第463話 滞在目的は仕事と観光
その後、三輌の馬車は何事もなく王都近郊に辿り着いた。
丹念に均された広大な道路を数え切れないほどの馬車が往来し、王都を囲む城壁の内側へ入るための手続きを受けていく。
本来なら積荷のチェックも含めた処理に相応の時間を取られるはずだが、こういう物事には意外と例外があるものだ。
順番待ちの最後尾が近付いてきたところで、馬車の御者が小窓を開けて俺に話しかけてくる。
「団長さん。我々は騎士団の車輌扱いですので、あちらの簡易手続きで通れますよ。今は他所の騎士団が入ってるそうですから、ほんのちょっとだけ待つことになりますけど」
「そいつはありがたい。おっと……そうだ、少し野暮用があるんで先に行っておいてくれ」
御者に指示を出し、低速で前進する馬車を停めさせずに外へ出る。
「野暮用って、どこ行くんだ?」
「ちょっと後ろの馬車にな」
当然のようにガーネットも降りて後をついて来る。
真後ろにはマーク達が乗っている二台目の馬車があるが、そちらには接触せずに横を通り抜け、更に後ろを進む民間仕様の馬車の扉をノックする。
そして早歩き程度の速さで進む馬車に合わせて歩きながら、開かれた扉の向こうに視線を投げかけた。
「ルークさん? どうかしたんですか?」
「少し話しておきたくてさ。おっと、馬車は停めなくていいから」
この馬車に乗っているのは四人の少女――シルヴィアとサクラ、そしてエリカとマリーダだ。
彼女達が王都にやって来た理由は、シルヴィアの祖母にしてサンダイアル商会の会長、ドロテアから招待されたからだ。
残る三人はその同行者といった扱いで、友人として王都旅行に付き合っている形である。
「俺達は騎士団用の門を使うから、一旦ここで別行動だ。日没頃には荷物の積み下ろしも落ち着くと思うから、その頃にまた顔を出すよ。宿泊場所は例の宿でいいんだよな?」
「はい。サンダイアル商会所有のあそこです。私達も夕方には宿にいると思いますので」
馬車の横を歩きながら、到着後の予定のすり合わせを済ませておく。
こちらは騎士団の公務として、あちらは民間人の観光として。
王都に来た目的は完全に別物だが、空いた時間に顔を合わせることが悪いはずなどない。
一通りすり合わせを終えたところで、シルヴィアの隣に座っていたエリカが不安そうに口を開く。
「ええと、ルーク店長って……これから王様に会うんですよね? 緊張しないんですか? あたしなんか想像するだけで……うわっ……」
「これからすぐにってわけじゃないけどな。もちろん緊張はするけど、さすがに何度も謁見してるわけだから、最初みたいにガチガチになってるわけにはいかないさ」
「うー……さすがだなぁ……」
感心してくれているところ悪いのだが、思わず苦笑を返してしまう。
俺の場合は状況が勝手に動きすぎて慣れざるを得なかっただけなので、さほど自慢できるものではない。
自分の想像に押し潰されそうなエリカの向かいで、マリーダがぽんと手を叩く。
「あっ、そうだ。ねぇ、店長さん。ご夕食は私が見繕ったお店にしてもらえない?」
「別に構わないけど、知り合いの店でもあるのか?」
「ううん。珍しいお酒を扱ってるらしくって。評判が良さそうなら、うちの店でも仕入れようかなと思ってね」
「なるほど。冒険者連中が喜びそうだ」
マリーダの家は酒場兼ギルドハウスを運営している。
春の若葉亭の食堂は料理がメインで酒を添える形だが、マリーダの一家の稼業は酒がメインで料理をそれに合わせる形だ。
宿泊客がおらず気楽に騒げるというのもあり、冒険者パーティーが仕事の打ち上げの宴会を開く場として重宝されていた。
「……おっと、そろそろか」
正規手続きの門と騎士団用の門の分岐点が、目と鼻の先まで迫っている。
ヒルドが待つ馬車へ引き返す前に、もう一度シルヴィア達に声を掛けておくことにした。
「今回はドロテア会長とゆっくり話せるといいな」
「はいっ! 前に叙任式を見に来たときは、お婆ちゃんも大忙しであんまり時間が取れませんでしたからね……でも今回は大丈夫です!」
「それならよかった」
ドロテア会長は前々から孫娘のシルヴィアを王都に招きたがっていたが、互いに忙しい身なのでなかなか実現せずにいた。
一応、シルヴィアが俺の騎士叙任式を見るために、知人友人一同と一緒に王都を訪れたことはあったが、生憎と合同叙任式はサンダイアル商会にも大きな仕事が舞い込む機会。
会長であるドロテアも長い時間は取れず、仕事の合間を縫っての短い対面にしかならなかった。
しかし今回は、ドロテアが都合のいい時期を選んで招待して、シルヴィアもちょうど時間を取れる状況だったので、相応に余裕を持って時間を過ごすことができるはずだ。
「サクラも観光とか楽しんでいけよ。せっかくの機会なんだからな」
「い、いえ。私は護衛の名目で雇われた身ですし……」
生真面目に顔の前で手を振るサクラ。
シルヴィア達は横や前から腕を伸ばしてサクラを突き、遠慮なんかせず一緒に遊ぼうと誘いをかけた。
普段、俺が彼女達の姿を見るとき、大抵は仕事中の気合を入れた状態である。
けれど今は完全に私的な空気感に満たされていて、年相応な友人同士のじゃれ合いを楽しんでいるようだった。
そろそろ馬車に戻らないといけないし、邪魔をするのも悪いと思って扉を閉めようとしたところ、シルヴィアが思い出したように口を開いた。
「あの、ルークさん! お願いがあるんですけど!」
「ん? どうかしたか?」
「よかったらアルマさんにも会わせてもらえませんか? 今度こそゆっくりお話したいなって!」
そう言って満面の笑みを浮かべるシルヴィア。
視界の隅で、不意打ちを食らったガーネットが危うく蹴躓いて転びそうになる。
「分かった。時間を作れるかどうか、後で本人に聞いてみる」
「ありがとうございます! 期待して待ってますね!」
扉を閉めてシルヴィア達と別れ、自分達の馬車まで駆け足で戻ることにする。
その道すがら、ガーネットは『苦々しく思っています』とアピールしたげな態度を見せた。
「くっそ……油断してたぜ。シルヴィアなら当然ああ言うよな……」
「俺は最初から予想してたぞ。むしろ言われなかったらどうしようかと思ってたくらいだ。それで……会いに行くのか?」
「…………考えとく」
ここで嫌だと答えない辺りが実にガーネットらしい。
ガーネットにとってもシルヴィアは大事な友人の一人であり、期待に添えないのは心苦しく感じてしまうのだろう。




