そんなつもりはっ!?」
シルヴィアとエリカに退路を潰され、サクラはあわあわと腕を振りながら、何とか取り繕おうと必死になっている。
きょとんとした顔のシルヴィアはともかく、エリカの方はわざとらしくニヤついていて、サクラが気恥ずかしさから参加を躊躇っているのを見抜いているようだった。
「へーきへーき! 色んな人が大勢参加するんだから、自信なんかなくったって目立たないからね!」
マリーダが後ろからサクラの肩を掴み、横から顔を出して微笑みかける。
完全に逃げ場を失ってしまった形のサクラは、頬を赤らめてしばし視線を彷徨わせ、ぎゅっと口を強く引き結んでから最終的な答えを返した。
「……わ、分かった、私もご相伴に与らせてもらうとも! ただし、王侯貴族のお目汚しになっても責任は持ちきれないからな!」
半ば自棄の入った返答を引き出して、エリカとマリーダは軽く手の平を打ち合わせあって微笑みあった。
「それじゃ、さっそくだけど衣装を合わせにいかないとね!」
「せっかくだから、たまにはサクラも髪型変えないか? こんなにサラサラで真っ直ぐな髪の毛してるくせに、後ろで括っただけじゃもったいないだろ」
「やっぱりそう思うよね。シルヴィアとエリカはどんな髪型が似合うと思う?」
楽しげなシルヴィアとエリカ、そしてマリーダの三人に囲まれたまま、サクラはぐいぐいと宿の外へと連れ去られていく。
外に連れ出されてしまう直前に、何やら助けを求めるような視線がこちらに投げかけられたような気がしたが、この状況で割って入る勇気はとてもじゃないが持ち合わせていなかった。




