第468話 持つべきものは何とやら
「合同会議ねぇ……悪くはねぇ……っつーか、実現すんならいい案だと思うぜ」
「その割には歯に物が挟まったみたいな口振りだな。無理そうなら言ってくれよ」
ガーネットの反応がどうにも気になったので、懸念があるなら遠慮なく指摘するように要請する。
先程の提案はあくまで思いつきだ。
難しい理由があるなら、教えてもらえた方がいいに決まっている。
「騎士団ってのは、大陸統一の過程で取り込まれた他国の騎士集団が原型だ。近衛兵団の竜王は例外だけどな」
「ああ、そうか……銀翼と黄金牙みたいに、昔の対立関係を引きずっているところもあるんだったか」
「厄介なことに逆もありえる。片方を呼んでもう片方を呼ばないってことが、後で問題に発展する可能性も否定できねぇんだ」
「……確かに。今回の場合、ダンジョン探索は魔王軍の行方にも関わってくるのに、軍事担当の黄金牙に声を掛けなかったら、銀翼は呼んだのにどうしてだってことになるな」
昨日の敵は今日の友という言葉はあるが、実際に敵だったもの同士で足並みを揃えてもらうのは大変だ。
どうしたものかと考え込んでいると、不意に広間の扉が開かれて、いつの間にか外に出ていたアビゲイルが戻ってきた。
「ルーク様、ガーネット様。お客様がお見えです」
「客? 他の騎士団の誰かとかか?」
「いえ、騎士団ではなくルーク様とガーネット様個人へのお客様です。勇者エゼル様とエドワード様なのですが、如何なさいましょうか」
「エゼルとエディが? ……白狼の、いいこと思いついたぞ」
二人の名前を聞いて、ガーネットはにやりと笑みを浮かべた。
「オレに考えがある。さっそく会いに行こうぜ」
団員達にはしばらく待機してもらうことにして、俺とガーネットは玄関へと向かっていった。
玄関ホールで待っていたのは、紛れもなく勇者エゼルとエディの姉弟だった。
グリーンホロウで目にする姿とは違い、武器や防具の類は身に付けていない私服姿だったが、それだけで見間違えるほど記憶力は悪くないつもりだ。
「ガーネットもルークさんも久し振り。んー、やっぱり武器屋で会うときとは雰囲気違いますね」
「しばらくグリーンホロウで見ないなと思ったら、二人とも王都に来てたのか」
「来てたというか、帰ってました。たまには里帰りしろって叱られまして。そしたらガーネット達が来ると聞いたので、顔くらいは出した方がいいかなと」
あっけらかんとした雰囲気のエゼルとは対照的に、エディは気難しそうというか申し訳無さそうな顔で眉を寄せている。
「すみません、ルーク卿。忙しいだろうから止めるよう言ったのですが。こちらも自由にできる時間が少ないもので、このタイミングでなければ難しいと言い張られまして……」
「いや、好都合だぜ。本当にちょうどよかった」
ガーネットはにやりと笑いながら一歩前に進み出ると、エゼルの方に顔を近付けてひそひそと話しかけた。
「お前にいくつか頼みたいことがあるんだ。まず一つ目は、お前達の父上にとりなしてもらいたいことがあるんで、仲介を頼めねぇかってことなんだが……」
「別にいいけど、ルークさんの立場ならお父様に直接お願いできるんじゃない?」
「権限的にはそうだろうけどよ。何つーかほら、心理的な負担がデカ過ぎるっつーか」
「んー……確かに」
ひそひそと顔を寄せ合って会話を交わすガーネットとエゼル。
小声だが俺の位置からは聞き取れる程度の声量なので、もっと離れた場所にいる面々に漏れ聞こえないようにしているのだろう。
そして内容から察するに、どうやらガーネットは各騎士団を会合に同席させる仲介を、エゼルの父親に頼もうとしているようだ。
「……そう言えば、エゼルとエディのお父上は、高名な貴族か何かだっていう話だったな」
「え? ええ、そうなりますね」
エディは最初こそ上ずった声色で疑問符をつけたが、すぐに態度を取り繕って俺の発言を肯定した。
何やら思うところがあるように感じなくもない反応であるが、今この場で不躾に追求できる話題でもなさそうだ。
彼女ら姉弟の素性について、俺は詳しいことを聞かされていないし、無理に聞き出そうとも思っていない。
――エゼルはガーネットが性別を偽る前からの友人で、そのため肉親以外で本当の名前と性別を知る、数少ない人物の一人となっている。
また、社会的地位の高い貴族か何かの子女であり、当初は冒険者を志していたものの、親から性格的に向かないと指摘されたことで勇者に転向したと聞いている。
エディことエドワードは、エゼルの弟ということになっているものの、その実はエゼルの父に引き取られた遠縁の子とのことだ。
それ故にエゼルとは一線を引いた関係を保っており、勇者に同行する従者の立場を進んで担い……そして、エゼルを異性として意識している節がある――
俺がこの姉弟について知っていることはこれくらいで、普段も『同じダンジョンに挑む勇者』という立場だけを意識して関わっている。
恐らくはこのために、幼い頃からの友人であるガーネットとは違い、彼女達を王侯貴族とのパイプと考える発想がなかったのだろう。
「……とまぁ、こういうわけなんだが」
「いいよ、頼むだけ頼んでみる。私で駄目ならルークさんでも駄目でしょ」
ガーネットから機密に触れない程度の簡潔な説明を受け、エゼルは快く首を縦に振った。
確かにエゼルの言う通り、曲がりなりにも騎士団を率いている立場なのだから、他の騎士団との仲裁を地位の高い人物に頼むことも不可能ではないだろう。
けれどこれまたガーネットの言う通り、経験が足りない今の俺には、自分の判断でそこまで大きな行動を起こすことは難しい。
他人から自分のことを理解されているのを面映ゆく思っていると、不意にエゼルが笑顔を浮かべ、両手でガーネットの肩をばしばしと叩いた。
「ついでにガーネットの新しい武器も都合できないか頼んであげる!」
「なっ……! お前んとこまで広まってるのかよ、その噂!」
「あはは、そりゃあもうガーネットのことだしね。ちゃんとチェックしてるに決まってるじゃない」
ガーネットに肩を掴み返されて前後に揺すられながら、エゼルは愉快そうに笑っている。
あまりにも遠慮のない二人のやり取りを前に、俺とエディは顔を見合わせて苦笑することしかできなかった。




