第465話 アージェンティアの少女使用人
「ふー……これでようやく一息つけるな」
馬車で運んでいた荷物を全て建物内に運び終え、食堂と思しき広間で休憩を取ることにする。
俺とガーネットにマークとヒルド、チャンドラーにアンブローズ。
今は六人全員がテーブルを囲む椅子に腰を下ろし、揃って顔を合わせている状況だが、疲れ具合は完全に人それぞれだ。
最も疲労困憊なのは、前々から体力面に不安があったマークとヒルドだ。
ヒルドは研究でフィールドワークもしているとのことだが、それを考慮しても体力的には見劣りしてしまうようだ。
次に大きな疲労を感じているのは俺自身。
昔は冒険者としての活動を通じて体力を保っていたものの、ここ最近は店での仕事が多くなったせいで、体を動かす機会が減ってしまったのが響いているのだろう。
……決して、何だかんだ歳を食ってきたせいではないと思いたい。
また、案の定ほとんど疲労を訴えていないのは、ガーネットとチャンドラーの武闘派二人だ。
積極的に大きな荷物や重いものを運んでいたにもかかわらず、体が解れてきたと言わんばかりの余裕ぶりで休息している。
そして例外はアンブローズだ。
彼だけは重要物資の整理整頓に掛かりきりになっていて、肉体労働にはあまり加わっていなかった。
「さてと、今の時間だと……合流にはまだ早いか」
窓の外の空はまだ青く、まだ夕暮れが訪れる気配すらしない。
先程シルヴィアには『日没頃には荷物の積み下ろしも落ち着くと思う』と言っておいたが、思っていたよりも手早く片付いてしまったらしい。
昼食は移動中の休憩で取ってしまったし、疲労した体を持て余すことになってしまいそうだ。
「とりあえずお茶でも淹れよう。ああ、いや……この別邸、そういうストックあったりするのか?」
「さぁな。調理場になけりゃねぇんじゃね?」
ガーネットが適当な態度で返事をする。
ここは銀翼騎士団の所有物件で、地方勤務の騎士が王都へやって来たときなどに、一時的な宿泊場所として提供するためのものらしい。
なので嗜好品のストックがあるとは限らないし、銀翼の騎士であるガーネットが分からないと言うなら、実際に確認しなければ本当に分からないのだろう。
とりあえず見てこようと思って立ち上がろうとしたところで、横合いから伸びてきた細い腕が、俺の前に紅茶のセットを差し出した。
「……どうぞ、お茶のご用意はできています」
「ああ、ありがとう……って、ええっ!?」
六人全員が揃って椅子に座っているのに、一体誰が紅茶を入れてきたというのか。
驚いて振り向いた俺の視界に、見覚えのある少女の姿が飛び込んできた。
綺麗に切り揃えられた暗い色の髪。
ロングスカートの黒い服に大きな白エプロン。
あえて感情表現を抑えた面持ちをしたその少女は、素知らぬ顔で他の面々にも紅茶を配り歩いている。
俺とガーネット以外の面々が、この給仕はどこの誰だろうと不思議そうにしながら紅茶を受け取っていく中、ガーネットが額を手で押さえて溜息を吐いた。
「アビゲイル。何でオメーがここにいるんだよ」
そして食堂をぐるりと見渡して、給仕の少女の素性についてみんなに説明する。
「うちの実家の使用人だ。あくまでアージェンティア家の雇われであって、銀翼騎士団の方とは関係ねぇはずなんだがな」
「カーマイン様に直談判いたしまして、白狼騎士団の皆様方の滞在中、様々なお世話をさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします」
初対面の四人に――確かマークとは顔だけは合わせていた記憶があるが――丁寧な一礼をするアビゲイル。
ガーネットは苦々しげに腕組みをしながら黙り込んだ。
本人にしてみれば、自分のプライベートの顔まで知り尽くした身内が、何の連絡もなく職場に顔を出したようなものだ。
俺だって、同じ状況ならいたたまれない気持ちになっていただろう。
「へぇ、銀翼騎士団の団長も気が利くじゃねぇか。家事やら何やらを任せられるのはありがてぇ」
チャンドラーはアビゲイルの登場を素直に喜び、遠慮なく紅茶に口をつけた。
カーマインは銀翼騎士団を率いる団長であると同時に、名門騎士のアージェンティア家の現当主でもある。
そんな人物が派遣した使用人なら信頼に値すると考えたのだろう。
ヒルドも紅茶を手に取って喉を潤しながら、フードの下で顔を動かし、不機嫌そうなガーネットの様子を伺った。
「あの、ガーネット卿……何か問題でもありましたか?」
「個人的には問題しかねぇよ。仕事は普通にできる奴なんだが、あれこれと口うるせぇし妙な気は回すし……」
頬杖を突いてぐちぐちと呟くガーネット。
ヒルドは問題というのが身内ならではの煩わしさに過ぎないと理解したらしく、何も言わず微笑ましげな笑みを浮かべた。
ガーネットはそんなヒルドの反応を横目で見やり、更に輪をかけて苦々しく口を歪めている。
「厨房をお借りしてお食事をご用意することもできますので、必要でしたらお申し付けください。ただし食材の用意も必要ですから、時間的な余裕を持っていただけると幸いです」
「ま、オレと白狼のは他所で食うけどな」
「おや。それは大変失礼をば。ごゆっくりお楽しみくださいませ」
「……友達に誘われたんだよ」
相変わらず、ガーネットもアビゲイルにはペースを握られっぱなしのようだ。
「お前らも今夜どこで食うか考えとけよ」
「そうですね……私は虹霓鱗騎士団の本部に顔を出すついでに済ませてしまいましょう。アンジェリカ団長にお会いするのも久し振りですし」
そう言ってポンと手を叩くヒルド。
彼女の本来の所属騎士団である虹霓鱗、その団長であるアンジェリカは視力を失った美しい女性だったと記憶している。
何人かの少女に身の回りの世話をさせていたのが印象的で、文字を指先でなぞることで読み解くスキルを持っていた。
ああいう体で騎士団長の職務を問題なくこなしきっているあたり、本当に優秀な女性なのだろうと思わずにはいられない人物だ。
「俺は久々に贔屓の店に顔でも出すか。マーク、お前もどうだ? たまにはハメを外したって罰は当たらねぇだろ」
「嫌だね。第一、お前の紹介がマトモだった覚えがないぞ」
マークとチャンドラーは、お互いに砕けた態度で言葉を投げつけあっている。
詳しい話は聞いていないが、どうやら二人は白狼騎士団に派遣されるより前からの付き合いらしい。
「アンブローズ、テメェはどうする。一緒に来るか?」
「遠慮する。僕は自室でいただこう。アビゲイルだったか? 夜は適当な軽食を用意しておいてくれ」
「かしこまりました」
非の打ち所もない仕草で頭を下げるアビゲイル。
何というか、こういう話題になると皆の素の態度が垣間見えてくる気がする。
ホワイトウルフ商店の皆もそうだが、団長だの店長だのといった肩書を背負っていると隠されがちな一面なので、なかなかに新鮮なものだ。
「さてと……それじゃあ俺は、シルヴィア達と合流する前に今後の予定でも見直しておくか」




