第461話 馬車に揺られて今を見直す 前編
毎章恒例、章頭のこれまでのおさらい回スタート。
これやっとかないと本当に何が何だか。
グリーンホロウ・タウンの武器屋、ホワイトウルフ商店の店主。
白狼騎士団の騎士団長にして、グリーンホロウの周囲一帯を領地とする騎士。
俺が二足の草鞋を履くようになってからしばらく経ったが、今のところどちらも好調に進んでいると自認している。
――本業である前者の場合、直近で一番の仕事はやはり、北方を守る灰鷹騎士団から依頼された新型防寒具の開発だろう。
ノワールとアレクシアの創意工夫により、魔道具と機巧技術で二種類の小型発熱器具が開発され、その両方が灰鷹騎士団に採用されることになった。
先行生産分は既に北方へ送られているので、現地での試験運用を経て本格生産に移っていく予定だ。
――後者の進展も、胸を張って王宮へ報告できる段階まで進んでいる。
ダンジョン『元素の方舟』第二階層における、魔族が棲まう都市アスロポリスとの協力関係の構築。
ミスリル密売組織アガート・ラムの正体が、魔王ガンダルフの軍勢の仇敵と同一の組織であり、第三階層以降の階層に潜んでいる事実の判明。
肝心の魔王軍本隊の行方はまだ判明していないものの、アスロポリスを探索の拠点として利用できるようになったことで、今後の調査にも弾みがついたといえるだろう。
さて――どちらの仕事も好調となると、これまで以上に本腰を入れたくなるところだったが、今の俺はグリーンホロウを離れていた。
一家族の家財一式を丸ごと運べる規模の馬車に揺られながら、窓の外に視線を投げかける。
綺麗に整備された街道の風景は、大陸をほぼ統一したこのウェストランド王国が、充分にインフラ整備を行き届かせていることを証明していた。
「しっかし、まさか国王直々の喚び出しとはなぁ。テメェも結構な大物になってきたんじゃねぇか?」
向かいの席でガーネットがにやりと笑う。
脚を組んで背もたれに腕を広げたその体勢は、乗合馬車でやれば迷惑千万この上ない格好だが、今は乗客が少ないので特に問題にはならなかった。
俺とガーネットの同乗者は四人、つまり全部で六人での移動ということになる。
「別に俺が凄いわけじゃないだろう。ぶっ飛んだ内容の報告書をまとめて送りつけたせいで、直接説明しろって言われるだけだと思うぞ」
俺達が急にグリーンホロウを出た理由、それはガーネットが言った通り、国王アルフレッド直々のご指名で王宮に呼び出しを受けたからだ。
名目は白狼騎士団の公務の進行状況について、国王アルフレッドに謁見して報告をすること。
報告書は全て王都に送っているのだが、それだけでは不足していると思われたのだろうか。
「(冷静に考えれば、常識を越えたことばかり報告してたからな……)」
まず時系列的に最初の報告は、魔王ガンダルフの軍勢と死闘を繰り広げた『魔王城領域』の更に奥の階層に到達したこと。
これだけならまだいい。
探索パーティーが次の階層に辿り着くのは時間の問題だったのだから、王宮も『意外と早かったな』という以上の驚きは覚えなかったに違いない。
しかし、その先にあったのは『聖域』あるいは『避難所』という意味の名を冠した、魔族による魔族のための中立都市アスロポリス。
魔王軍からもそれ以外からも中立を保つその都市は、彼らが直面する問題の解決と引き換えに、探索パーティーが休息や補給をすることを受け入れてくれた。
きっと王宮はかなり驚いたに違いないが、冒険者にとってはまだ常識の範囲内にある出来事だ。
ダンジョン内の非敵対的な魔族と取引をすることは、珍しくはあるがありえないことではない。
――しかし、問題はここから先である。
「私が王宮の責任者なら間違いなく我が目を疑いますね」
同行者の一人である虹霓鱗騎士団のヒルドが、フードの下で困ったような笑みを浮かべる。
エルフであるという事実を隠すため、屋内や馬車の中であってもフードを被り続けるヒルドだが、それを疑問視する者はこの場には誰もいない。
「どれか一つだけでも大騒動間違いなしなのに、全部まとめて一度に起きてしまっただなんて、信じないといけなくても信じられそうにありません」
「まぁ……正直、俺が担当者でも頭抱えるな。どんな顔で陛下に報告を上げればいいんだか」
俺もつられて苦笑を浮かべる。
アスロポリスに到着してからは驚愕の連続であった。
まず第一に、前人未到と思われていた第二階層には先客がいた。
第一迷宮……地上では『奈落の千年回廊』と呼ばれていた迷宮で姿を消した、キングスウェル公爵の兄であるアルジャーノン。
アルジャーノンはアスロポリスにおいて評議員の地位にあり、彼が探索で率いていたという人間達が居住区を築いて暮らしていた。
更にアスロポリスには魔王軍の負傷兵も収容されており、四魔将の一人である氷のノルズリがそれらを率いていた。
俺達はアスロポリスの管理者だという樹人のフラクシヌスの依頼を聞き届け、都市を探索拠点として利用する許可を取り付けたうえ、フラクシヌスが知る範囲のダンジョンの秘密を提供してもらえることになった。
――状況が大きく動いたのはその後だ。
アルジャーノンと出会ってからすぐに、俺達は第二階層に彼以外の人間が存在することを怪しんだ。
そして以前にアルジャーノンと遭遇したノルズリに接触し、アルジャーノンがただ一人で第二階層へ逃げ果せたことを確かめ、居住区に住む人間達が偽物であることを突き止めたのだ。
人間達の正体は、かつて王都で連続殺人を引き起こした自動人形……夜の切り裂き魔と同型の自動人形であった。
彼らは何らかの理由で管理者フラクシヌスの殺害を目論んでおり、俺達の登場で万全の進行が危ぶまれたことを悟って、最低限の準備だけで計画を強行に移したのである。
自動人形との戦いが繰り広げられる中、更なる真実が判明する。
何とこの正体不明の集団は、地上でミスリル密売を取り仕切り、ガーネットの母親の命を奪った『アガート・ラム』と同一組織だというのだ。
ミスリルの密売と中立都市の管理者の暗殺――両者に一体どんな繋がりがあるのかは分からないまま、俺達は魔族と共闘してアガート・ラムを退けたわけだが――
「……本当、改めて思い返すと無茶苦茶だな。悪い夢でも見てたみたいだ」
「夢であって溜まるかよ。やっとこさアガート・ラムの尻尾を掴んだんだぜ? このまま頭まで引きずり出してやる」
ガーネットは愉快そうな笑顔を獰猛な笑みへと切り替えて、口の端を大きく吊り上げた。




