第469話 ありがちな町の一幕
その後、俺達はエゼルとエディの姉弟と別れ、日没を前に会議を切り上げることにした。
ここから先は騎士団の公務を離れたプライベートの時間だ。
事前に話していたように、チャンドラーは久々の王都を楽しむため歓楽街に繰り出し、ヒルドは騎士団長への報告と本来の同僚達との交友のために虹霓鱗の本部へ。
アンブローズはこの建物に残って夜を過ごし、アビゲイルがその間に諸々の家事をこなしてくれる。
そして俺とガーネットは到着前からの約束通り、別行動をしていたシルヴィア達と夕食を取るために、予定されていた合流場所へと向かっているところだった。
「で、お前は夜までどうするのか決めたのか?」
ガーネットと肩を並べて歩きながら、少し後ろをついて来ているマークに話しかける。
この大通りは食事処や宿泊施設が集まっていて、整然と並んだ建物の明かりが、夕暮れ時であるにもかかわらず通りを眩しく照らしあげている。
道行く人は王都で暮らしている住人よりも、仕事のために王都を訪れた人や純粋な旅行者が多いようだ。
「まだ決めていませんけど。こんなにあるわけですし、適当にどこか空いているところに入りますよ」
「何かあったら銀翼の詰め所に駆け込めよ?」
ガーネットがそう言ったのを、マークは無言で受け流した。
別に無視しているわけではなく、言われるまでもないと無言でアピールしている空気だ。
しかしそれからしばらく経っても、マークは夕食をどこで食べるか決めかねているらしく、周囲を見渡して目移りさせながら歩き続けていた。
やがて、俺達とシルヴィアが合流を約束していた宿の前まで辿り着く。
「ん? あれは……シルヴィア達と……」
目的地の店先に立っている見慣れた三人の少女達。
シルヴィアにエリカにマリーダ、しかし何らかの理由で別行動をしているのか、サクラの姿だけが見当たらない。
その前に見知らぬ二、三人の男の姿がある。
男達はシルヴィア達に馴れ馴れしく話しかけていて、シルヴィア達はなるべく角が立たないように追い返そうとしている雰囲気だ。
「あー、ありゃナンパだな。いくぜ白狼の、それと弟」
状況を理解するや否や、ガーネットは率先してずかずかと歩み寄り、両者の間へ強引に割って入ったかと思うと、躊躇なくシルヴィアの肩を抱き寄せた。
そして驚く男達にニヤリと笑いかけ、びっくりするくらいによく似合う口から出任せを繰り出した。
「悪ぃな、先客だ」
「ひゃっ! ガ、ガーネット!?」
「待ち合わせてたとこなんでな。次の相手でも探してくれや」
何ともまぁ堂に入った演技である。
男達に性別の違和感を覚えさせる隙がまるで見当たらない。
ガーネットの意図を素早く察したマリーダが、すかさず話を合わせて芝居に乗ってくる。
「もう、遅いじゃないっ。待ちくたびれたわ」
マリーダは完全にそれらしい態度を演じながら、脇目も振らずに俺達の方へ駆け寄ってきたかと思うと、迷うことなく俺の腕に抱きついてきた。
しかもわざとらしく胸まで押し付けてくる徹底ぶりだ。
役得だの運が良かっただのという発想よりも先に、ガーネットがどんな反応をするのかという懸念が頭を埋め尽くしたが、幸いにもガーネットは男達に注意を向けっぱなしのようであった。
そして、人数的にあぶれた形になるエリカが、たまたまここまで同行していたマークに、ぎこちない態度で話しかけようとする。
「ええっと……お、おまたせ? 待った?」
「お前が言うのか……」
何はともあれ、男達は相手が三人対三人の待ち合わせだったと信じ込んだらしく、さっさと見切りをつけて人混みの向こうへと消えていった。
もしもガーネットだけだったなら、子供同然と侮って追い払おうとして、返り討ちに遭って痛い目を見ていたかもしれない。
だが俺やマークという大人がいたことで、無駄に粘るよりも次を探した方がいいと思ったのだろう。
まぁ、実際にはこの中だとガーネットが群を抜いて強いのだが。
世の中、若いほどスキルを鍛えていない傾向にあるので、若いからと侮って足元をすくわれる事例は跡を絶たないものだ。
「……ったく。ああいう手合いは、取り締まっても取り締まってもなくならねぇな。ちょっと待ってろ、巡回してる銀翼の騎士に言って説教させてくる」
ガーネットはやれやれと言いたげな顔でシルヴィアの肩を離し、マリーダを俺の腕から引き剥がしてから、一人で通りの向かいへ歩いていった。
後に残された俺は、とりあえずこちらでやっておくべきことを済ませようと思い、シルヴィアに事情を聞くことにした。
「サクラはいないのか? 帯刀してる奴がいれば変な奴は近付かないと思うぞ」
「そのですね、前に立ち寄ったところに忘れ物をしちゃいまして。サクラが取ってきてくれるというので、お願いしたんですけど……」
「なるほど、その短い間にこうなったと」
状況は分かった。至ってありがちなシチュエーションだ。
これならサクラとガーネットが戻ってき次第、予定通り食事に行っても問題ないだろう。
「あの、ルークさん。マークはこれから別行動でもするんですか? 予定だと六人で夕飯にするって話でしたけど」
そう尋ねてきたのはエリカだった。
これくらい本人に聞けばいいのではと思いつつ、質問の内容にそのまま答えることにする。
「一応そのつもりらしい。どこで食べるか決めかねて、気付いたらここまで歩いてきてただけだな」
直後にマリーダがポンっと手を打ち合わせた。
「だったら、七人にしない? 予約は六人で取ってあるけど、一人くらいなら増やせるみたいだし」
「え? いや、自分は……そちらの身内だけの食事会なんでしょう?」
「そんな大袈裟なものじゃないってば。みんなシルヴィアの友達っていう繋がりなんだし、友達の友達とか、友達の弟さんってことなら私は全然いいけど」
マリーダはまずエリカに目を向け、次に俺を見て、最後にシルヴィアへと視線を移す。
シルヴィアもきっちりとマリーダと息を合わせて頷き返し、マークに向かって看板娘らしく笑いかけた。
「そうですよ。ルークさんの弟さんなら歓迎です。ぜひ一緒にどうぞ!」
困惑を露わにするマークだったが、この流れになったらお前の負けだ。




