第471話 控室での一幕
王都に到着したその当日は、銀翼騎士団から借り受けた仮拠点への荷物の搬入と、団員達を交えての今後の活動内容の再確認に費やした。
夜には祖母のドロテアと会うために王都へ来たシルヴィア達と一緒に、グリーンホロウでは食べられない南方料理を楽しんだりもしたが、これは仕事とはまた別のことだ。
そして翌日――ここから先が王都へやってきた本来の理由。
国王アルフレッドに謁見し、ダンジョン『元素の方舟』の探索状況について直接報告するという役目を果たすときだ。
「はあぁ……やっぱり緊張するな……」
王宮の控室で待機しながら長々と息を吐く。
謁見に相応しくと用意された服は、着慣れていないせいでやたらと窮屈に感じてしまうし、座っている椅子すらも不相応に思えてきてしまう。
「いい加減に慣れた方が身のためだぜ。さっきから借りてきた猫みてぇじゃねぇか」
「仕方ないだろ。こんなところに来るような育ち方はしてなかったんだから」
ガーネットの方は場に合わせた男性向けの服を着こなしていて、客観的に見てもかなり絵になる姿をしている。
この辺りはさすが、騎士の名家の令嬢として生まれ、令息として育ってきただけのことはある。
まったく、少しでもいいから見習いたいものだ。
「……ま、正規の騎士でも苦手な奴は普通にいるんだが」
ガーネットは呆れ混じりに苦笑しながら、控室の対角側に視線を投げた。
そちらではチャンドラーが眉を寄せながら息苦しそうに襟元を弄り、マークが緊張で青ざめて壁にもたれかかっていた。
「ド新人のマークはともかく、お前までそんなになってるのはマズくねぇか? それでも一応、名の知れた武門の出なんだろうに」
「服が悪ぃんだ、服が。窮屈でしょうがねぇんだよ。故郷だったら領主の前でも襟元全開で問題なかったぞ」
チャンドラーはからかい混じりなガーネットの口振りに、唇を歪めながら言い返している。
確かに普段のチャンドラーは、褐色肌の胴体がよく見えるような服を着ていることが多い。
あれと比べれば、今ここで袖を通している礼服は窮屈でしょうがないだろう。
「そりゃお前、南方は暑いからだろ。こっちはこれで丁度いいんだよ。つーか、グリーンホロウでアレは逆に寒くねぇか? 見てるこっちが風邪引きそうだぜ」
「別に? 体温調整系のスキル持ちだからな。まだスキルレベルがほどほどなんで、多少は肌寒くはあるんだが」
「やっぱ寒いんじゃねーか」
「スキルを鍛えりゃ吹雪の中で真っ裸でも平気らしいぜ。雪とか見たことねぇけどな」
「グリーンホロウで真っ裸になったら即行でとっ捕まえるぞ?」
服装に対する慣れはともかくとして、あんな風に冗談を飛ばし合えているあたり、チャンドラーの方は精神的にはかなりの余裕があるらしい。
問題はむしろマークの方だ。
間近で交わされる会話に全く反応を示しておらず、青ざめた顔をしかめて何やらブツブツと呟いている。
「……大丈夫か?」
さすがに見かねて声を掛けてみる。
するとマークはハッと顔を上げ、露骨な強がりを貼り付けてこちらを睨み返してきた。
「何がですか。見ての通り何ともありませんよ。団長殿と違って、俺は正規の騎士としての訓練を受けてきたんですからね」
「空元気が出せるなら問題ないな。だけど、途中で倒れたりするなよ。気分が悪くなったらちゃんと……」
「保護者じゃあるまいに。あなたのことは所属騎士団の団長としか思っていませんからね」
兄貴面するなと言外に突っぱねられてしまったが、どうやら緊張を緩めることはできたらしい。
国王陛下との謁見に関するあれやこれやで埋め尽くされていた思考が、不出来な兄に対する反発心にも割り振られたことで、結果的に心理的な重圧が弱くなったのだろう。
俺も思うところがないわけではないが、多少なりとも気が楽になったのなら、ひとまずそれで良しとすることにしよう。
「さてと……」
そろそろ呼び出されてもおかしくない頃だなと考えていると、控室の扉が開かれて二人分の人影が入ってくる。
お迎えの侍従かと思ったがそうではなく、うちの団員のヒルドとアンブローズが戻ってきただけだった。
「ルーク団長。配付資料の準備を終わらせてきました」
「全て担当の侍従に預けてある。謁見が始まれば滞りなく配付されるはずだ」
ヒルドの服装はドレスに近い謁見用の衣装で、フードというよりも綺麗で大きな布を頭から被り、マントのように紐で留めている形だった。
エルフ特有の耳を隠すための格好であるが、みだりに素顔を晒すのを良しとしない信仰の礼服としても違和感がない作りである。
もっとも、アルフレッド陛下はヒルドが北方樹海連合から――大陸の北方に存在する異国だ――亡命したエルフであることを、最初から知っている。
この服装はむしろ、正体を教えられた俺やガーネット以外の団員に対する偽装工作だろう。
「お前な……謁見する格好かよ、それ」
ガーネットはアンブローズの姿を見やって、何とも言えない表情を浮かべた。
アンブローズの服装は普段とほとんど変わっていない。
瞳の模様が描かれた前垂れや大きなフードで素顔を完全に隠し、腕も足も丈長の服で覆い尽くし、たまに覗く手も厚手の手袋に包まれている。
「よく見ろ。表面の刺繍が謁見に相応しいものになっているだろう。こういうときのため、専用に誂えているものだ。布地にも気を使っているぞ」
「…………まぁ、陛下が認めてんならどうこう言わねぇけどさ」
「大臣達も了承済みだ。もっとも、了承しなければ翠眼騎士団が立ち行かなくなるわけだが」
平然とそう言ってのけるアンブローズに対し、俺は少しだけ羨ましさのようなものを感じていた。
翠眼騎士団は魔法使いの活動を監督することが公務だが、あまりにも業務が専門的になってしまうため、普通の騎士には少々荷が重くなってしまう。
そこで、魔法使いを騎士に推挙して団員に加え、専門知識が必要な仕事を担わせている。
アンブローズもこうして登用された騎士の一人だ。
つまり俺と同じく正規の訓練を受けていない騎士であり、騎士よりも本業の方にアイデンティティーを持つ者同士ということである。
経験の長さの違いしかないのかもしれないが、俺もこういう場で自然に振る舞えるようになりたいものだ。
そして白狼騎士団が全員揃ったのを見計らったかのように、遂に王宮の従者が俺達を迎えにやって来る。
「ルーク・ホワイトウルフ様。国王陛下のご準備が整いましてございます。こちらへどうぞ」




