第466話 公爵との奇妙な縁
「さてと……それじゃあ俺は、シルヴィア達と合流する前に今後の予定でも見直しておくか」
食堂の椅子に腰掛けて休憩を取りながら、手帳を広げてこれから先の予定を改めて確かめることにする。
俺達が王都に来たのは観光目的などではない。
主な目的は白狼騎士団の公務に関わる事柄である。
「ええと、まずは公務関連から……」
まず、最も重要な予定。
それは白狼騎士団のこれまでの活動成果を、国王アルフレッドに直接報告することだ。
可能な限り詳細な報告書を送っているつもりではあるが、肝心の内容があまりにも異様で現実離れしているので、それだけで全てを理解するのは難しいと言わざるを得ない。
なので公務の最高責任者であるアルフレッド陛下に対して、直々に質疑応答をさせていただいて正確なご理解をいただけるように努めよ――というのが、今回の呼び出しの主要な名目である。
めちゃくちゃに緊張してしまう役割ではあるが、アルフレッド陛下ならきっとすぐに理解してくださるだろうという確信があるので、その点については何の心配もしていない。
「ついでに、あの狸親父からも色々と聞き出しとこうぜ」
「ああ、キングスウェル公爵か。聞きたいことも話さないといけないことも山程ある人だな」
ガーネットの横槍に頷いて同意する。
キングスウェル公爵――俺にとっては正も負も含めて色々な繋がりがある人物だ。
「ちょっといいか、大将。その公爵と団長ってどんな関わりがあるんだっけか」
「チャンドラー……それくらい把握しておけよな」
呆れ顔のマークに、チャンドラーは不満有りげな視線を返した。
「そりゃあ、白狼騎士団ができてからのことはだいたい聞いてるけどな。それより前の、大将が騎士になる前のことはうろ覚えなんだよ」
「いや、それも説明されただろ……」
「ははは……俺自身でもかなり複雑な関係だとは思ってるよ」
せっかくだから、それについても改めて確認しておくことにしよう。
他人に説明するというのは、情報を自分の頭の中でまとめ直すいい機会だ。
「俺とキングスウェル公爵の関係というか、因縁というか。最初にそれが生まれたのは、俺が冒険者を休業する直前のことだ」
当時の俺は、十五年間ずっと最低ランクの冒険者を続けていて、一気に名を挙げられるチャンスを伺っていた。
ちょうどそこに飛び込んできたのが、Aランクダンジョン『奈落の千年回廊』を探索する勇者ファルコンの雑用係の募集だった。
難易度が高いだけで得る物がないと思われていた『奈落の千年回廊』の奥から、魔王に虐げられていると主張するドワーフの救援要請が届き、実情を確かめるために勇者ファルコンが派遣されることになったのだ。
現在では『奈落の千年回廊』とその奥の『魔王城領域』は、それぞれダンジョン『元素の方舟』の第一迷宮とその下の第一階層と分類されているが、当時はまだそこまで探索が進んでいなかった時期である。
ともかく、俺は勇者ファルコンに付き従って『奈落の千年回廊』を探索し――
「――勇者が食料を失うミスを犯して、帳尻合わせのために切り捨てられたわけだ」
死にそうになりながら迷宮を彷徨い、唯一の保有スキルだった【修復】が進化したことで脱出に成功し、最寄りの町だったグリーンホロウで武器屋を開くことにした。
それから先も、グリーンホロウの目と鼻の先で『魔王城領域』への隠し通路が見つかって大騒ぎになったり、隠し通路を利用した魔王戦争が繰り広げられたりという大事件が続き、この時期の功績で騎士に推薦されるに至ったわけである。
「まぁ、ここから先は別の話になるから一旦脇に置くとして。実はキングスウェル公爵は、俺よりもずっと前から勇者ファルコンや『奈落の千年回廊』と関わりがあったんだ」
まず第一に、勇者ファルコンはキングスウェル公爵に才能を見いだされ、教育と訓練を受けて勇者に認定された男だった。
第二に、現在『奈落の千年回廊』の入り口がある土地は、かつてキングスウェル公爵の領地に含まれていた――一昔前に行われた領地の再編成の影響で、今は王宮直轄領に含まれているのだが。
「そしてキングスウェル公爵には兄がいた。名前はアルジャーノン。昔から『奈落の千年回廊』の研究に没頭していて、家督の継承を許されなかった男だ」
「……っ! 地下の中立都市で人形共に協力してた野郎っすね」
チャンドラーの発言に頷きを返し、話題の中心を俺からアルジャーノンへと切り替えていく。
アルジャーノンは豊富な資金力を背景にAランクの冒険者達を雇い、長年に渡って独自の調査を続け、常人には理解し難い推測や仮説を数多く書き残していった。
その具体的な内容はまた別の機会に説明し直すとして。
ともかく、アルジャーノンは妄執に近い研究のために人生を費やした挙げ句、ドワーフからの救援要請が届く少し前に、迷宮の奥で消息を絶った。
公爵がファルコンを推薦したのも、自分の一族と関わり深いダンジョンだったというのが大きかったと思われる。
「キングスウェル公爵は兄を死んだものと見なして、研究資料も人知れず保管するだけで表には出さなかったんだが……俺の【修復】スキルの進化がアルジャーノンの仮説と合致していると知って、焦りを覚えたらしい」
アルジャーノンの研究はあまりにも常軌を逸していて、大真面目に公表すれば公爵の方まで正気を疑われかねない。
しかし公表しなかったことが王国の不利益になれば、どうして隠蔽していたんだと政敵から攻撃される材料になりかねない。
「そこで公爵は、俺を王宮の監視下に置こうとした。俺の身に何かヤバいことがあっても迅速に対応できるようにして、自分が責任を問われる可能性を下げようとしたらしい」
「オレも本人の口から聞いたけど、ほんっと厄介な爺だぜ。大臣としちゃ優秀な方らしいが、その能力を保身にフル活用しやがったんだ」
まず公爵は俺に『勇者ファルコン殺し』の濡れ衣を着せようとした。
それが失敗すると今度は、俺が迷宮の壁を構成していたミスリルを知らず知らずに使っていたことに目をつけ、ミスリルの不法採掘と密売の疑いを掛けた。
……実のところ、公爵にとって理由はどうでもよかったのだ。
とにかく銀翼騎士団を動かし、アルジャーノンの仮説の一部を証明してしまった俺を監視下に置いて、想定外の事態に備えることさえできれば。
「これはただの結果論ではあるんだが、公爵の保身は魔王ガンダルフの地上侵攻計画を早い段階で露見させ、魔王戦争の勝敗にも影響したことになる」
「だから狸爺には一応お咎めなしで、その代わりにアルジャーノンの研究資料を洗いざらい提出しやがれってことになったわけだ」
俺とガーネットが互い違いに喋るたびに、チャンドラーは律儀に首を左右に動かして視線を移している。
「で、奇縁というか何というか。白狼騎士団が例のダンジョンの調査を命じられたものだから、キングスウェル公爵とは情報交換を絶やせない間柄になってしまったわけだ」
「はぁー……人生、何が起こるか分かったもんじゃねぇな」
チャンドラーが感嘆混じりに長々と息を吐く。
自分自身のことだが、客観的に見れば俺もチャンドラーと同じ感想を抱かざるを得ない。
「何より凄ぇと思ったのは、その公爵を思いっきりぶん殴らなかったことだな。俺なら顔面陥没じゃ許さなかったかもだ」
「お前な……また戦争でも始めたいのか……?」
「ははは! 冗談だよ、大将。冗談冗談!」
豪快に笑い飛ばすチャンドラーだったが、本当に冗談なのかは少しばかり疑わしいように感じられてしまった。




