第470話 変わらぬ人々と風変わりな食卓
結局、マークはしばらく考え込んだ末に、俺達と一緒に夕食を取ることに同意した。
さも『ここまで熱心に誘われたら断れない』とでも言いたげな空気を醸し出していたが、サクラも同席すると気付いたときに見せた一瞬の反応を見逃すほど、俺も甘くはない。
まぁこいつの場合は東方趣味の現れでしかなく、たとえサクラではなく男のナギだったとしても同じ反応をしただろうから、さっきのナンパ男達とは根本的に違うのだが。
それはともかくとして。
忘れ物を取りに行ったサクラと、銀翼騎士団への通報に向かったガーネットが戻ってくるのを待ってから、マリーダが見繕ったという食事処へと移動を始める。
「何と、私がいない間にそんなことが。遅くなって申し訳ない。店主に呼び止められてしまったもので……」
「こっちこそごめんな、サクラ。バッグなんか置き忘れて」
移動中に交わされた会話を聞く限りだが、どうやら日中に買い物をした店にエリカがバッグを置き忘れてしまい、サクラが急いで取りに戻ったものの、店主の女性に呼び止められて時間を食ってしまったという流れらしい。
隣の大陸の住人である東方人は、さすがの王都でもかなり珍しい部類に入る。
話し好きで珍しいもの好きの相手なら、マークのような東方趣味でなくとも、ここぞとばかりに話を聞きたくなっても仕方ないだろう。
そんな風に大通りを歩いていると、マリーダがとある店の前で足を止めた。
「ここよ、ここ。一度でいいから、本格的なお店で食べてみたかったの」
「ええと……この店は……」
建物の外にまで漂う刺激的な香辛料の匂い。
換気用の窓から響く、何かを焼いている軽快な音。
サクラ経由で春の若葉亭に加わった東方風料理とはまた別の、異民族的な雰囲気を漂わせる、これ見よがしに一風変わった店構え。
「南方地域の料理店か?」
「正解っ! 最近、南方からの香辛料の輸入が増えてきたみたいで、うちの町でもそこそこ安く材料を仕入れられそうなの。だから味を覚えて帰りたいなって思ってね」
マリーダはギルドハウスの看板娘である以前に、昔から町で営業している酒場の看板娘でもある。
同じく料理を取り扱う家業のシルヴィアも、興味深そうな表情でマリーダに賛同する。
「味の濃い料理ならお酒に合うかもね。マリーダのところだとちょうど良さそう。うちだと匂いが強すぎるから、泊まりのお客さんから苦情が来ちゃいそうだけど」
「シルヴィアのところは、まぁねぇ? それで、どう? 今夜はここでいい?」
あまり食べたことがないジャンルの料理だが、もちろん断る理由はない。
全員納得の上で店に入り、店員に空いているテーブルへ案内してもらう。
「イラッシャーイ! こちらへドウゾー!」
チャンドラーと同じ褐色の肌をした女性店員の後に続いて、店舗の奥のテーブルに七人で腰を下ろす。
「メニューは……これか。ちゃんと西方語で書いてあるけど……固有名詞がよく分からないな、これ」
「こういうときはコースで頼みゃいいんだよ」
ガーネットが横からぐいっと身を寄せてきて、俺が読んでいたメニューに目を通し始める。
「それだと何が出てくるか分からないぞ」
「珍しいもん食いに来たんだろ。だったらいいじゃねぇか」
「まぁ、それはそうなんだけどな……」
どうやらガーネットは未知の料理を楽しむつもり満々のようだが、俺としてはもう少し確認をしておきたいところだった。
長らく冒険者をやってきた経験上、文化風習が違う土地で出てくる料理は、本当に何が出てくるか分かったものではないという感覚がある。
とはいえ、冷静に考えてみれば王都の大通りに店を設け、満席一歩手前くらいには繁盛しているのを見る限り、西方人が食べられないようなものは出てこないと考えるべきだろう。
そんなことを思っていると、シルヴィアとマリーダが進んで注文を選び始めた。
「まずはこの日替わりメニューにしませんか?」
「食べてみたいものがあったら追加で注文するってことでさ」
「だったらあたしは、この薬膳チキングリルとかいうの追加で」
さっそく追加注文をしたのはエリカだった。
あえて薬草を使ったと思しき料理を選ぶあたり、町でも有名な薬師らしいと言うべきだろう。
俺達も一通り注文を済ませ、雑談をしながら時間を潰したところで、続々と料理が運ばれてくる。
メインディッシュは何個かの小鉢に分けて入れられた、とろみのある色とりどりのシチューのようだ。
見るからに刺激的な赤いものから、野菜を濃縮したような緑のものまで。
小鉢ごとに色も香りも違うようだが、香辛料の匂いに満ちていることは共通だった。
「食べ方は……こうか」
周囲の客の食事風景を参考に、添えられていた小さなパンをちぎってシチューをすくい取って口に運ぶ。
香りから伝わってきたとおりの刺激的な味が舌の上に広がる。
「……こいつは結構旨いな。毎日食ってたら舌が痺れそうだけど」
「だな。肉にも香辛料が利いてて酒と合いそうだ」
ガーネットは赤いシチューに沈んでいた肉をパンでつまみ取り、美味しそうに口へと放り込んだ。
「けどよ、こんなに香辛料が山盛りだったら、一昔前なら金貨山積みにしても食えなかったかもな」
「全くだな。大陸が統一されて南方との貿易も安定して……国王陛下様様だ」
俺達が深く考えずに舌鼓を打っている間、同じテーブルを囲むシルヴィアとマリーダは味付けや調理法を興味深そうに観察しながら、じっくりと料理を味わっていた。
そしてエリカもまた、薬草の一種を香辛料のように散りばめた鶏肉を咀嚼しながら、なるほどなるほどと頻りに頷いている。
「うーん、凄いなぁ。何種類くらいの香辛料を混ぜてるんだろ……」
「あっ、このチキンならすぐにでも作れるかも。味が濃くて刺激も強いからウケも良さそう」
「薬じゃなくて食事にかぁ……そういやナギもヤクゼンがどうとか言ってたなー……」
更に隣の席に目をやると、サクラがとりわけ辛味の強い料理を無防備に頬張ってしまったらしく、慌ててセットの白い飲み物を口に含み、これまた予想外の味に目を丸くしていた。
その後、ひっくり返った味覚を落ち着かせたかったのか、しばらくマークとの東方談義に付き合ってから、話の矛先を何気なくこちらへと向けてきた。
「ところで、ガーネット。武器の新調を考えていると聞いたのだが、王都の武器屋で見繕うのか?」
「予定としてはそのつもりだったんだがな。今の剣と同じようにとにかく性能のいい剣を手に入れて、白狼のにミスリル加工を、ノワールに魔法紋の加工を頼んでさ……」
ガーネットは空になった小鉢の内側をパンの切れ端で拭い、口に放り込んで飲み下してから、合流前の一件をサクラにも語って聞かせた。
「エゼルの奴が妙な気を回して、あいつの父上に武器の斡旋を頼むとか言い出したんだよ。さすがに返事も待たずに武器を漁るのは不義理になるんで、しばらくはそれ待ちだな」
「ほほう! 勇者殿がそこまで仰ったのなら相応のものが都合されるのでしょうね! 現物が届いたら私にも見せていただけませんか!」
テーブルに身を乗り出して目を輝かせるサクラ。
シルヴィア達が料理に興味津々なのとは対照的に、こちらはやはり武器に関心を抱いてしまうらしい。
俺はそんな十人十色の騒がしさを眺めながら、不思議と心が安らいでいくのを感じていたのだった。




