第467話 合同会議の提案
「……っと、公爵のことでずいぶん話し込んじまったな。まだまだ再確認しておかないといけない予定があるってのに」
キングスウェル公爵の話題にのめり込みすぎたことを自覚し、公務にまつわる今後の予定を見直すため、再び手帳に視線を落とす。
国王陛下への報告。キングスウェル公爵からの情報の引き出し。
これらはどれも重要だが、まだ予定の全てではない。
「次はダンジョン『元素の方舟』の探索と、断片的に得られた古代魔法文明の手掛かりについて、担当騎士団である虹霓鱗との意見交換もしておく必要があるな」
「その件については私に任せてください。このために同行させて頂いたようなものですから」
ヒルドが胸に手を置いて宣言する。
虹霓鱗の騎士であるヒルドには、グリーンホロウにおいても古代魔法文明に関するあれこれを任せている。
アンジェリカ団長に対する報告も彼女に一任するのが一番だろう。
「それと……中立都市アスロポリスでアガート・ラムを名乗る奴らと遭遇したことについては……」
「銀翼騎士団だな。これからどう対応するのか詰めていかねぇと」
「ガーネット、任せてもいいか?」
「当然。オレ以外にいねぇだろ」
椅子の背もたれに体重を預けながら、ひらひらと手を振るガーネット。
アガート・ラムは地上のミスリル密売に深く関わっていると目される組織であり、治安維持と犯罪捜査を任務とする銀翼騎士団にとっては頭が痛い調査対象である。
奴らが彼女の母を殺した仇である点を差し引いても、銀翼の騎士であるガーネットに任せるしかない案件だ。
「時間の都合が付けば俺も同席させてくれ。それじゃあ次は……」
「団長。少しいいかな」
すると今度は、俺が続きを口にするよりも先に、アンブローズが割って入ってきた。
「可能ならで構わない。虹霓鱗と銀翼との会議には僕も参加させてもらえないか」
「アンブローズが?」
「そうだ」
唐突ではあるが興味深い提案だ。
詳しく説明するように身振りで促すと、アンブローズは前垂れに隠された顔を小さく縦に動かしてから、俺だけでなくガーネットとヒルドにも聞かせるように話し始めた。
「古代魔法文明とアガート・ラムは決して無関係ではなく、強い結びつきがあると考えられる。文明滅亡の原因とされるメダリオンを、アガート・ラムが戦力として用いていたことを例に取るまでもなく……な」
――以前、第二階層に到達して中立都市を訪れた俺達は、あの都市を探索拠点として開放する条件として、明けることのない夜に見舞われた第二階層に朝をもたらすように要求された。
こう表現すると異様に思えるが、実際のところはダンジョンの天井を発光させるシステムが故障しているようなので、俺の【修復】スキルで直して欲しいというだけのことだった。
管理者フラクシヌスから提供された情報を元に、故障箇所へと繋がる塔を登ろうとした俺達を襲ったのは、ドラゴンに匹敵するとされる魔物、巨大狼のフェンリルウルフ。
そしてこれらを退け、塔を登りきった先に待ち受けていたのは、ダンジョンの一部と一体化していた超巨大な狼――魔獣スコルであった。
スコルは上半身だけの肉体でダンジョンと繋がっており、奴に魔力を吸い上げられていたことが、第二階層の天井が輝かなくなった原因だったのだ。
死闘の末にスコルを撃破した俺達は、その肉体を構成する核となっていたメダリオンを入手し、貴重なサンプルとして持ち帰ることになった。
「(……魔王軍四魔将のノルズリと共闘することになったのは、今思い返しても驚きだな……)」
それだけで終われば良かったが、事態は俺達の帰還後も容赦なく転がり続けた。
さっき話題に出たばかりのアルジャーノンが、地上から同行させたと主張してアスロポリスに住まわせていた人間達――奴らの正体が自動人形だったことは語ったばかりだが、そこには更に驚くべき真実が隠されていた。
アスロポリスの自動人形と、王都で連続殺人事件を引き起こした自動人形の夜の切り裂き魔――
それらの正体が、他ならぬアガート・ラムであるというのだ。
アガート・ラムは何らかの目的で管理者フラクシヌスの暗殺を目論んでおり、都市全体に陽動の攻撃を仕掛けたうえでフラクシヌスに襲撃をしかけた。
このとき、アガート・ラムが戦力として投入したのが、二つ目の完全なメダリオンの魔獣――巨人ムスペルであった。
人間と魔族が手を取り合って死力を振り絞り、巨人ムスペルとアガート・ラム幹部のハダリーの撃破に成功して今に至るわけだが、この戦いを通じて得られた情報は、俺達の方針にも大きく影響するような代物だった。
即ちそれは、先程アンブローズが語った通り、俺達が直面する問題の全てが『アガート・ラム』という一点に集約した事実である。
「古代魔法文明について語るにせよ、アガート・ラムについて語るにせよ、メダリオンに代表されるような魔法関連の技術を絡めないわけにはいかないだろう。ならば僕が適任のはずだ」
「確かにそれはそうなんだが……」
「問題でもあるのか?」
「いや、駄目だから悩んでるんじゃなくてだな。それならいっそ……」
アンブローズが提案したような形式を取るのなら、もっと効果的なやり方があるはずだ。
俺はしばらく黙り込んで、漠然とした思いつきを明確なアイディアにできるまで考え続け、そして言葉に変えて口にした。
「……四つの騎士団の合同で会議したりはできないか? 白狼と銀翼、虹霓鱗と翠眼。ダンジョン『元素の方舟』に関わる騎士団の合同会議だ」
白狼――『元素の方舟』の探索において、冒険者と他の騎士団、ひいては王宮との仲立ちを担い、同時に『元素の方舟』の調査を統括する騎士団。
銀翼――治安維持と犯罪捜査を担い、ミスリル密売組織アガート・ラムを追う騎士団。
虹霓鱗――無数に種類が存在する神殿の保護を公務とする傍ら、信仰とスキルの関係性についての研究も行い、その一環として古代魔法文明も研究対象とする騎士団。
翠眼――大陸各地の魔法使いの活動を監視すると同時に、専門家の立場から監視を担わせるために、数多くの魔法使いを騎士として抱え込む騎士団。
ダンジョン『元素の方舟』において、これらの騎士団の活動内容は複雑に絡み合って一つになっている。
それならば、白狼騎士団が各騎士団とバラバラに意見を交換するよりも、一堂に会してもらって話し合った方がいいのではないか――そんな確信が俺の胸に芽生えていた。




