第464話 白狼騎士団仮拠点
その後、再び馬車に乗り込んだ俺達は無事に検問を通過し、そのまま王都の大通りを進んでいった。
何度訪れても本当に賑やかな都市だ。
大通りを数え切れないほどの荷馬車が行き来し、両端の歩道には無数の通行人が往来している。
近隣の大河から都市内へ引き込まれた運河も、種々多様な荷物を積み込んだ多くの船に満たされていて、経済規模の大きさを窺い知ることができた。
あれらの積荷は大陸中から買い集められたものだ。
王都には東西南北様々な地域から来た人々が大勢暮らしている。
彼らが仕事や生活で必要とするもの、あるいは故郷で慣れ親しんだ嗜好品の類……そういった需要に応えるため、多くの商会が商品の買い付けに勤しんでいるわけだ。
またこれを支えているのは、大陸中に張り巡らされた流通網。
俺達が通ってきた長大で複雑な街道はもとより、大河を軸とした運河や、複数の騎士団によって護られた大陸を半周する海洋航路など、一昔前には考えられなかったスケールの流通が実現されている。
そして、これらを実現した人物こそ、俺達がもうすぐ謁見することになる国王アルフレッドである――まぁもちろん、配下の大臣達の頑張りもあったのは当然なのだろうが。
「到着しましたよ。荷物を下ろし終わったら仰ってください」
「ありがとう。しばらく休んでくれ」
御者に礼を言って馬車を降り、到着した目的地を見上げる。
王都の中心部近辺、騎士団の関連施設が集まった区画に位置する、銀翼騎士団所有の別邸だ。
「立派な建物じゃないか。悪いな、ガーネット。こんな凄いのを貸してもらえるなんて思わなかったぞ」
「礼ならオレじゃなくて兄上に言えよ。うちの家じゃなくて騎士団の所有物なんだからな」
「そうか、じゃあまた後で挨拶に行かないと」
雑談もそこそこに、馬車で持ってきた荷物を建物の中に運び込むことにする。
結構な量ではあるものの、六人掛かりなら割とすぐに終わるだろう。
「大将。このデカイのは俺がやっとくぜ」
チャンドラーが一抱えもある大きな荷物を抱え上げ、悠々と建物の中へと運び込んでいく。
鍛え上げた戦闘特化の騎士というだけあり、肉体的な強さは俺達の中でも随一だ。
そんなチャンドラーの姿を、複雑そうな視線でさり気なく見やる少年が一人――
「ん? どうした、ガーネット卿」
「いや、別に。体力仕事はさすがに得意みてぇだなって、何となく思ってただけだ」
「へぇ……なるほどね、そういうことか」
露骨なしたり顔でにやりと笑うチャンドラー。
ガーネットが不愉快そうに睨み返すのも構わず、何やら面白げにわざとらしく頷き始める。
「まだせいぜい十五か十六なんだろ? 野郎ならこっからでもデカくなるさ。背丈も筋肉もな。体作りも騎士の仕事のうちなんだから、しっかり食ってしっかり寝ろよ」
「……そりゃどうも。希望だけは持っとくわ」
どうやらチャンドラーは、ガーネットの眼差しに込められた感情を、屈強な肉体に対する羨望か憧憬だと思ったらしい。
実際、それは間違いではないわけで、なおかつ本職だけあってアドバイスも適切なものだ。
ガーネットが強さを求めている噂はチャンドラーの耳にも届いているだろうし、少年であればここから更にもう一歩成長することだって充分にありうる。
しかし致し方ないとはいえ、致命的な誤りが一つ。
当のガーネットは少年ではなく、成長期はとっくに終わってしまっているということだ。
背丈の成長はほとんど頭打ち。
男性として見れば物足りないが女性としては普通に近い。
スキルを度外視して素の体格だけ考えるなら、ガーネットはこれ以上を望むことが難しい立場なのである。
チャンドラーとしては純然たる好意でそう言ったにせよ、ガーネットは不快に感じていないだろうか……そんな不安を抱いてしまったところで、ガーネットが俺の方へと振り返った。
そして、別に何とも思っていないと告げるかのように、いつもと変わらない笑みを浮かべてみせた。
「まっ、強くなる手段は一つじゃねぇんだ。んなことより、さっさと済ませて休もうぜ」
「……それもそうだな。長いこと馬車に揺られてたからくたくただ。体の節々も痛んでしょうがない」
「はははっ! 年寄りくせーぞ!」
「お前がまだ若いだけだっての。あっちのマークも俺と似たようなもんだろ」
自分で言っておいて何だが、マークの場合は近頃ずっとデスクワークに掛かりきりなせいかもしれない。
また理由をつけてダンジョンに同行させて、運動を促してみるのもよさそうだ。
荷物を抱えて建物の中に入ると、少し奥に進んだところで、何やらチャンドラーとアンブローズが揉めているのが視界に入った。
「いや荷物はここでいいだろ。せいぜい数日かそこらで帰るんだぞ? 奥に運び込んでも後が面倒なだけじゃねぇか」
「駄目だ。他の積荷はともかく、僕の署名があるものは施錠可能な個室に保管してもらう。数日ではなく一日の滞在だろうと同じことだ」
「施錠って……玄関にもめちゃくちゃ頑丈な鍵があるじゃねぇか。しかも銀翼の警備付きだ。この建物自体がデカイ金庫みてぇなもんだろ」
どうやら荷物をどこに運ぶかで意見が食い違っているらしい。
俺は隣のガーネットと顔を見合わせてから、二人を仲裁すべく荷物を抱えたまま駆け寄った。
確かにチャンドラーの言う通り、荷物の多くは帰りにも馬車へ積み込むことを考慮し、玄関から程近い広間に積み上げてある。
警備の厳重さもその通りで、治安維持を公務とする銀翼騎士団の所有物件に相応しい護りが敷かれている。
けれどアレは例外だ。他の荷物よりも一段上の警戒を敷かなければならない。
「すまない、チャンドラー。それは奥の部屋に運んでくれ。アンブローズの署名入りの箱には、アスロポリスで集めたサンプルやミスリルが入ってるんだ」
「あー……そういうことですか。了解っすよ、大将。つーか最初にそれを言えよな、アンブローズ」
「そちらこそ、扱いの違いに疑問があるのなら、行動の前に確認してもらいたいものだ」
チャンドラーの後ろ姿が曲がり角の向こうに消えた辺りで、アンブローズが溜息混じりに口を開いた。
「ありがとう、団長殿。どうにも騎士団外部の……ああ、もちろん翠眼騎士団のことだ。僕は部外者との意思疎通に失敗しがちでね。うまく仲裁してくれる人物の存在は本当に助かるよ」
「まぁ……俺も最初は思いっきり怪しんでたくらいだからな」
「確かに。僕は自然に振る舞っているつもりだったのだけどね」
顔を隠す前垂れの下で小さく笑うような音がする。
その意外な反応を受け、俺は再びガーネットと顔を合わせたのだった。




